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旅先で 枕を変えたら

 明日から待ちに待った修学旅行だ。


 ・・・いや、本当は待ちに待っていない。


 気心知れた女子グループで、歴史的建造物を巡ったり、自由時間にご当地グルメを食べたりお土産を選んだりするのは、とても楽しみにしている。

 うちは女子高なので、班分けされた六人は女子ばかりで、そのグループでそのまま部屋も割りあてられる。

 普段から仲よくお弁当を食べたり放課後遊んだりしているので、特に人間関係にも問題はない。


 問題は夜だ。


 私は極端に寝不足に弱い。

 睡眠時間を七時間以上確保できなかった翌日は、一日中使いモノにならない。

 まぶたは重く頭の中は霞がかかった状態で、何にも集中できない。


 旅行中、なんとか睡眠時間を確保せねば。


 先ほど、人間関係に問題はないと言ったけど、一人だけ要注意人物がいる。フミヲだ。気さくで明るい彼女に、私も好感は持っている。しかし、聞くところによると、かなりのガールズトーク好きらしい。こないだ、クラスの女の子の家でお泊まり会をしたときも、恋バナに花を咲かせて、友達は寝かせてもらえず、明け方四時までつきあわされたらしい。


 私は班分けの時、事情を話し、みんなは起きてても構わないけど、翌日迷惑をかけたくないから夜十時には寝かせてとお願いした。

「おーけー、寝るの邪魔しないから大丈夫!」

 そう率先して快諾してくれたのが、フミヲだった。


 これは何かのフラグだと思って間違いない。

 備えあれば憂いなし。


 私は、普段使っているアロマや睡眠アプリに加え、アイマスクや耳栓などを買い足し、安眠グッズを充実させた。さらに。私にはどんな時でも安らかな眠りを与えてくれる、頼もしい秘密兵器がある。少し荷物になるが持っていこう。なるべく人目につかないようにして。


 寝落ちしてしまえば、こっちの勝ちだ。


 旅行初日の夜。

 食事を終え、大浴場で入浴を終え、いよいよ就眠タイム。

 私は部屋一番奥の布団を選ぶ。


 良好な人間関係をキープするために、ペットボトルのお茶を飲みながら世間話につきあう。

 うちの学校の、数少ない若い男の先生の噂話とか、となりの男子校のイケメンランキングとか。この後、どう話が発展していくか、目に見えている。


 私はお先に、と断って自分の布団に戻る。

 持参した容器にアロマオイルをたらし、耳栓をして目を閉じる。

 あまり重装備にすると、みんなに引かれそうなので、まずはこれくらいでいいだろう。


 三十分後。

 だめだ。

 非日常空間で興奮状態の女子たちの嬌声はこんなものではブロックできない。

 私は、スマホの睡眠アプリとアイマスクを追加した。


 さらに三十分後。

 やっぱだめだ。

 部屋の照明は落としてもらっているが、女子達の、夜はまだまだこれからだ!という波動がビンビン伝わってくる。

 加えて、アケ(私の名前)が本当に寝てるなら襲っちゃおうかという声も聞こえる。多分フミヲだ。

 やばい。このままでは、明日の活動に影響が出る。


 やむをえず、私は最後の切り札にご登場願う。スーツケースから、なるべくわからないように。


 そして、布団を頭から被り、ソレに頭を乗せる。

 うん、これで大丈夫だ。いつものようにぐっすり眠れる。


 ほどなくして私はまどろみの森をさ迷う。

 しかし、すぐに現実の世界に引き戻された。


 誰かが、私の布団をガバッとめくったのだ。

 誰かって、犯人はフミヲしか考えられないが。


「アケ、ちょっ、なにコレ?」

「ま、枕よ、枕。」

「どれどれ?」


 フミヲは私の頭の下からそれを抜き取り、まじまじと眺める。

「えーマジ~! アケ、えちいー!」

 だから隠しておきたかったのに・・・ 


 それは、男性の肩から腕までを型どって、リアルに着色してある『イケメン腕まくら』だ。

 その肩に頭を乗せ、腕を体に巻くとむちゃくちゃ落ち着く。


 他の女の子も寄ってきて物珍しそうに眺める。

 睡眠時間の確保どころではない。


「ちょい貸してみ。」

 フミヲはマイ・カレシを強奪すると、私の布団に横たわり、それに頭を乗せた。

「ちょ、ちょっとそれ、私の!」

「いいから、いいから。・・・おーこれ、なかなかいいよ。落ち着くわー。」

「ねえ、返して」

「だーめ。ムニャムニャ・・・」


 なんとフミヲはそのまま寝入ってしまった。

 寝落ちしたのは、私でなく彼女。ぜんぜん勝った気はしなかった。


 他の女の子は笑って見ていたが、ガールズトークの主役が永遠の眠りにおつきになったので、女子会はお開きになり、みんな、めいめいの布団に戻り、照明が消された。


 ぽつんと取り残された私。


 布団の半分はフミヲに占領されている。

 イケメン枕は、完全に彼女の体に支配されている。


 暗闇の中、私は呆然としていたが、ふとあることに気づいた。

 フミヲの左肩・左腕が空いているではないか。


 私はそっとフミヲの肩に頭を置く。

 バスケで鍛えた上腕部は、ほどほどの弾力がある。感触といい、高さといい申し分ない。

 ついでだから、彼女の腕を私の体に巻きつける。


 そして、私は再び、まどろみの森に迷いこんだ。


 結局、修学旅行中、四泊まるまる、『フミヲ腕枕』のお世話になった。

 ぐっすり快眠で、昼も元気に活動でき、思い出深い修学旅行になった。


    ◇  ◇  ◇


「ごめん、起こした?」

「ううん、私も、もう起きなきゃだから、大丈夫。」

「今日は寝坊しちゃったから、朝ごはん、適当にすませてくれる? もう会社にいかなきゃ。」

「うん。いってらっしゃい。気をつけて。」


 懐かしい夢を見た。

 あと二十分だけ、こうしていよう。

 さっきまで頭を乗せていたフミヲの肩、その感触をまだ感じていたいから。


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