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出会いと衝突

レオは足元の草を踏みしめながら、マヤと並んで先の見えない小道を歩いていた。

村を出てから日はそう経っていないが、淡々とした景色に気持ちが引き締まる。

マヤはショートヘアを風になびかせながら、たまに後ろを振り返ってレオの様子を伺う。


「レオ、疲れてない?

何かあったらすぐ言ってよ」

マヤの声はいつもより優しく聞こえる。

レオは首にかけたヘッドホンに手をやり、微かな音楽を聞きながら小さくかぶりを振った。


「平気だよ。

それに、これからどんな敵が出てくるかわからないし、気を抜けない」

震えそうな胸の内を抑え込むように、少し強い口調で言い聞かせる。


道端にはかすかなビートが漂っていた。

ラップでの闘いが日常的に行われる世界では、誰かがどこかでビートを刻み、互いに火花を散らしている。

そんな当たり前の風景を見慣れたはずなのに、レオの心は落ち着かない。


小さな丘を越えたところで、視界が開けた。

そこには、オオカミの獣耳と尻尾を備えた青年が仁王立ちしていた。

筋肉質な体に毛皮のコートが映え、鋭い目つきが二人を射すくめる。


「おい、お前たち。

ここから先は勝手に通すわけにはいかねえ」

彼は胸の奥から野太い声を響かせた。

レオとマヤは目を見合わせ、すぐに身構える。

マヤが一歩前に出て、ショートヘアの先を指先で払う。


「道に用があるだけなんだけど?

悪いけど邪魔するなら、ラップで蹴散らすしかないんじゃない?」

その口調に挑発の色が混じると、獣人の青年は尻尾をピクリと動かし、鼻を鳴らした。


「そういう態度なら、容赦しねえ。

俺はファング。

ここじゃ、ビーストスタイルで通ってるんだよ」

重苦しいベースが地鳴りのように響き、ファングは吠えるようにフローを刻み出した。


「鼻先で嗅ぎ分ける弱気の香り

お前のリズムなんざ すぐ砕け散り

この牙とラップの衝動に酔いな

ひれ伏す姿しか想像できねえわ」


その声は低く、野性的で、体の芯にまで響いてくる。

レオは思わず息を詰めた。

相手の攻撃的なリリックが、まるで首筋に牙を突き立てられたように精神を揺さぶってくる。


「ちょっと威圧が過ぎるんじゃない?

レオ、私の煽りについてきて」

マヤがきびすを返しながら、歯を見せて笑う。

彼女はスポーティーな体格を活かして足元で素早いステップを刻み、煽りリリックを畳みかける。


「獣みたいに吠えるの勝手だけど

その強面 ただの飾りじゃないのか

動き鈍ってりゃ こっちが美味しくいただく

マヤの煽りでこそ現れる本性ってやつ」


疾走感あるハイテンポのラップが、ファングの耳元を揺さぶる。

青年の眉間に皺が寄り、一瞬動きが止まったように見える。

しかし、すぐに荒々しいシャウトが巻き起こった。


「口だけは達者だな

けどその薄っぺらいディスりは俺を止められねえ

ビートに乗せる怒りの獰猛さ、思い知れ」


獣の咆哮にも似た声が響き渡り、レオの心臓がどくりと鳴る。

ファングのラップは身体の奥底に響き、野性的な力で精神を揺るがす。

周囲の木々まで震えている気さえした。


レオは内向的な自分を叱咤するように、ヘッドホンをきつく掴んだ。

逃げ腰では終われない。

ビートを耳で拾いながら、ファングの高速リズムの隙を狙って言葉を紡ぐ。


「荒ぶる牙が 心を削る

だけど俺は そんな衝動も受け止める

優しいだけじゃ 届かない世界がある

だから今日だけは 俺も本気で吠える」


柔らかいメロディラインを残しながらも、最後の一節には確かな決意がこもる。

その決意がファングの耳にどう響いたかは定かではないが、彼の目がわずかに揺れた。

ファングは尻尾を振り払い、もう一度喉の奥から声を張り上げようとする。

だが、マヤがすかさず畳み込むように煽りを放つ。


「そっちがビーストなら こっちはクイーン

ガオガオ吠えるだけじゃ 役不足さ

テンポ狂わせ 乱すぜ 本能

マヤのステージが ここを支配する」


言葉に合わせて繰り出す軽快なフットワークが、まるで目の前の空気を切り裂くかのような迫力を生む。

ファングの肩が上がり、その牙を剥き出しにして息を荒らげた。

しかし次の瞬間、彼の瞳から一瞬だけ戦意とは違う別の感情が見え隠れした。


「くっ…お前ら、想像以上にやるな。

けど、俺だって理由があるんだよ」


ファングはそう呟くと、拳を握りしめたまま視線を下に向ける。

その姿を見ていたマヤは、一瞬だけ煽りのトーンを落とし、息を整える。

レオもヘッドホンを肩へ下ろし、相手を正面から見据える。


「理由って、どんな?」

マヤが問いかけると、ファングは鼻先で軽く息を吐き、呟くように言葉を零した。


「仲間がアンデッドの奴らにやられたんだ。

今もどこかで苦しんでるかもしれねえ。

だから闇に染まった奴らを見つけるまで気が立ってる」


レオはその言葉に一瞬胸を痛める。

ファングの攻撃的なラップが、ただの好戦的な性格ゆえではないと気づく。

マヤも口を結び、静かな視線でファングを見つめた。


「わかった。

なら、同じ目的だよ。

うちらもアンデッドのせいで村の人が苦しんだ」


マヤがそう語ると、ファングは舌打ちしながらも攻撃の姿勢を解き、尾を下げた。

彼はまだ警戒を解いていない様子だが、少なくとも互いに敵同士ではないと判断したようだ。


「お前らが信用できるかはまだわからねえ。

でも、少なくともアンデッドを追いかけるって意味じゃ目的は同じだろ」

ファングは低く唸るように言い放ち、毛皮のコートを翻した。

マヤは腕を組んで少し考え込み、レオはその様子を無言で見守る。


やがてマヤはゆるく笑みを浮かべると、ファングに近づいて右手を差し出した。

「私たちも、力が欲しい。

あんたみたいに強烈なラップで立ち向かえる仲間がいれば心強いし、同じくアンデッドを探すなら一緒に行く方がいいんじゃない?」


ファングはその手を見つめながら、小さく鼻を鳴らす。

けれどマヤの勢いに呑まれたのか、頭をポリポリと掻いてから小さく頷いた。


「わかった。

お前らが見せた熱意は嘘じゃなさそうだ。

一緒にアンデッドを探そう」


レオは内向的な自分を励ますかのように、スッと深呼吸をした。

ファングの荒々しいスタイルにやや圧倒されてはいたが、同時にこの世界のどこかにいるはずのアンデッドを倒すには、彼の野生的な力が頼りになる。

まだ本当の信頼を築けたわけではないが、少なくとも誤解は解けた。


三人はそれぞれのラップスタイルを意識しながら、険しい道を進む支度を整える。

ファングが獣のように鼻をクンクンと鳴らし、どこからか微かな敵意の残り香を探っている。

マヤは軽い足取りでその先を見据え、レオはヘッドホンに触れながら二人を追う。


闘いが当たり前の世界で、牙を剥くようなラップで想いをぶつけ合うのも仕方のないことだと思いつつ、レオはどこか複雑な心境を抱えたまま足を踏み出した。

ファングも肩の力を抜いた様子でコートの襟を正す。

そして、まばらに陽が差し込む木立の奥へと、三人は一緒に消えていく。

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