ベランダブレンド
朝と夜、私は屹立する。
仁王立ちという程の逞しさはなくとも、誇りに満ちた表情で自作の紅茶を嗜む姿は、誰の目からも優雅で麗しく映るだろう。その自負がある。
習性とは生物の本懐であり安定の要なのだ。僅かな乱れが瓦解に繋がる。個人を形成する作業はそれだけ繊細でなくてはならない。
私は自身でブレンドしたものを愛飲している。といってもその配合は毎日異なる。様々な茶葉を蓄えている私の当日の気分で味や風味は如何様にも変化するのだ。ウバをベースにインド系のニルギリやアッサムを足してみたり、キーマンにルフナをちょいと混ぜて燻製の質感を出してみたり、ごく普通のアールグレイを作ったりもする。今日はキャンディを飲んだ。ライトな口当たりと喉越しを感じたかった。
場所はベランダだ。最上の一杯を心ゆくまで堪能するには聖域が必須となる。朝日と夜空に向かい金属音を響かせるのだ。景色、それにカップとソーサーの奏でる調和が私の肴というわけだ。
紅茶は熱を帯びていなければならない。群青の空には湯気が朝靄や雲の役目を果たし、曇天には保護色のように紛れながらも蜃気楼の如く揺らめき、塗り潰しの暗黒の月夜には活発な夜霧を思わせる。厄介なことに雨の場合はこの限りではないが。
キャラメルを一舐めしていた。喫茶店は心を落ち着かせる。時たまこうして昼間に他人の淹れたものを味わうのも悪くない。
からりん。店の扉が開くと一人の若い女が入ってきた。入店するや否や、彼女はカウンター席に座りマスターと話し始めた。どうやら顔馴染みのようだった。
話題はこうだ。職場の人間関係。余程悪い人間に当たったらしい。初めて会った性分の悪さでひどい目に遭ったとか。
「あんな人がこの世にいるなんて信じられない。世界は皆、善い人であるべきよ」
そう愚痴を吐いた。純潔を生きてきた彼女には驚きだったのだろう。
「君は龍を見たことがあるか?」
思わず私は声を掛けた。相手はかぶりを振った。
「いいかい、見たことが無いから否定する。それは自由だが持論の裏付けには弱い。確たる証拠にはならない。自らの無知を晒しているだけだ。措定は大切だ、一つの生き方としてね。これは諦めや思考停止ではない。悪魔の証明など、人類にはまだ難しいよ」
彼女は眉間に皺を寄せていた。マスターが微笑を浮かべる。私だってここの顔馴染みには違いない。
「青年よ、大義を成せ」
近く、台風の予報があった。