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墓参り 6

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 千早様の予言通り、正午を回ったころに雪がはらはらと舞いはじめた。

 青葉様が緋色の傘を二本用意してくださったのだけど、千早様はいらないと言って、結局わたし一人だけ傘をさすことになった。

 千早様が傘を差さないならわたしも遠慮しようと思ったのだけど、千早様から「風邪をひかれると面倒だ」と言われ、傘をさすように命じられたからだ。


 外は寒かったけれど、厚着をして温石を忍ばせたので、凍えるほどではない。

 千早様の三歩後ろをついて歩いて行くと、やがて山が見えてきて、長い階段の前にたどり着いた。


 肩に雪を積もらせながら、千早様が階段を上っていく。

 足元に注意しながらついて行くと、階段を登り切ったところに、大きな墓があった。

 千早様のお父様のお墓なのだろう。

 見上げるほど大きなお墓の前にはたくさんの花が置かれていて、その上にこんもりと雪が積もっていた。


 千早様はお墓の前に立って、手を合わせるでもなく、ただじっと墓石を見つめている。

 傘をたたみ、わたしが手を合わせていると、千早様が前を向いたままぽつりと言った。


「俺の父は、道間の女狐に殺された」


 千早様のご事情は青葉様から聞き及んでいたけれど、彼の口からそれが語られるのははじめてのことだ。


「父が死に、俺は一族のものを引きつれてこの隠れ里に居を移した。俺の行動を『逃げ』と取るものもいただろう。俺に賛同しないものは現世に残ったが、やつらがどうなったのかは知らん」


 千早様の声は淡々としていた。

 だけど、拳はきつく握られていて、千早様がいまだに苦しんでいるのを知る。

 あまり拳を握りすぎると、爪で皮膚を傷つけてしまうかもしれない。

 無礼だと思いつつも、千早様との距離を詰めて、彼の手にそっと触れると、千早様が一度拳を解いてわたしの手を握りこんだ。


「――俺は、逃げたのだろうか」


 かつて現世には、神も人も魑魅魍魎も――すべて等しく暮らしていた。

 時代の流れと共にそれが変化し、人と魑魅魍魎は袂を分かちた。

 いつしか現世は人が支配する世になり、人以外のものには窮屈な世界となっていったのだ。


 その中で生まれた『破魔家』が、お上から、現世から人ならざるものを排除する任を受けた。

 その中には神の亜種である鬼も含まれており、彼らは徐々に住む場所を追われた。

 青葉様からは、そう教えてもらっていた。


 かつて現世にあった鬼の隠れ里を、現世と常世の狭間に移したのは、千早様だったそうだ。

 だけどその決断に至るまで、千早様は多くを悩み苦しんだだろう。

 今の彼の横顔を、わたしの手を握る力の強さを思えば、千早様がどれだけ苦しんだのか推し量れる。

 百年たった今でもこんな表情をするのだ。当時はさぞかしつらかっただろう。


「わたしが、このようなことを言うのは失礼かもしれませんが……、千早様は、逃げたのではなく守ったのだと、思います」


 ほかの鬼たちを、『破魔家』から守ったのだ。

 道間家に復讐したいと思う気持ちもあっただろうに、それを抑え込んで、同胞たちを守る決断をしたのだ。

 千早様からすれば、何も知らないくせに偉そうなことを、と思うかもしれない。

 でも、彼の横顔を見ていると、言わずにはいられなかった。


 たぶん千早様は、とてもとても優しいのだ。

 冷ややかな雰囲気を纏っているけれど、その実、とても温かい人……鬼なのだろう。

 そして、優しいからこそ、多くの葛藤を抱えるのだ。


 わたしの右手を握りしめる千早様の手に、左の手を添えて、わたしはそっとその手を持ち上げる。

 わたしの首元に触れて、彼を見上げた。


「わたしは当時の道間の女ではありませんが、千早様のお心が晴れるなら、お父様の墓標の前にわたくしの首を置いてくださって構いません」


 自然とそんなことが口を突いて出てきたけれど、この時わたしは、この場で千早様に殺されてもいいと本気で思っていた。


 道間家の不要物として生まれ、いつ散らされてもおかしくなかったわたしの命。

 千早様に拾い上げていただかなかったら、わたしは今、この場に存在しなかっただろう。

 常に死と隣り合わせで生きてきたわたしにとって、己の死はとても身近なもので、きっと、他の人と比べて、死への恐怖が少ないのかもしれない。

 進んで死にたいとまでは思わないけれど、千早様に拾い上げてもらって、気まぐれで生かされているわたしだ。


 だから千早様になら、殺されても後悔はしない。

 千早様は墓石からわたしに視線を映し、平坦な声で訊ねてきた。


「お前は、もしかしなくても死にたいのか」


 そんなこと、はじめて問われた。

 驚くと同時に、そうかもしれないと思う。

 おそらくわたしは、ずっと前から、生きるのに疲れていたのだ。

 いつ殺されるかと考え続けるくらいなら、いっそのこと早く息の根を止めてほしいと、願っていたのだろう。


 疲れ果てて、自分の望みすらわからなくなっていたわたしは、千早様の言葉を聞いて、ようやく自分のことが少しだけわかった気がした。


 ……わたしは、死にたいのね。そして、できることなら……。


 この、綺麗な人の役に立って死にたい。

 忌子だと言われ、不要なものとして扱われていたわたしの存在を見て、拾い上げてくれたのは、千早様がはじめてだった。

 もし、わたしが死に場所を選ぶなら、今ここで死ぬのが一番だと思った。

 千早様のお心を鎮めて、彼の胸に巣食い続けていた道間への復讐心を、少しでも軽くできるかもしれないから。


 千早様の手を首に当てたまま、ゆっくりと目を閉じる。

 千早様が躊躇いがちにわたしの首に指をからませ――けれども、力を籠めることなく下におろした。


「……お前は殺さない」


 ぽつりと言われて、わたしはゆっくりと瞼を上げる。

 わたしを見下ろす千早様は、ちょっと不機嫌そうだった。


「お前は俺が拾った。……お前の役目は、俺の役に立つことだ」


 言われてみれば、そうかもしれない。

 ここで楽になることを選ぼうとしたわたしはなんて浅はかだったのだろう。

 千早様は、わたしを拾った。

 だから彼が望むまで、彼に仕えるのがわたしの仕事だ。


「帰るぞ」


 千早様が片手をわたしとつないで、もう片手で傘を持つ。

 何故かその傘はわたしに大きく傾けられていて、千早様の左肩が冷たそうだった。





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