第五十三話
閑話休題。
いや、後々の面倒ごとだった優との関係を修復したから閑話ではないんだけど。ともかく、俺が来栖を駅前に呼びつけた理由は、プラトニックな関係のためじゃねえ。
「あれ、そう言えば俺を呼びだした理由って優のことじゃないよね」
「てめえは抜群に察しが良いな。俺は嬉しいぜ」
「それ、褒めてんの?」
「もちろん、褒めてるさ」
弄っていたスマホをテーブルの上に置き、来栖は手を組んで苦笑いを浮かべる。
「で、何をするのさ?」
「興味津々だな」
来栖は興奮あるいは不安を隠せないらしく、そわそわと身じろぎする。滑稽極まりない動きにはついつい笑みがこぼれてしまう。
おっと、失礼が過ぎるな。
一方的に呼び出しておいてそいつを一方的に笑うなんてさ。野郎も眉間に皴を寄せて不快感を訴えていることだし、早速本題に入りますか。
「ちょいと、危ないお仕事を俺と一緒にやって欲しいんだよ」
「危ない仕事?」
「お前さんが良く分かんねえ女とデートした日に宗教勧誘にあったろ?」
「ああ、慎一がカルトって言ってた、いかにもな新興宗教ね」
高架通路で通行の妨げをしていた例の団体を来栖は思い出し、嫌悪に顔をしかめる。
当然の反応だ。
頭がイカレてなければ、あんな団体に好意的な視線を向けられるわけがねえからな。
「そうそう、それで俺はそいつらを調べたいのさ」
来栖はぽかんと口を開けて俺を見つめる。
『衒学者ここに極まれり』とでも思っているのかもしれない。だが、来栖、流石の俺も知的好奇心を満たすためだけに危ない奴らに関わるほど狂った奴じゃない。俺は生活のために関わろうとしているんだ。そこまで理解してくれなきゃ、俺の友達は務まらないぜ?
なんて冗談はさておいて、不安をのぞかせている来栖を安心させますか。
「安心しろよ。あいつらに教化されたわけじゃねえ。それになんかあっても、俺が守ってやるからさ」
「だったら、別に俺要らなかったよね?」
おっと、痛いところを突いてきやがる。
「いいや、俺にも不安があるんだよ。だからお前さんは道連れってわけだ」
「俺、人柱なの?」
来栖は自分を指さして、がっくりと肩を落とす。
物わかりが良いっていうのも、時として困りもんだな。
「ご名答」
「ええ……」
「嫌なら帰っても良いぜ」
「嫌だよ、珍しく慎一から誘ってくれたんだからさ」
「嬉しいこと言ってくれるねえ」
ついつい漏れてしまった俺の本音に、来栖は意地の悪い笑みをにんまりと浮かべる。
「けど、なんであんな奴らに興味を持ったのさ? 趣味の延長線上にあるとしたら、俺は止めるよ。興味本位で触れたら危ない存在だろうし」
ただ、来栖はすぐに笑みを引っ込め、頬杖をつきながら真剣な面を構える。
本音を言うべきか、言わないべきか。
迷う必要はない。間違いなく言うべきだ。来栖を何らかの事件に発展するかもしれない行動に巻き込むんだ。ならばどうしてその行動を取るに至ったのか、その過程を示すのは俺の義務と言っても良い。
実際、来栖は真剣な面持ちの中に不安を抱いている。おおよそ、目的を明瞭にすれば、その心労も幾らかは取り除けるはず。
しかし、それを口にして良いんだろうか?
問題の根幹は俺であり司だ。俺に関しては個人の生活だからどうでも良い。
けれども、司は司の生活がある。犬猿の仲であったとしても、来栖もその生活の中に多分に含まれている。
人生に影響を与えている人間の印象を俺が勝手に操作して良いのか? 仮説があっていようがいまいが、俺の言葉によって来栖の世界には、司がそうであるという事態が生じるんだぜ? 事態は事実にも発展しうる……。
ちきしょう、俺の優秀な頭脳様! いい感じに動いてくれ!
「顔をしかめて、黙りこくるってことは、葛藤がおありで? つまるところ調べるっていうのは方便で、違う目的があったり、なかったり?」
「本当に察しが良いな」
「お道化は誰よりも人を見てるから、お道化なのさ。人が心地よいと思える言葉を吐くには、つまり処世術を上手く使うには、人を観察しないといけないからね」
「……あっぱれな道化だよ、てめえはさ」
「自分の身を守るためには、道化であるのが一番さ」
硬い面持ちを崩した来栖は朗らかに笑う。
……まあ、こいつなら持ち前の処世術で、普段通りのコントを司と演じてくれるか。
「それで? どうして関わろうとするの?」
「今月の二日にさ、ほんの偶然、俺のアパートにカルト信者のおばさんが宗教勧誘にやってきたんだよ。そんで、そのおばさん、司が母親のプレゼントとして買ったグレーのバケットハットを持ってたんだ。しかも、俺がつけてやったちょっとした印まで一緒のな」
「慎一、司さんとショッピングに行ってたんだ」
余計なおせっかいだ。
あと、その生暖かい視線は止してくれ。
「とかくそのおばさんは、司さんのお母様しか持ち得ない代物を持っていたってこと」
「物分かりが良いことで」
「なるほど、慎一の本当の目的は、司さんのお母さんが気になったとか。家庭の事情が気になったとか。そういうわけですな」
来栖はほくそ笑みながら、ものの見事に俺の胸中を当ててくる。
「全部当たってるよ」
「よっしゃ」
俺に認められたことが余程嬉しかったのか、来栖は胸の前で小さくガッツポーズをする。
無邪気な笑みが眩しいよ……。
「でも、どうして司さんに執着するの?」
本当に、どうして、俺は自称天使様に執着しているんだろう。
神様でないことを証明するなんて面倒な関係に、俺は飽きていたし、何時だって投げ出したいと考えていた。いまも考えは変わってねえし……。
「もしかして恋? 恋する男子高校生?」
一発ぶん殴ってやろうか?
「おっと、冗談だって。だからさ、ほら、拳を収めて、殴らないで」
「冗談でも言っていいことと悪いことがあるんだよ」
「けど、人が意味もなく異性に執着する時なんて色恋沙汰じゃないの? 俺も色々と経験があるけど、恋をしている人って無自覚にその人を追い回すんだよ」
「経験者は語るってやつかい……」
眉間に皴を寄せ、瞼を閉じながら来栖はうんうんと頷く。
野郎の瞼の裏には、どれだけの記録が映し出されているのかしら。そう言えば、こいつにあの女のこと言うの忘れてたな。
「ああ、そう言えば、俺が司と水族館に行った日にお前さんとデートしてた女子とはどうなった?」
「うん? あの子? 俺との約束を満たしてくれなかったから丁重に断ったよ」
「そいつは良い判断だ。あいつ、司をいじめるような下衆だからな」
「……そっか」
下衆と一時でも交際していたことに後ろめたさを覚えたのか、来栖は俯く。
「まあ、てめえは悪くねえよ。悪いのは全部あの下衆どもだ。そんでそれを許容しちまってる世界だ」
来栖は別に悪くねえ。
悪いのは世界のせいだ。
こんな廃れた世界は滅んじまったほうがお得かもしれない。お空から神様が現れて、救いの手が差し伸べられるのを、祈って待つなんて馬鹿らしいしな。
だが、世界が残酷だと知っていても人は祈る。
誰か都合の良い人が現れて、自分の無償の愛とともに救ってくれると願いながら祈る。少なくとも俺がそうだったし……。
「やっぱり、やっぱり俺とあいつは……」
「なにが?」
「いや、なんでもねえ」
「ふふ、どうやら司さんに執着する理由がお分かりになったみたいだね」
俺の胸中を手玉に取る来栖は、にんまりと俺をからかうように笑う。
けっ、何でもお見通しかよ。
「へいへい、そんじゃあ行きますかい。時間もそろそろだし」
「はいよ、慎一殿の道連れとしてあっしは着いていきますぜ」
「粋な口上で……」
さて、会計を済ませて、早いこと確かめに行きますか。粋な道連れもいることだし、司への執着の謎というか、分かり切っていたことも見つめ直すことも出来たし、緊張も解けたし……。
時刻は十五時五十五分。
窓から見える駅前通りには、相変わらず日が照り付けている。
約八十年前に大変化が起きてからずっと変わらないこの世界は、同じ動きをし続けている。不愛想に、無慈悲に、世界を消費しながら、機械のように、人の祈りをかき消しながら動いている。
何たる理不尽!
ただ、それが現実だ。自分を救うのは自分しかない。他の人々は寄り添うこともしない。それは聖人君主であろうともだ。誰も手を貸してくれない。
世界は壊れている。
世界は死んでいる。
だが、世界は動き続ける。
ならば、最も無意味な存在たる衒学者として、俺の世界が現実か否かを確かめに行こう。
「それじゃ、まずは会計をば」
「おうよ」
かくして覚悟と自覚を胸に、俺は立ち上がる。
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