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エクストリーム通勤通学サービス

作者: ウォーカー

 草木が朝露に濡れる朝。

一人の男子学生が、額を汗で濡らしながら走っていた。

「はぁ、はぁ。今日は一限目から授業があるのを忘れてたよ。」

学校までは長い登り坂。

ただでさえ重い足が更に重くなる。

やっとのことで学校の教室にたどり着く。が、しかし。

「こら!遅いぞ。遅刻だ。」

先生からのお説教が待ち構えていた。


 その男子学生は早起きが大の苦手だった。

ただでさえ朝は起きられないのに、夜は夜で夜ふかししてしまう。

だから学校では遅刻の連続。

なるべく朝の授業は取らないようにしてるのだが、

それには限界があり、焼け石に水の状態だった。

このままでは遅刻が多すぎて出席日数が足りなくなってしまう。

困ったその男子学生は、スマートフォンに救いの手を求めた。

「困った時はスマホだよな。

 思えば、今の学校に通おうと思ったのも、

 スマホのSNSで知り合った友達に誘われたからだし。」

その男子学生はスマートフォンのWebブラウザーを開くと、

遅刻、対策、などの言葉を検索していった。

すると結果は、早寝早起きなどのありていなものばかりが並ぶのだった。

「早寝早起きしろだって?

 そんなことができるなら、朝起きられなくて困ったりしてないよ。

 もっと役に立つものはないのか?

 ・・・おや?これは。」

スマートフォンの画面の片隅に、その男子学生の興味を引くものがあった。


エクストリーム通勤通学サービス

通勤通学にお困りのお客様を、弊社の配送員が通勤通学先まで配送致します。

遅刻は一切無し!交通状況に左右されない、配送員による直接配送です。

利用方法は専用アプリをインストールの上、配送対象と場所を入力するだけ。

納得の料金で満足の行く結果をあなたに。

ただいま、人数限定にて初期会員を募集中。


「エクストリーム通勤通学サービス?

 要するに、人を運ぶ宅配便みたいなものかな。

 アプリの利用者数もほとんどいない、

 まだ配信開始されたばかりのサービスみたいだ。

 ちょうどいい。

 試しに、このエクストリーム通勤通学サービスを使ってみよう。」

そうして、その男子学生は、言われるがままに手続きをして、

明日の朝の通学にエクストリーム通勤通学サービスを使うことにした。


 翌朝。

昨夜の夜遊びで眠りこけていたその男子学生は、

バン!と開いた部屋のドアの音で叩き起こされることになった。

現れたのは、青い作業服姿の男達。

突然のことでその男子学生は失念していたが、

昨日、申し込みをしたエクストリーム通勤通学サービスの配送員達だった。

青いキャップを外して挨拶をする。

「毎度!エクストリーム通勤通学サービスです!

 お客様を通学先の学校までお届けにあがりました。

 さあ、すぐに配送を開始しましょう。」

驚きのあまり言葉も出ないその男子学生を他所に、

配送員たちはその男子学生を布団から引きずり出した。

「ま、待って!まだ着替えも・・・!」

「お着替えは通学途中に出来ますので、まずは出発しましょう。

 お荷物とお着替えもこちらでお持ちします。」

返事もろくにさせてもらえないまま、

その男子学生は配送員達に担ぎ上げられた。

「わっせ!わっせ!」

家の外に出ると、そこには籠のような神輿のような木組みの台が待っていた。

小さな小部屋を人力で運べるようにしたもので、

その男子学生は着替えや荷物と共にその小部屋の中に放り込まれた。

「ちょっ!着替えはどうしたら?」

「籠の中は外からは見えませんので、移動中に着替えてください。

 それでは行きますよ!」

そう言うと、作業員たちはわっせわっせと籠を運び始めた。

そのスピードは大の大人の男が全力疾走する位で、

籠のすだれの隙間から外を覗くと、

車道や歩道を渡り歩き、車よりも速い程だった。

「こりゃあすごい。

 これなら学校までの長い登り坂もあっという間だぞ。

 僕も急いで着替えないと。」

その男子学生は、揺れる籠の中で、転げ回りながら着替えを済ませた。


 「わっせ!わっせ!」

エクストリーム通勤通学サービスの配送員達の声が響き渡る。

周囲の人達からは何事かと注目を集めながら、

籠はすごいスピードで駆け抜けていった。

街を抜け、長い登り坂を走破し、

エクストリーム通勤通学サービスの籠は、その男子学生の学校にたどり着いた。

それで終わりではなく、籠は校舎の中を駆け巡り、

その男子学生が授業を受ける教室にまでやってきた。

急停止した籠から、そのままの勢いで、

その男子学生がゴロゴロと転がり出てきた。

教室の中は早起きの学生達がまだ数人いるだけ。

いつもは遅刻ギリギリの登校なのに、

エクストリーム通勤通学サービスはとんでもなく速かったのを実感した。

「お客様!通学先に到着です。

 今回もご利用ありがとうございました。

 よろしければ、またのご利用をお待ちしております。

 それでは、私達はこれで失礼します。」

配送員達は青いキャップを外して挨拶すると、

空の籠を担いで、わっせわっせと教室を出ていった。

「あれは・・・何だったんだ?」

事情を知らない周囲の学生達は呆気に取られ、

当のその男子学生もまた、

床に転がったままの体勢でポカンと口を開けていた。


 そうしてその男子学生は、エクストリーム通勤通学サービスを使いはじめた。

エクストリーム通勤通学サービスは、時間や場所に正確で、

その名の通り、通勤通学に適したサービスだった。

事前に通勤通学場所と時間を設定しておくだけ。

そうすれば、その時間に間に合う時間に迎えに来てくれる。

着替えは籠の中でできるので、直前まで寝ていても大丈夫。

料金はサービス開始特別料金だとかで、コーヒー一杯程度の低料金。

その男子学生はほぼ毎日のように、

エクストリーム通勤通学サービスを使うようになった。

また、名前はエクストリーム通勤通学サービスだが、

実際には、通勤通学以外にも使うことができる。

急いで移動したい場合にも。

誰か移動させたい人がいる場合にも。

物を移動させる宅配便の代わりとしても。

エクストリーム通勤通学サービスは効果を発揮した。

「僕だけいつも授業に出てるのはずるいよな。

 よし、いつもサボってるあいつらも呼んでやろう。」

ある日、その男子学生は、

授業をサボりがちな学生達を授業に出席させるために、

エクストリーム通勤通学サービスを使った。

寝ぼけ眼で学校に連れてこられた学生達の顔を見るのは愉快だった。

またある日、その男子学生は、

朝礼で話が長い校長先生を退場させるために、

エクストリーム通勤通学サービスを使った。

この時は、やんややんやの大喝采が気持ちよかった。

またまたある日、その男子学生は、

忘れ物を届けてもらうのに、エクストリーム通勤通学サービスを使った。

通常の宅配便とは違い、送る物を取りに行ってくれて、配送も速いので、

まるで自分がもう一人いるかのような便利さだった。

そうして、エクストリーム通勤通学サービスは、

その男子学生の生活に無くてはならないものになっていった。


 その男子学生がエクストリーム通勤通学サービスを使い始めて、

学校の様子は一変した。

その男子学生はエクストリーム通勤通学サービスで遅刻が無くなり、

授業をサボろうとする学生達もまたエクストリーム通勤通学サービスで、

強制的に授業に出席させられるようになった。

それは先生についても同様で、

病気や所要で授業を休もうとした先生もまた、

その男子学生が呼んだエクストリーム通勤通学サービスによって、

強制的に学校に連れてこられるようになった。

全ては、自分だけが授業に出席させられるのはずるいという、

その男子学生の気分からもたらされたものだった。

しかし、先生や学生の遅刻や欠席が減るというのは、

学校にとってはいいことなので歓迎された。

話が長いと朝礼を追い出された校長先生ですら、

悪かったのは自分だったと反省しているようだった。

学生の中には、強制されることが気に食わないと、

逆に自分もエクストリーム通勤通学サービスを使おうとした者もいた。

しかし、エクストリーム通勤通学サービスは、

早期サービス扱いということで、今は会員登録は一時停止していて、

その男子学生以外は誰も使うことができなかった。

ならば力尽くでと思い立った学生は、

エクストリーム通勤通学サービスによってその場から排除された。

人や物を迅速に移動させるエクストリーム通勤通学サービスによって、

その男子学生は、学校の中を支配していった。


 エクストリーム通勤通学サービスによって、学校を支配したその男子学生。

強制的な権力は暴君だがしかし悪気があってのことではない。

エクストリーム通勤通学サービスを使うのは、

あくまで先生や学生が授業に集中するために有効と思える時だけ。

そのはずだっただが、それが学校に悪影響を与えつつあった。

学校の授業は決して休めない、遅刻できない。

そのことが学校に悪影響を与えることもある。

その代表例が、先生や学生の体調だった。

人間、生きていれば規則正しくしていても病気くらいはする。

しかしエクストリーム通勤通学サービスは、

病気による遅刻欠席すらも許さない。

布団に伏した病人すらも、布団を剥ぎ取って籠に放り込んでしまう。

体調が悪い学生が一人また一人と増えていき、それは先生にも伝搬していった。

ただの腹痛などならまだしも、感染症などであれば、

休めないことが返って事態を悪化させることにもなる。

学校の授業は全員が出席、しかし顔色が悪く咳をしている者も多く、

幾人かの学生に至っては、机に突っ伏して身動きもしていない状態。

それでもその男子学生は引かなかった。

「欠席者が増えたら、せっかく出席した授業が中止になってしまう。

 ここは意地でも、みんなに出席してもらわないと。」

その代償は、やがてその男子学生自身にも及ぶことになった。


 ある朝、その男子学生は強烈な腹痛で目覚めさせられた。

まるで腹に焼き串でも刺されたかのような腹痛。

更には、全身が痺れて満足に動くこともできない。

明らかに体調がおかしい。

これでは学校どころではない。あるいは命にも関わるかもしれない。

床を這いずるその学生の部屋に、場違いな男達が乗り込んできた。

「毎度!エクストリーム通勤通学サービスです!」

前日に手続きをしていた、エクストリーム通勤通学サービスの配送員達だった。

配送員達は、その男子学生が体調不良なのもお構いなし。

早速、その男子学生を持ち上げて籠に放り込んだ。

身動きの取れないその男子学生が、掠れ声で懇願した。

「待ってくれ・・・。

 今日は体調がすごく悪いんだ。

 学校は欠席・・・いや、救急車を呼んでくれ。」

すると配送員達は、爽やかな笑顔を崩さずに答えた。

「申し訳ありません。

 弊社のエクストリーム通勤通学サービスは、

 人や物を運ぶ専門サービスでして、

 救急車を呼ぶというサービスは無いんです。」

「じゃ、じゃあ、病院に連れて行ってくれ・・・」

「救急搬送は私達にはできかねます。」

「体の具合が悪いんだ。

 もう一歩も動くことができないんだ。

 あんた達にできるサービスがあるなら、何でもいいから頼む・・・」

息も絶え絶えのその男子学生に、配送員が爽やかな笑顔で答えた。

「それでしたら、弊社に特別なサービスがございますよ。」

「じゃあ、それを頼む・・・」

「わかりました!

 それでは、エクストリーム埋葬サービス、承りました!」

「承りました!」

もうその男子学生には返事をすることもできない。

爽やかな笑顔を浮かべたエクストリーム通勤通学サービスの配送員達。

その籠にその男子学生を乗せて、勢いよく走り始めた。

エクストリーム埋葬サービスの行く先、墓場へ向けて。



終わり。


 このエクストリーム通勤通学サービスという話は、

私が眠っている時に夢で見たことを文章に書き起こしたものです。


最初は便利だと感じていたのですが、融通の利かなさから、

最後は墓場へと連れて行かれることになってしまいました。

悪夢でした。


お読み頂きありがとうございました。


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