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不良衒学少年と電波天使少女の回帰譚  作者: 鍋谷葵
第五章

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第五十一話

私の背中に翼はありません

私の頭上に光輪はありません

だから、私は人間です

貴方に縋った一人の女の子です。



 俺たちは沈黙の中で花火大会を終えた。そして、一切喋ることなく、真っ暗な遊歩道を歩き、来た時同じように警備員が居なくなったタイミングで、人混みに合流した。俺たちは人混みの中でいつの間にか離れ離れとなった。俺が迷うことなく帰路に就けたのだから、司も迷わずに帰路に就いたと思う。

 独りぼっちの帰路は不快で仕方がなかった。暑苦しさと、汗臭さと、優への罪悪感と、徐々につながりつつある司の素性とが、感覚と思索とを圧迫し、俺から自由を奪い取っていった。特に司が発した言葉と彼女に連関する様々な事象は、次々に結合していき、遂には優への罪悪感を越えた。やっぱり、俺は人でなしだ。

 かくして家に着いた俺はシャワーも浴びず、ベッドに倒れ込んだ。頭の中にはただひたすらに司の印象で埋め尽くされていた。


 永遠の円。

 死んだ世界。

 天国への階段。

 神様理論。

 天使理論。

 カルト宗教とおばさん。

 いつも着ている白いワンピース。

 中々つかない既読。

 ひび割れたスマートフォン。


 意味の分からない抽象的で電波的な司の言葉と、俺がこの目で観測した事実。種々の印象たちは俺の頭の中で結合され、ある仮説を弾き出した。

 ただ、仮説が弾き出されても、それを熟考せずに寝た。不都合な真実や不都合な推測が導かれたとき、全てを忘れるために俺はいつもそうしていた。だから、今度も自分の癖に則って全てを忘れようとした。けれど、いつもだったら忘れられた不都合も今度は忘れられなかった。俺の頭は良くなり過ぎたらしい。

 翌朝、司の印象から導かれた仮説は俺の頭にこびりついていた。

 忘れよう。

 忘れよう。

 知らない。

 知らない。

 語れないものは語らない。そして、前提としてそれを知らなければ、それは存在しない。

 シャワーを浴びながら、菓子パンをかじりながら、コーヒーを飲みながら、映画を見ながら、勉強をしながら、本を読みながら、目を閉じながら、いくら「忘れろ」と念じても俺の優秀な頭脳は仮説を忘れ去れてくれなかった。むしろ、唱えれば唱えるほど、仮説は現実に近づいているようにさえ思えた。

 早すぎた埋葬は最大の抵抗を見せた。俺はその現実さえ忘れるように乱読、乱読、乱読。本棚をひっくり返す勢いで、物語の世界へと、哲学の世界へと飛び込んでいった。

 かくして十日間。

 お盆で来客があるということで来栖家にも赴かず、延々と読書をし続け、俺は時間を無為に過ごした。ただ乱読して、現実を忘れてみたところで、仮説は意識の中に現れ続けた。もはや、こいつを解決するためには仮説が虚構であると、ひどく馬鹿々々しい妄想の産物であると証明する他ないと俺は確信した。

 ……そして、現在、八月十三日、スマホは十時五分を示している。


「……確か、そう、真明十字教だったか?」


 カーテンを閉め切った薄暗い自室のベッドで寝っ転がりながら、俺は仮説を否定するための調べ物をしている。口に出すことさえはばかられる名前を検索エンジンに入力するなんて恐ろしくてたまらないね。

 全身を粟立たせながら、恐るべき教団名を入力すると最上部に教団のホームページが表示される。


「ええっと、これであってんだよな? 大丈夫か、これ? メールアドレス抜き取られねえよな……」


 不安を胸にリンクをタップすると、真っ白な背景に仰々しい達筆のフォントで書かれた教団名が黒い文字で表示された。それから三秒の後、ページ下部に種々の案内が現れ始める。


「教義、お布施、神具、各種行事案内……」


 あのおばさんはこのカルトを盲信してるみたいだし、行事にも当然参加しているか。それなら教団の行事に突撃してみるのが一番確実な立証手段だ。


「八月十五日。十六時半から駅前で真実宣言ねえ」


 行事案内をタップして直近の行事を探すと、俺の用事を満たすにはぴったりの行事を見つけた。怪しすぎる行事だし、積極的に関わりたくない連中だ。けれど、俺の安眠と心の平穏を脅かす問題を解決するにはこうする他ない。

 危険を冒さなければ、自由は獲得できない。あらゆる革命運動がそうだったように、俺自身の自由を獲得するためにわが身を犠牲に!

 なんて勇んでみても、怖いもんは怖い。

 人柱を一人連れていけりゃ、俺の気も楽になるんだけど。

 誰かひとり、誰かひとりねえ……。

 来栖か……。

 けど、来栖が来てくれるか? 花火大会以来、連絡を入れてこない不義理な友人の願いを聞いてくれるか?

 まあ、悩んでいても仕方がねえな。考えるよりもまずは行動だ。


「『十五日、駅前、来い』こんなんで良いだろ」


 半分照れ隠し、半分は後ろめたさ。

 そんな自己中心的で幼稚な頭から弾き出された淡白なメッセージを送った。

 瞬間、既読が着くとウサギのこくこくと頷いているスタンプがあちらから送信され、続けざまに『待ち合わせは駅前のマックで問題ない?』とメッセージが送られてくる。


「出来すぎた野郎だよ」


 俺にはもったいない人格者の配慮に笑みついついがこぼれてしまう。

 ちきしょう、野郎に泣かされそうになる時が来るとは……。

 なんて冗談は置いておいて『了解』と一言メッセージを送る。すると瞬間的に既読がついて、今度はテルテル坊主みたいなキャラクタがサムズアップしているスタンプが返ってくる。

 さて、これで道連れの手配は完了だ。

 二日後、どうか俺を恨まないでくれよ、来栖。もっとも、なんかあっても俺が守ってやるから安心してくれ。てめえの家族を悲しませるような真似は絶対にしねえからさ。

 野郎に直接は絶対に言えない恥ずかしい本音を心で唱える。

 なんか、体が熱いな。

 ……ちきしょう、やっぱ柄にもないこと考えるもんじゃねえな。


「まあ、良いや。とりあえず立証のための舞台はお揃いだ。あとは日を待つだけ……」


 そう、あとは普段と同じように映画を見るなり、Youtubeを見るなり、本を読むなり、勉強をするなりして時間を過ごせば良い。お気楽に、二日後を楽しみにして待てばいいだけだ。

 だが、どうして俺は緊張しているんだ?

 自分で機会を招き、しかも道連れに約束を取り付けておいて、どうして今から四十八時間後の予定を危惧しているんだ?

 順序が逆だ。

 順番が滅茶苦茶だ。

 俺の気は動転してたのか?

 違う。

 俺はずっと正常だ。俺はただ苦しみから逃れるために、知っていながらも知らないふりをしていた懸念点から目を逸らして、行動したんだ。

 何が『考えるよりも、まずは行動だ』だ?

 考えてから行動しないからこの様なんだろ。つい一瞬間前の俺自身をぶん殴ってやりたいぜ。

 大体、もしも俺の仮説が正しかったら俺はどうするつもりなんだ? 

 あのおばさんと司が親子であると立証された場合、俺は司に対して何かしてやれるのか? 

 いいや、俺は何もしてやれない。

 公園のサッカー小僧と同じように俺は何もできない。あるとすれば、俺と司の間に築きあげられた関係性にヒビを入れるだけ。きっと、今までにないほど気まずい関係になる。疑惑を抱いただけで、あの様だったんだから、確信を得たら俺はもっと余所余所しくなるはずだ。

 だが、どちらかの確信を得なければ俺の生活は司の印象に蝕まれる。

 日常の安寧を得るためには犠牲があまりにも大きい気がする。

 というか、俺はどうして司に執着しているんだ? 優の告白には全く執着していないのによ。


 あいつが衒学者だから?

 否。

 あいつが電波だから?

 否。

 あいつが可哀そうだから?

 否。

 あいつが誰かに似ているから?

 誰か?

 誰かか……。


「その誰かは『俺』か?」


 下らねえ。

 俺とあの天使様が似ているだって?

 共通項を見つける方が難しいだろ。

 ちきしょう、止めだ! これ以上考えても埒が明かねえ。


「というか真実宣言ってなんだよ?」


 俺が考えるべきことは、俺が司に対して抱く執着じゃねえ。

 俺はいまこのカルトについて今一度知らねえといけねえ。二十年とちょっと前のカルトと同じだったら、接触すること自体よろしくない。

 ただ、そうだとしたら、なおさら司は……。

 いいや、仮説に囚われるな。

 行動を硬直化させるな。

 柔軟であれ。


「よし、調べるか」


 さあ、知識で頭を満たそう。それがいま俺に出来る全てだ。

 


ご覧いただきありがとうございます。

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