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現世の鬼 1

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 温泉宿で一週間をすごしたのち、千早様とわたしはお邸に帰って来た。

 わたしたちが留守にしていた間に、牡丹様が千早様とわたしの夏用のお着物を注文してくれたそうだ。

 千早様とわたしのお着物の柄を揃えたものもあるから楽しみにしていてねと言われた。


「ユキ、こっちが白檀よ」


 牡丹様が衣替えで片づけるお着物を虫干ししてくださっていたので、今日は箪笥に収める前の下準備を行うことにした。

 冬のお着物を納める時に、防虫のための香袋を一緒に入れる。

 その香袋を、牡丹様と一緒に作るのである。

 沈香や白檀など複数の香を合わせたものを、端切れで作った香袋に詰めるのだ。


「あら、ユキは針仕事が上手ねえ」

「そうですか? ありがとうございます」


 道間の離れでひっそりと暮らしていたとき、身の回りのものは自分で繕わなくてはならなかった。

 そのため、必要に応じで身に着けた技術だが、牡丹様に褒められると、お役に立てているようで嬉しい。


 ちくちくと、少し大きめの香袋を作っていく。

 お着物の端切れで作るので、どれもとても華やかだ。

 わたしは、千早様とわたしの分。牡丹様は牡丹様と青葉さんの分を作っている。

 華やかな袋がいくつかできあがると、今度はその中に調合した香を詰めていく。

 防虫のために調合した香だが、とてもいい香りだ。

 袋に香を詰め、その口をまたちくちくと縫っていく。


 冬まで、お着物は二度、三度と取り出して虫干しをするのだが、そのたびに香袋を入れ替えるのだそうだ。

 十数個の香袋が出来上がり、丁寧に畳んだお着物の間に香袋をはせながら箪笥に収めていく。

 千早様は紅葉を紋とされているからか、お着物は紅葉の柄が多い。


「そういえば、千早は紅葉だけれど、ユキは何を使うか決めたのかしら?」

「ええっと、まだ……」


 鬼は、生まれた時に自分の「紋」を決めるのだそうだ。

 お着物を仕立てる時に柄で入れたり、私物に入れたりして使うもので、牡丹様はご自分のお名前の「牡丹」を紋に使っているという。

 青葉さんは柊の葉だそうだ。

 わたしは鬼として生まれたわけではなく、人として死んで鬼になった。人としての生を終えて鬼になるのはとても珍しく、当然のことながら、生まれた時に紋を決められていない。

 ゆえに、自分で選べばいいと言われたのだけれど、何にしていいのかわからなくて、いまだに決められていなかった。


「好きな花はないのかしら?」

「あまり多くの種類を知りませんので……。あの、紋は植物でなければいけないのでしょうか?」

「そんなことはないわよ。動物でもいいし、何でもいいのよ。あ、祝言のときに使った鶴にする?」

「いえ、あの……、月、とかでもいいのでしょうか?」

「月? もちろん構わないけれど、ただ丸いだけで月なんて面白みも何もないわよ?」


 牡丹様が不思議そうに首をひねる。

 だけど、何でもいいのならばわたしは月がいい。

 千早様と出会ってときに空に輝いていた、金色の月。

 道間のわたしが死んで、新しく鬼として生まれ変わったあの日の、月。

 千早様に、拾っていただいたときの、綺麗な月。


「まあ、ユキがいいならそれにしましょう。考え方によったら、自分で刺繍を入れる時に楽だし、いいんじゃないかしら? 牡丹は大変なのよ、複雑で」


 面倒くさいから、自分では滅多に刺さないの、と牡丹様が肩をすくめる。


「あとでユキの夏の衣に月の模様も入れてもらうように追加で頼んでおくわね」

「ありがとうございます」


 自分の紋を得て嬉しくなっていると、遠くからバタバタと大きな足音が響いてきた。

 常に静寂の中にあるような、穏やかな千早様のお邸では珍しい騒音だ。

 どうしたのだろうと思っていると、牡丹様が立ち上がって襖を開けた。


「騒々しいわよ、いったい何事……まあ、青葉! いい年して廊下を走るものじゃないわよ」


 廊下を慌ただしく走っていたのは青葉さんらしい。

 牡丹様がきりきりと眉を吊り上げて青葉さんを叱りつけようとしたけれど、「それどころではありません!」という青葉さんの言葉に閉口した。


「お館様はどこですか!」

「千早なら、邪気払いの節会の準備でお山の宮司の元に行ったわよ」


 来月、鬼の里では「邪気払い」があるのだそうだ。

 ちょうど、現世でいう端午の節句にあたる日に行うそうである。

 その日、鬼の棟梁である千早様は白の衣をまとい、菖蒲を束ねたものを持って、籠に乗って都の大路を回るという。

 それに合わせて、お祓いをした薬玉が各家々に配られるのだが、そのために今日、千早様は宮司様の元に出向いているのだ。


 牡丹様に千早様の居場所を教えられ、青葉さんは慌てて足を止めると回れ右をする。

 そしてそのまま慌ただしくかけていった青葉さんの背中を見ながら、牡丹様が何度も首を傾げた。


「本当に、何があったのかしら? 慌ただしい子ねえ」


 あんな子に育てた覚えはないんだけど、と牡丹様がため息とともに呟いた。





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