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怒りと鬼火 2

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 道間――と、誰かの声が聞こえた気がした。


 その声は低くて暗くて、深い憎しみに彩られているようなそんな気配を感じて、わたしはゆっくりと瞼を持ち上げる。

 途端にずきりと首の後ろに痛みを感じて、ぎゅっと顔をしかめた。


「ここ、は……?」


 ぼんやりと周囲を見渡す。


 薄暗い、倉庫のような場所に思えた。

 板を組んで作られた薄い壁からは冷たい隙間風が入り込んでいる。

 狭い室内に鍬や藁などが置かれていたので、農具を保管している場所ではないかと推測したけれど、どうして自分が農具入れにいるのか理解できなかった。

 理解できないが、ひとまずここから出ようと立ち上がろうとして、ようやく自分が縛られていることに気が付く。

 驚いたからだろうか、朦朧としていた意識が一気に現実に引き戻された。


「わたし、どうしてこんなところに……」


 炭を取りに、裏庭の倉庫へ向かったはずだった。

 そこに、誰かが野菜を届けに来て、そして――


 ……あの人たちに、ここに連れてこられたのかしら。


 順当に考えればそうだろう。

 計画的だったのか突発的だったのかはわからないけれど、わたしが覚えている最後の記憶を思い出せば、三人の男性に囲まれていた。

 誰もが厳しい顔をしていたと思う。

 そこから記憶がつながらないので、彼らのうちの誰かが、あるいは全員が、わたしをここに連れてきたと考えれば納得がいった。


 理由は考えなくてもわかる。

 わたしが、「道間」だからだ。

 鬼や魑魅魍魎を狩る一族である「道間家」は、鬼の天敵であり、彼らから深く恨まれている。

 わたしは黒髪ではないけれど、彼らはわたしが道間だと気づいたのだろう。

 千早様に鬼にしていただいたけれど、それでわたしの生まれが消えるわけではない。

 鬼だろうと人だろうと、わたしが道間家に生まれた娘であるのは消し去りようのない事実なのだ。


 はあ、と息を吐く。

 白く染まったそれを見て、寒いなと思った。

 その寒さが、山に捨てられた時のことを思い出させる。

 千早様と出会ったあの日。

 わたしを冷ややかに見下ろした、綺麗な綺麗な鬼。


「……千早様」


 千早様はわたしを殺したと言った。

 でもわたしは、助けてもらったと思っている。

 ここがどこかは知らないが、さすがにこんなところまで千早様は助けに来てくださらないだろう。

 あの日逃れた死が、またゆっくりとわたしの足元に近づいてきているのがわかった。


 ……死にたく、ない。


 あの日、目の前に死が差し迫っていたあの時ですら涙は出なかったはずなのに、気が付けば涙があふれていた。

 わたしにとって死はあまりに身近なもので、それを怖いと思う感情なんて、とうの昔に消え去っていたと思っていたのに。


「千早様……」


 まだ死にたくない。

 まだ千早様の側にいたい。

 千早様の気まぐれが終わるその時まで、彼の側で、彼にお仕えしたかった。


 彼の側は、暖かいのだ。

 決して口数の多い方ではない。

 時にぶっきらぼうであったり、淡々していたり……。

 でも、わたしをわたしとして「見て」くれる方。

 わたしに、手を差し伸べてくれる方。


 千早様を想うと胸が温かくなるこの感情を何と呼ぶのか、わたしにはわからない。

 だけど、わたしを生かすのも殺すのも、千早様でないと嫌だと思った。

 彼の知らないところで、彼以外のものの手によって死ぬのは嫌なのだ。

 死の間際まで千早様の側にいたい。

 こんな風に考えるわたしは、どこかおかしいのだろうか。


 ……生きなきゃ。


 千早様の側以外では死にたくないから生きなければなんておかしな考えだろうが、わたしはそんな衝動に突き動かされて、何とかしてここから抜け出せないものだろうかともがいた。

 まずは、手足を縛っている縄を何とかしなくてはならない。

 これさえほどくことが出来たら農具入れの外に出ることも可能だろう。

 たとえ戸に閂がされていたとしても、これだけ薄い木の壁なら、そのあたりにある鍬で叩き壊すことができる気がした。


 手首を動かしたり返したりしながら、何とか縄を緩めようと試みる。

 しかし、縄が解けるよりも前に、ツンと鼻に刺すような焦げ臭い臭いを感じて顔を上げた。

 見れば、薄い木の壁の間から灰色の煙が忍び込んでいる。


 ……火を、つけられた?


 そう結論付けるのに時間はかからなかった。

 何故なら煙は瞬きをするごとに多くなり、パチパチと爆ぜる音がしはじめたからだ。

 凍えるように寒かったのに、急に外気が温まりはじめたのも理由の一つである。


 わたしの顔から、さーっと血の気が引く。

 この小屋には藁をはじめ、燃えるものがたくさんある。

 炎が中に入り込めばそれこそあっという間に燃え広がるだろう。


「――っ」


 どうしよう。

 もがいてももがいても、縄は緩まない。

 足首を縛られているので立ち上がることもできそうになかった。

 這って出ようにも、戸のあたりから煙が入ってきているところをみると、入り口に放火されたと思われる。


 ……いや……死にたくない。


 それは、久しく忘れていた恐怖だった。

 カチカチと奥歯が鳴る。


「誰、か……っ」


 悲鳴が喉の奥で凍って、ろくな声が出なかった。


「千早様……ちはや、さま……」


 炎が壁を食らい、部屋の中までその舌をのぞかせていた。

 黒い煙を立てる赤い炎に、わたしは咳き込みながら少しでも遠くに逃げようと後退る。

 室内の温度が上昇していき、息をするのも苦しくなった。


 もう、だめかもしれない――

 涙で視界が霞んで、わたしはきゅっと唇をかみしめる。


 ……死にたく、ない……!


 こんなところで終わりたくない。

 誰か、と声を上げようとして、助けを求めたところで誰も来ないと思いなおす。

 誰かに助けを求めるのではなく、自分でどうにかしなくては、わたしはもう間もなく炎に焼かれて死ぬだろう。

 死が目前に迫り、わたしはきつく目を閉じで願った。


 ――千早様に、会いたい。






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