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第九話

 来栖家から良い感じに離れた場所で、脚を落ち着かせる。

 ちきしょう、死ぬほど暑いぜ。


「明日はどうすっかなあ……」


 時間は十八時五十五分。

 並木のように立つ街灯が暗がりを照らしていく。灯る光も歩行を手助ける代物ではなく、熱い印象を抱かせる光でしかない。そんな内側と外側の両方向から暑い帰路は、来栖のせいで苛立っていた思考を溶かす。

 印象に、ヒートアイランド現象許すまじ。

 汗は止まるところを知らず体から噴き出してきやがる。

 気怠さと暑さは時間と、足の動きが遅くさせる。全てが停滞するかと思う中、無機物たるスマホがズボンのポケットの中で震える。

 誰だよ、こんな時間に……。

 いや、こんな時間だからか。


「……」


 ただ、社会常識にしたがってスマホのメッセージを確認したことを瞬間的に後悔した。

 ちきしょう、見なきゃよかったぜ。

 いいや、弱音なんて吐いてるんじゃねえよ。そのせいで、俺は生活を支配されてるんだろ? 必要なのはスマイルとパワー、根性だ。それが幸福のために必要な態度だ。

 だから、そうだ、叔母からの連絡なんて見えなかったことにしよう。

 語れないことは語らない方が良いし、知らない方が良い。そっち方が幸せなんだからよ。

 やるべきは、ポジティブシンキング。 

 不幸に傾くことなんて考えないで、一人暮らしの巣穴に、慣れ親しんだアパートの一室に、自由と不自由の象徴に帰ろう! そして、いつものように寝て全てを忘れよう!

 自分を騙す処世術を施して、気分はルンルンのはず……。

 ……俺はじっとりと背中を湿らせる汗の気持ち悪さと心の動揺を引っ提げて、とぼとぼと暮れ方の帰路に就く。

 それは普段の光景の連続。

 真新しい家、そこに灯る生活の明かり、赤いブランコと滑り台と鉄棒が設置されているだけの侘しい土がむき出しの公園に佇む金髪ツンツン頭の少年?


「おいおい、慎一クン。こんな夜道を一人で歩いてていいのかあ?」


 いや、これは不連続だ!

 ちきしょう、不幸ってやつはどうにも連鎖してくれるらしい。

 俺よりも頭一つ小さく、浅黒い肌のマッチョなゴブリンAこと……。

 ちょっと待ってくれよ、ゴブリンA、どうにも俺はお前の名前が思い出せない。西高の制服を着てるから、西高の奴ってのはわかるけど……。

 でも、存在を忘れた訳じゃないんだぜ。金髪のツンツン頭で、態度の悪いクソ野郎だってことは覚えてる。確か、そう、五月の下旬、コンビニでたむろしているゴブリン軍団を注意したときに先陣を切って突っかかってきた奴だろ。だから、こうして公園から現れて俺の行く手を阻んでいる。

 なるほど、名前は知らないけどこの場に存在する意義は納得できたぜ。

 とりあえず説得だ。

 武力は無!


「公道を歩くのに許可なんて要らねえだろ。もしも、歩くのに許可が必要だっていうなら、時代遅れ甚だしいぜ。もっとも、お前がジム・クロウ法を遵守するような愚を極めたレイシストだったら話は別だけどよ」

「何言ってんだ?」


 ちぇ、チンピラっていうのは初歩的な話も通じねえのか?

 呆れて溜息が出ちまうよ。


「とかく、俺は驚くほど疲れてるんだ。用事ならまた後日にしてくれ」

「はあ? なんで俺がてめえの言うことを聞かなきゃならねえんだ!」


 がっくりとうなだれる小市民にゴブリンAは、ノーモーションで殴り掛かってくる。

 あぶねえ!

 俺じゃなかったら躱せてねえぜ。


「落ち着けよ。落ち着いてくだせえよ。なっ、俺だってお前のことを慮ってこう言ってんだ。住宅街で喧嘩騒ぎ起こすのはさ、自分の世評を汚すだけですぜ。だから、いったん落ち着きましょうや」

「うるっせえ!」

「あぶねえって!」


 RPGでモンスターに遭遇した主人公御一行は、こんなにも面倒な気分なのか。

『逃げる』を連打したいぜ、全くよ。


「逃げるんじゃねえ!」

「馬鹿言うな。当たったら痛いだろ。というか、なんで俺に突っかかってくるんだよ。俺、お前になんか悪いことしたか?」


 何とかゴブリンAのパンチを避けながら、舌を噛まないようにこの襲撃の根本的な要因を問いかける。

 すると、奴さんは攻撃を止めて俺を睨みつけてくる。激しい運動と激情に駆られているせいか、顔は真っ赤で、一重まぶたの目つきは鋭い。赤鬼みたいだな。


「面子ってやつだよ。てめえをボコさなきゃ、先輩に俺がボコされる。てめえがコンビニ駐車場で、俺をボコったせいでな」


 ただ、感情と形相の真剣さ反し、その理由は滅茶苦茶にくだらない。

 先輩から殴られるってコンビニの連中、強くなかったぜ。

 あと、目に見えて親不孝な連中とつるんでないで、真面目に勉強しろよ。

 それと一件に関しては俺の方が迷惑してる。こちとら悪いこと何にもしてねえんだしよ。


「いや、それ、俺も迷惑してる案件だぜ。そのせいで俺の悪評が学校中に広まっちまった」

「悪評はてめえが南高の連中をボコボコにしたせいだろ。てめえが発端だ」


 なるほど、俺の新しい悪評って、あれが発端だったんだ。


「俺を見るや否や『犯罪者の息子』って馬鹿にしてきたあのイキった先輩方ね。可哀想に、俺を馬鹿にしなきゃサッカー部の大会に出れてたのに……。俺は悲しいぜ、本当にさ」


 本当に、俺だってそんな生まれになりたくなったわけじゃないんだぜ?


「『犯罪者の息子』はいまさらだろ? 慎一クン」


 おいおい、学習能力の低さは人を苛立たせるもんだぜ、ゴブリンA。

 現に俺はいま苛立ってる。学ばないお前のせいでな。


「はあ、お前もお前を腐らせるだけの連中を見限って、清く正しく、明朗快活に生きようぜ」


 だから、こいつは最後通告だ。

 一度は殴られたんだから学んでちょうだいな。


「うるせえ! 俺はその先輩方の仇もかねててめえをボコボコにするぜ。こい、野郎ども!」


 俺のありがたい言葉に納得して、このまま帰ってくれるかと思ったが、ゴブリンAは怒鳴り声で無理解を示した。しかも、奴さんのそれは鬨の声だったらしく、公園から、路地から、計六人のゴブリンで形成されるゴブリン軍団を呼び出した。

 彼らはみな好戦的な表情をしている。そして、そのうちの赤シャツと黒シャツの二人は紫煙を漂わせる毒を咥えてらっしゃる。

 まったく、俺はお前らがどうして面子に執着するのかがわからねえよ。面子なんざ役に立たない代物なのにさ……。


「マジでやるの?」

「あたりめえだろ!」


 馬鹿には教育を。

 ただ、それは俺がすることじゃなくて、てめえの両親がすることだぜ?


ご覧いただきありがとうございます。

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