温泉浴場が 故障中です
『ご宿泊の皆さまにお詫びとお願いがあります』
私たちが宿泊施設に到着し、先生方から簡単な説明を受け、部屋に荷物を置いてダラダラしていた時のこと。ホテルに全館アナウンスが流れた。
『本日の午後、当ホテルの浴場に源泉を送っている配管が破裂し、温泉施設が使えなくなりました。誠に申し訳ありません』
えー! えー! えー!
そんなー! そんなー! そんなー!
うちの班の部屋だけでなく、ほかの部屋からも驚きと落胆の声が沸き上がっているのが廊下を渡って響いている。
この修学旅行の目玉として、有名温泉地での入浴がプランに組み込まれていた。
「えー、この宿の温泉、楽しみにしてたのに……」
畳に足を投げ出し、モトコが愚痴る。
アナウンスが続く。
『皆さまのお部屋にシャワーとお風呂は備え付けられておりますが、せっかく当温泉街をご利用いただいておりますので、特別な対策をとらせていただきます。』
「なにかしら?まさか、近くにあった高級旅館のお風呂に入れるとか?」
早くもマユはお風呂セットを用意し始める。そこは、とうてい修学旅行生の積み立てで利用できるような施設ではないのだが。
『当温泉街には、町営の公衆浴場が七つあります。いずれもココから歩いて行けます。フロントにてフリーパスをお渡ししますので、どうぞご利用ください』
アナウンスはさらに続く。
『もうひとつの代案です。隣のリゾートホテルの温水プールとシャワーをご利用いただくことも可能です。ただしこちらは温泉ではありません。水着は無料でレンタルできます』
同室の子たちが顔を見合わせる。
「なんだか難しい選択だよなあ……」
ミキがスマホでこの温泉街の公衆浴場を調べはじめた。
「ねえモカ班長、どっちにする?」
「え、メグ、みんな別々に好きな方に行けばいいんじゃない?」
私は、判断を丸投げされて戸惑った。
「えー?せっかく同じ部活メンバーで班が組めたんだから、一緒のとこへ行こうよ」
「そーだ」
「班長兼部長のモカに任す」
「決めちゃって!」
みんな同意した。
「本当にみんな、いいの?」
念のため、こいつら無責任メンバーに確認する。
「異議なし!」
ということなら……
私はスマホでこのホテルの周辺を調べる。
多分、イケルだろう。
夕食の後、班メンバーに声をかける。
「よし、みんなお風呂の道具を持ってしゅっぱーつ!」
ホテルのフロントで、公衆浴場のフリーパスを受けとる。ただし、これはあくまで『保険』だ。
ホテルから外に出て、裏手に回る。
一階の大浴場がある辺りを探す。
「あった!」
「ねえ、モカ班長兼部長、何を探してたの?」とモトコ。
「源泉を送る配管よ」
「げ、まさか破裂したパイプを直すの⁉」
「まさか……ワンゲル部らしく、温泉をエンジョイするのよ」
私たち五人はワンゲル部で活動していて、山登りは苦にしない。それから、ワイルドなアウトドアライフも。
私を先頭に、温泉のパイプに沿って登る。
さらに、脇には結構大きい川が流れている。河原も広い。
「ねえモカ、いったいどうするつもり?」
「ちよっと疲れた」
「暗くなってきたよ」
「熊でるかも」
「何よこれくらい、いつも普通に登ってるでしょ」
ぺしっ!
文字通り、ワンゲル女子達の尻をひっぱたく。
そうこうしているうちに、お目当ての場所に着いた。ホテルから五百メートルくらいか。
「わ!」
「すご!」
「まさに源泉かけ流しね!」
みんなその光景を呆然と眺める。
壊れた配管から、お湯がとうとうと流れ出ている。
「ねえブチョー、これどうすんの?カラーコーンで囲ってあるから近づけないよ」
「近寄る必要はないよ」
私は、もうもうと湯気を上げながら流れ出るお湯の先に視線を移した。
「ああ、あれか!」
「そう、あれ」
お湯は河原に流れ込んでいた。そこは大きな岩や石、それに玉砂利が積み重なっており、窪みには大きな水溜まり、いやお湯溜まりができていた。恰好の露天風呂だ。
「モエ部長、まさかアレに入れと……」
「そうよ。」
「ここでスッポンポンになれと……」
「なーに、いつものことじゃない。辺りは暗くなってきたし。星も出てきたし、気持ちいいよ。」
私はそう言うと、いちばん大きな『即席露天風呂』のそばの岩に荷物を置き、服を脱いだ。お湯加減をみてバシャンと飛び込んだ。
「ああ!チョー気持ちいい」
私が、そう声を漏らしてみんなを焚きつけらと、ワンゲル女子たちは我慢できず、服を脱ぎはじめた。
ザブン
バシャーン
ドボン
ポチャン
それぞれの体格と凹凸に応じた水落を立て、飛び込む。
「やばー!」
「沁みるう」
「ぷはー」
「星空、ちょーキレイ!」
それぞれ、思い思いに感想を口にした。
しばらくそうやって静かにお湯に浸かっていたが、そこはそれ、元気溢れるJKの私たち。
バシャバシャ、キャッキャとお湯のかけ合いが始まった。
バシャーーーン!
しばらくそうやってふざけていたら、大きな水音が隣の露天風呂から聞こえた。
私たちは慌ててお湯の中に身をかがめる。
「ねえ、こういう時、たいてい風呂の中に熊とか猿とか入ってたりしない?」
「そ、そんなことあるわけないよ、マンガじゃないんだし」
『修学旅行中の女子高校生、熊に襲われ全裸で発見』
そんなニュースの見出しが頭に浮かんだ。
「あ、あがろうか?」
マユの提案に誰も反対しなかった。
「と、とりあえず荷物と服を持って、ダッシュだね。」
登山家として、こういう時の対応はコレでよかったろうか。逃げ足には自信があるので、だれかが犠牲になってるうちに……
自分の提案とは言え、山道を全裸で疾走することになろうとは。
それぞれ、ソロリとお湯から上がり、荷物に手をかけたところ。
ドボーーーーン!
私たちが入っていた露天風呂に何かが飛び込んだ。
「ギャー」
「たすけてー!」
「食べるならコイツから!」
「いやコイツから!」
「アッチのほうが肉ついててうまいよ!」
私たちが理性を失って叫んでいると、その物体は近づいてきた。湯気がモウモウとしていて正体がわからない。
「あんたら、アタシの配信の邪魔せんといて!」
湯気の中から現れたのは、若い女性だ。髪をタオルでまとめ、片手に持ったバスタオルで体を隠し、もう一方の手にはスマホが繋がれたアームを持っている。
「あ、あの、あ、あなたは?」
胸の動悸が収まらない私は、つかえながらその女性に聞く。
「ああ、アタシはね、秘湯温泉巡りのユーチューバー。あ、『ユー』は『お湯の湯』ね!」
「……あの、ココには、いつからいたの?」
メグがタオルで体を隠しながら聞いた。
私たちも慌ててタオルを手に取った。
「ついさっきよ。ホテルからあんたたちをつけてきたの」
「え!」
あのホテルの宿泊者だろうか。
「きっとこの子たちなら秘湯を見つけてくれるだろうって踏んでたの。大当たりね。」
「あの、そのスマホで撮って配信してるんですか?」
モトコがスマホを指差す。
「そうよ。これでもフォロワーが三万人もいるのよ……それからコレ、暗くてもよく映るよ。あ、今、カメラオフにしてるから大丈夫」
ここで初めて私たちは、ホッと胸をなでおろした。
「ねえ、せっかくだからあんたたちも配信手伝ってよ、JK五人に囲まれてたら配信数も稼げるしさ」
私たちは、驚きと緊張感をほぐしたかったので、そのリクエストに応じた。
謎の『湯ーちゅーばー』を囲み、なごやかに星空の露天風呂を楽しんだ。
いいかげんノボせてきたので、服を着て帰ろうということになった。髪や体は、部屋の風呂で洗い直せばいい。
湯ーちゅーばーは、服を着ると、髪を下ろし、メガネをかけた。
その姿は、暗闇でもハッキリとわかった。
「「「「「養護の先生!」」」」」
「バレた?」
先生はテヘっと笑い、ペロッと舌を出した。
◇ ◇ ◇
「ここ、いいかしら?」
私たち五人の朝食の席に相席を求めてきたのは、養護の先生だった。裏の顔は、『秘密の湯ーちゅーばー』。
返事をする前に先生は空いている席にトレーを置いて、椅子に座った。
「夕べはありがとね、配信数爆上がりで、広告収入もバッチリ……あ、副業なんてしてないわよ……でも、旅行から帰ったら、みんなになんか奢ってあげる」
「そんな、お礼なんていいですよ。最初びっくりして死ぬかと思ったけど、まあ楽しかったし」
「あ、お礼じゃなくって『お詫び』」
先生は下を向き、上目遣いで私たちを見回す。
「「「「「お詫び?」」」」」
「うん、あなたたちが逃げようとした時ね、」
私は、あの無様で恥ずかしいシーンを思い出して赤面した。
「切り忘れてたの」
「な、何をですか⁉」
「……録画ボタン」
「「「「「えー!」」」」」
「あ、でももう大丈夫よ。『アーカイブ』は、それなりに処理といたから」
そう言って先生は『秘密の湯ーちゅーばー』公式チャンネルのリンクをみんなのLINEに送った。