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蜜月 3

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 牡丹様の予想通り、千早様はびっくりするほどあっさり温泉行きを決めた。

 すっかり葉桜となった桜の木が転々とする山の中、牡丹様のおすすめの温泉宿はあった。

 山の中にはまだ雪が少しだけ残っていて、宿の門の前につるされた提灯の灯りが反射して、雪を茜色に染めている。


「暁月様、お待ちしておりました」


 門をくぐれば、玄関で女将さんと数人の中居さんが出迎えてくれた。

 少しふくよかな女将さんは、福笑いを連想させる目じりの下がった優しい顔立ちをしている。

 案内されたのは、縁側から谷が見下ろせる景色のいいお部屋だった。

 生まれてはじめて訪れた温泉宿は、とても広くて豪華で、ちょっと気後れしてしまう。

 お部屋の豪華さから言えば、千早様のお邸の方が上回るだろうが、宿というだけで特別な感じがした。


 お部屋は内風呂つきで、縁側と同じように見晴らしのいいところに檜で作られたお風呂があるそうだ。

 茶色い蒸し饅頭と一緒に出されたお茶を飲みながら、わたしはちらりと千早様を見た。


「お風呂、お先に入りますか……?」


 夕方に到着したが、お夕食の時間まではまだ二時間くらいある。

 せっかく温泉に来たので入ろうと思ったけれど、千早様が先に入りたいかもしれない。

 千早様のお邸のお風呂も温泉が引いてあるので、千早様にとったら珍しくないものかもしれないけれど、千早様はもともとお風呂はお嫌いではない方だ。

 千早様がお先に入りたいならわたしはあとから入ろうと思っていると、千早様が不思議そうな顔をした。


「広いんだ、一緒に入ればいいだろう」

「そうですね、一緒に……え?」


 頷きかけたわたしは、びっくりして顔を上げる。

 脱衣所にはすでに二人分の浴衣が置いてあって、いつでも入れる状態ではあるけれど……一緒に?

 硬直するわたしを面白そうに見やりながら、茶碗に残ったお茶を一気に飲み干した千早様が立ち上がる。


「どうした? 湯に入りに来たのだろう?」

「で、でも、あの……っ」


 一緒に、は聞いてない。

 突然のことに青くなっていいのか赤くなっていいのかわからずにおろおろするわたしに、千早様が小さく噴き出した。


「冗談だ。俺はあとでいいから、ほら、先に入れ」


 座布団の上に座り直し、千早様が急須に残っていたお茶を茶碗に注ぎ入れた。

 ほっと胸をなでおろして、熱くなった頬を押さえながら、わたしはやや急ぎ足で脱衣所へ向かう。


 ……びっくりした。千早様も、あんな冗談言うのね……。


 真顔だったから冗談に聞こえなかった。

 まだどきどきとうるさい胸の上を抑えて深呼吸をした後で、わたしは帯をほどく。

 お風呂は乳白色で、少しとろみがあった。

 先に体と髪を洗った後で、十人は優に入れそうな広いお風呂に身を鎮める。

 お風呂場からは山の様子がよく見えて、遠くで鶯が鳴く声がした。

 日が落ちはじめた時間帯なので、空は薄い茜色に染まっている。


 今日から一週間、この宿で千早様と二人きりだ。

 くすぐったいような、どきどきして緊張するような、それでいてそわそわしてしまうような、朝起きた時から、そんな不思議な感覚が続いていた。

 宿で、ただのんびりするだけの予定なのだけど、それが逆に贅沢な気がする。


「……幸せ」


 最近、特にそう感じる。

 こんなに幸せでいいのだろうか。

 どこかに落とし穴があるのではなかろうか。

 幸せすぎると不安にもなるなんて、はじめて知った。


 ゆっくり温まってお風呂から上がると、千早様が畳の上に仰向けに横になっていた。

 夕食まで休むつもりかもしれないけれど、何もかけないと風邪を引くかもしれない。

 押し入れからお布団を取り出して、千早様の上にかけようとすると、眠っていたと思っていた彼が目を開けてわたしの手首をつかむ。

 お布団ごとわたしを腕の中に抱き込んで、千早様が笑った。


「風呂の香りがする」

「お、お風呂上がりですから……」


 急な触れ合いにどぎまぎしていると、千早様が、わたしの湿っている髪に顔を寄せる。


「食事の時間まで少し寝る。付き合え」


 ダメだなんて、言えるはずもなかった。





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