部活帰りの サ活
「あちー、やってらんねー。」
チャリを押しながらも器用にガリガリ君を齧り、早紀がぼやく。齧るそばからアイスは液体へと変化し、水色の汁が腕に流れている。
「うー、マジ今日の練習は鬼だったよねー。」
ケースに入ったソフトテニスのラケットをうちわ替わりにしてバタバタ仰ぐ友美。ぜんぜん涼しそうに見えない。
「もうちょっとで部活強制終了の気温だったもんね。オマケしてくれてもいいのに。」
とわたし。『部活で青春』の後は、やっぱポカリでしょ、とミニペットボトルから、一口含む。
「でもさー、知佳は、涼しそうな顔して全然平気そうじゃない? どんだけの暑さ耐性レベルなん?」
「いやいやそんなことないよ。お風呂とかすぐノボせるし。」
三人がダラダラだべりながら歩いていると、大きな和風の建物が見えてきた。だだっ広い駐車場は、車で半分ほど埋まっている。スーパー銭湯だ。地元の人間なら、誰もが利用したことがあると思う。
「あのさー。」早紀が切り出す。
「こうなったら、ひとっ風呂浴びてかね?」
「いいねー、 こういう暑いときこそ!だよね。」友美が乗っかる。
「あのー、わたしノボせるって言ったばかりなんだけど・・・」
「いいからいいから、ポカリで水分補給してるから問題なし。」
早紀がわたしの背中を押す。
わたし達は、財布をチェックして、スーパー銭湯の自動ドアをくぐった。
部活で気心知れているとはいえ、三人はお年頃だ。
「両方とも」タオルで隠しながら浴場で落ち合った。
平日の夕方だが、お年寄りから小さい子までけっこう賑わっている。
まずは露天風呂に行こうよ、とわたしは言いかけたが、
「サウナって入ったことある?」友美が聞いてくる。
「ない。」
「ない。」
「実はアタシもないんだよね・・・初サウナ、チャレンジしてみん?」
「えー、こんな暑い中歩いて来たのに?」ためらうわたし。
「だからいいんじゃないの。入ろ入ろ。」
早紀はノリノリだ。さっきのダレ方は、いったいなんだったんだろう。
サウナ室の木製のドア横に、『水風呂』と掲示された浴槽がある。
手をちょっぴりつけたけど、無茶苦茶冷たい。
「サウナのあと入るんだって。」友美が説明書きを読む。
え、この冷水に浸かるの? みんな、ドMなのか?
わたしは、初サウナという儀式に恐怖を覚え始めていた。
重い木の扉を開け、三人揃って中に入る。
途端に空気の違いを感じる。
木のいい香りがする。でもやっぱり暑い。
外の暑さと違ってカラリとしている。暑いものは暑い。
息を吸い込むと、鼻腔が乾く。何となくヒリヒリする。
温度計を見て驚く。
ひゃ、百度⁉
「ねえ、これやばくない? 出ない?」
わたしは二人に温度計を指さす。
「なーに言ってんのよ。フツーでしょ。」
友美と早紀も初サウナのくせに平然として、ひな壇状になった場所に腰かける。
しかたなく、その隣に腰かける。
あちぃ! タオルが敷いてあるが、タオル自体が熱い。お尻をやけどする。
二人の女子高生は、わたしのオタオタぶりを面白そうに眺めてニヤニヤしている。
「やっぱそうだって思ってたけど、知佳ってイイ体してるねー」
ニヤニヤの原因はそれか・・・わたしはなるべくタオルを伸ばして、体を覆う面積を広くする。
友美や早紀だってなかなかのもんだ。特に早紀なんか・・・
「ねえ、これ、何分くらい入っていればいいの?」
「うーん・・・あそこに、『十分くらい、慣れない方は、五分くらい』って書いてあるね。」
五分なら何とかなりそうだ。
暑さに少し慣れ、気持ちに余裕もできてきた。
わたしの動揺が収まると、友美が少しつまらなさそうな表情になった・・・かと思うと、口角を少し上げ、こう切り出した。
「ねえ、ガマン比べやらない?」
「何それ!」と早紀。引きつるわたし。
「一番最初にサウナから出た子に、罰ゲーム。」
「どんな罰ゲームなの?」恐る恐るわたしが尋ねる。
「そうねえ・・・浴場のみんなの前で、タオルをばっと取って『注目!』って叫ぶのはどう?」
「やだやだやだ、絶対やだ。」とわたし。
「いいじゃん、いいじゃん。」と友美。
二人は勝ちを確信しているのだろう。
こうしてガマン比べは強行されることになった。
この勝負、絶対に負けられない。
なるべくじっとして、なるべく空気に触れる面積を小さくして、体温の上昇を抑えよう。
うん、なんとかいけそうだ。とにかく一番最初に出なければ、勝ったようなものだ。
その時。
少し離れて座っていた、おば様がすっと立ち上がり、サウナストーンに近づいた。
木の桶に入っている水をひしゃくで掬い、熱源にかけた。
一杯、二杯、三杯。
な、なにをする!
サウナールームは蒸気でモウモウだ。
「ああ、潤うわ。」
と、おば様は満足して席に戻った。
平静を装っているが、サウナ初心者の早紀も友美も、動揺が滲み出ている。
どっちでもいいから早く出て行ってくれ。
壁に備え付けてある時計の針の回転速度が遅くなったように感じる。
なんとなくクラっときた。
もうダメだ・・・ 降参して罰ゲームを受け入れよう。
そう決意して立ち上がろうとした瞬間。
「「もう無理!」」
早紀も友美は声と動作をシンクロさせてサウナ室から出て行った。
わたしも、慌てて後を追う。勝利が決まれば長居は無用だ。
二人はザブンと水風呂に飛び込み、はーっと息をつく。
わたしは、桶で水を掬い、少し体にかけてみたが、その冷たさにびっくりし、時間をかけて少しずつ水風呂に体を沈めた。
二人はそそくさ水風呂を上がり、てくてくと洗い場の方に歩いていく。
そうだ、罰ゲームがあったんだ!
慌てて後を追う。
「注目!」「ご開帳!」
若い娘達の声が大浴場にこだました。
見逃した・・・ちぇっ!
その後は、露天風呂、ジャグジーなどを愉しんだ。
「知佳、もうあがるよー」
二人はパウダールームのドアに向かう。
「もう少し。」
賭けの勝者になって、気分がいい。
スーパージェットに入れば、全浴槽、制覇だ。
二人に遅れて五分。
パウダールームに入る。
「よう、サウナのチャンピョン!」
下着姿の二人は勝者を温かく迎えてくれた。
「あんたたち、罰ゲーム始めるの早すぎ・・・」
あ、あれ?
何か目の前が揺れている。
「ち、ちょっと知佳!」
こ、ここは・・・?
気がついて、まず目に入ったのは早紀と友美の顔。
心配そうに覗き込んでいたが、わたしが目を開けて安心したのか、笑顔になった。
やっぱり、小さい頃からのノボセ癖は治らない。
「ああよかった。」
早紀が、ペットボトルの天然水を差しだす。
わたしは起き上がり、水を受け取ろうした時。
体にかけてあったバスタオルが上体からはらりと落ちた。
スッポンポンのまま、ベンチに寝かされていることに気づく。
慌てて隠す。
「あの・・・一応聞くけど、ここに運んでくれたのは、あなた達?」
「うん、そうだよ。」「感謝しなさい。」
ということは。
「・・・・見たな?」
「はい。何もかも。」「いいものを拝ませていただきました。」
「何で、勝者のわたしがこんな辱めを受けなくちゃいけないの⁉」
今では、毎週金曜、仕事の疲れと凝りをとるために『サ活』に余念がない。
そんなわたしのサウナデビュー黒歴史。