蜜月 2
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そんな、ちょっと気恥ずかしくも幸せな日々が二週間ほど続いた、ある日のことだった。
「温泉、ですか?」
そろそろ衣替えをした方がいいだろうと、千早様のお着物が入った箪笥を開けていたわたしは、お手伝いを買って出てくれた牡丹様の言葉に作業の手を止めた。
「そう、温泉。春の今くらいの季節に入る温泉もまた格別よ。せっかくだから千早と行ってらっしゃいな。身の安全がどうとかって邸にこもりっぱなしだけど、いい加減お出かけしたいでしょう?」
わたしを連れ去った三人の男性について、千早様も青葉さんもいまだに情報を得られていないそうだ。
そのため、わたしの身を守るために、お邸の外どころかお庭であっても、一人で下りないようにと言われている。
千早様と一緒にならいいと言われたけれど、もともとあまり外出をなさらない方だから、祝言の前に千早様のお父様のお墓にご挨拶に行った切り外には出ていなかった。
わたしは千早様のおそばにいられたらそれで幸せなのだけど、牡丹様から見れば、わたしが退屈しているように見えるのだろうか。
「でも、千早様はお忙しいので……」
「何言ってるの。あの子、結構暇よ。暇じゃなかったら、隙あらば昼まで惰眠を貪ろうとなんてしないわ」
言われてみたら、一理ある……かも。
「夫婦水入らずで外出なんてね、子供が出来たらしばらくは無理なんだから、今のうちに楽しんでおく方がいいのよ。……ちなみに、子供が大きくなったら行こうとか考えても、いざその時になったら、昔のような情熱なんてなくなっていて盛り上がらないのよ」
「は、はあ……」
わたしも行っておけばよかったわと舌打ちする牡丹様に、わたしは曖昧に笑うしかない。
牡丹様に言わせれば、新婚気分なんて今しか味わえないんだからしっかり楽しんでおくもの、らしい。
「だけど、千早様のご気分が乗るかどうかわかりませんよ?」
「大丈夫よ、一週間くらい温泉でのんびりごろごろしましょうと誘って乗らないあの子じゃないわ。これ幸いと予定を立てるわよ。大手を振って怠惰にすごせるんだから」
「そう、でしょうか」
「そうよ。なんならこう言ってごらんなさい。温泉だったら、昼まで寝ていても怒られませんよって。一週間どころか一年くらい帰らないと言い出すかもしれないわ」
いや、いくらなんでもそれは……ないと、言いきれないけれども。
だけど、一年も帰らなかったら、青葉さんが怒って乗り込んで来そう。
「そういうわけだから、誘って見なさいな。ここから少し山の方へ行ったところに、いい温泉があるのよ。子宝の湯って言われているから、新婚にはもってこいでしょう?」
「こ――」
ボッと赤くなったわたしに、牡丹様が「あらいやだ初々しいわねえ」なんて笑う。
「……んー、夏の着物は、少し新調した方がいいわね。ユキのものも一緒に頼みましょう。少し似せて作らせたら、夫婦っぽいでしょう?」
わたしが箪笥を開けたまま真っ赤な顔でおろおろしている間に、牡丹様が箪笥の中身を確認する。
「着物を整えるのはわたしでするから、ほら、千早を誘いに行ってらっしゃい」
どこか面白がっている様子の牡丹様に背中を押されて、わたしは熱い頬を両手で押さえながら千早様の元へ向かった。
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