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不良衒学少年と電波天使少女の回帰譚  作者: 鍋谷葵
第二章

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第三十五話

 ブティックが多く入った五階建ての駅ビルは平日よりも人が多くて賑わっている。

 特にこの三階の服飾エリアの人手は、他のエリアに比べて多い様に感じる。服やアクセサリなんざネットで買えばいいと思うんだがね。そんな溶けてしまいそうなほど暑い日にわざわざ外出して物を買う人々に構わず、司は俺の手を引いている。歩みに躊躇いが無い辺り、目的の店があるみたいだ。

 一体、何を買うつもりなんだろうか?

 もしかして俺の誕生日プレゼント!?

 馬鹿言え、俺の誕生日は春だ。とっくに過ぎてる。


「なあ、お前さんはなにを買いに行くんだ?」


 ずんずんと進んでいく司に要件を尋ねると、彼女は立ち止まる。


「プレゼント」

「へえ、そいつは良い。だけど、俺は要らねえよな」

「いらなくないよ。神様に選んでもらわなきゃダメ。お金はそもそも神様のものなんだし」


 彼女は俺の目を真っすぐと捉えてにっこりと笑う。その嘘偽りのない表情から紡がれる言葉は、俺に溜息を吐かせる。

 自分が優に教えて稼いだ金が、俺の金って、お前は共産主義者か?

 肩を落とす俺を他所に、司は前を向き、今度はゆっくりと歩き出す。俺の手を力強く握ってくれているせいで、半ば強制的に彼女の隣を歩かなければならず、俺たちは周囲からはカップルのように見られていると思う。自意識過剰かもしれないけど。

 おしゃれな店を見るのが楽しいのか、彼女はずっと目を輝かせてあちらこちらのブティックを見る。その視線は時折通り過ぎるレディース服が売っているファンシーな店で止まる。けれど、彼女は自分の視線の先にある服から逃れるように立ち止まらない。


「なあ、司……」

「坂本はさっきなにを聴いていたの?」


 俺の質問に司はぴったりと言葉を重ねる。

 余計な詮索は無しってわけですかい。


「ボブ・ディラン」

「誰?」

「二十世紀最高の詩人の一人。ノーベル文学賞も受賞したアメリカの天才シンガーだよ」

「ふーん」


 自分から聞いておいて興味を示さないとは、司さん、ちょっと酷くないですか? 

 もっとも、興味がないものに興味を示せと言われても、興味なんて示せないのはよくわかるぜ。俺だって服に興味なんて全くないしさ。


「ボブ・ディランのなんていう曲を聴いてたの?」


 司は発展しないだろう話題を努めて明るい声で尋ねてくる。

 場を持たせるだけの会話なんざ止めた方が良いと思うぜ。いたずらに言葉を交わしても、最後には避けていた沈黙が現れるんだから。だが、人として人の善意を無駄にするわけにはいかない。だから話には乗ってやるさ。


「『Knockin' on Heaven's Door』」

「天国の扉をノックする?」

「直訳だねえ。まっ、大体あってるよ。天国の扉をコンコン叩く歌さ」

「それって本当に最高の詩人が書いた曲なの?」

「ああ、最高の曲だよ。西部劇の保安官の死と、精神を病んでしまったベトナム帰還兵の心情を重ねて表現した驚くほどいい曲だ。保安官バッヂあるいは兵役はもういらないと、その代わり罪深き自分を天国へ入れてくれと、健気に天国の扉を叩く。キリスト教精神に苛まれる人たちの心情を克明に表現している抜群にいい曲だぜ」

「坂本、嬉しそう」


 おっと、こいつは失礼。

 好きなものを語るとついつい早口になっちまう。相手の興味を考えずに、べらべらと口が回っちまう。ヲタクの悪癖ってやつは厄介なもんだ。

 ただ、言い訳がましいが俺の話を嬉々として聞いている司にも問題があると思うぜ。相手が嬉しそうにしてたら語ってしまうのが、人の性だしよ。

 って、感情を手玉に取られているようで少し苛立たしいな。


「ああ、嬉しいね」

「なんで不機嫌?」

「お前さんのそういうところだよ。何気に人の機微には聡いところがちょっと気に食わないの」

「酷い。それ、あの人たちにも言われた」


 立ち止まった司は俺を見上げて頬を膨らませる。可愛らしい怒った顔だが、双眸は微かに震えている。


「悪かったな」


 自責の念に駆られ、俺は即座に頭を下げる。


「謝ってくれるならそれでいい」


 すると、彼女は満足そうに俺を許してくれる。

 空気は読めないし、電波なところはあるけれど、天津司と言う人間は優しい。だが、あまりにも他利的で、自分の感情を隠し過ぎている。

 実際、顔を上げて彼女の顔を見ると、彼女は何事も無かったかのように、にこやかな表情を浮かべている。不平を訴えても良いのに、多少の暴力を振るっても良いのに。まるで親が子供に望む『良い子』をそっくりそのまま体現したみたいだ。問題を起こさず、ニコニコと笑って平穏に生きる。その偶像みたいだ

 失礼だが、少し不気味。


「お前さん、もう少し自分を出してもいいと思うぜ。俺は別に迷惑しないしよ」

「坂本、口が滑ってるよ」

「……そうかい」

「うん、そう。坂本は神様なんだから」


 神様なんだから遠くで黙って見守っていろと、司さんはそう言いたいわけですな。

 なら、俺は貴女の言う通りにしますぜ。

 笑っているはずなのに笑っていない、暖かいはずなのに冷たい背反する二つ要素を持った彼女の忠告に、俺は閉口する。そして、彼女もまた閉口すると、てくてくと目的の店へと向かっていく。

 

「プレゼントは帽子ですかい、天使様。なかなか良いセンスなんじゃないでしょうか」

「本当にそう思ってる?」

「もちろん! 俺が嘘を吐くとでも?」

「神様は嘘を吐かない」

「げっ」


 おしゃれな雰囲気が漂う帽子屋の前に着くや否や、俺は失言から神様認定されてしまった。これにて今日の神様理論は証明されてしまい、司はしてやったと言わんばかりの笑みを浮かべる。


「それじゃ、行こう、神様」

「外でその呼び方は止してくれ」

「嫌だよ。自分で神様って言ったじゃん」


 ムッと眉間に皴を寄せる司は不平を訴える。基本的に電波な彼女も、独自の天使理論と神様理論について言及されたときは積極的に感情をあらわにする。

 電波な設定がアイデンティティは流石にまずいと思うぜ。まあ、不良少年がアイデンティティなのも十分まずいが。


「失礼なこと考えてる?」

「いや、滅相もない。お前の未来について考えていたんだよ、俺はさ」

「未来?」

「そう、未来さ。屋上で出会ったとき、天国の階段を探してるとかなんとか言ってただろ? そいつがどんなものか気になってよ……」


 司から不信の目を向けられ、ついつい慌ててしまった俺は、ふと思い出した彼女と未来との連関を言葉にしてしまった。しかも、その話題は彼女にとって一種のタブーであったようで、眉間に深い皴を形成させる。

 俺の地雷アンテナの精度もすっかり鈍っちまったなあ……。


「ふうん、そう」


 不貞腐れた様子で俺から手を離す。そして、俺に背中を向ける。


「天国の階段はね」


 あっ、その話題は続けるんですか?

 司の不機嫌で消化されたはずの俺の適当を、司は無機質な声で掘り返す。


「天国の階段は黄金か、そうでなくちゃ神様次第だよ」

「どういうことだ?」


 俺が問いかけると司は身を翻す。そして、さっきまでの声音に反した豊かな表情を、極めて有機的な表情を、人間らしい笑みを浮かべる。


「それは内緒。天使にも秘密はあるんだよ」

「……はあ」


 コロコロと態度が変わる司に気疲れを覚える。

 同時に問題となっている現況を作った自分自身に呆れる。

 学習能力は抜群に高いと思うんだけど。

 うぬぼれるなっていう神の思し召しかもしれねえな……。いや、神じゃなくて俺の怠慢なんだけど。


「じゃあ、ほら、早く行こう」

「だから、引っ張るなって……」


 自戒する俺を知ってか知らずか、彼女は俺の手を再び握ると力強く店の方に引っ張っていく。

 だが、残念。

 俺は動かない。

 俺のために動かない訳じゃない。それは彼女のため、天津司のために動かない。そんな石のように固まった俺を司は不思議そうに見上げる。


「もう少し時間が経ってからの方が良いかもしれねえな」


 俺の視界に写る見覚えのある女子を指さすと、彼女は顔を青くし、俺の行動に理解を示す。可哀想な天使様は俺の言葉に頷くと、俯いて俺の後ろに隠れる。


「なあんで、下衆がお天道様の見守ってる場所に居るんですかねえ……」


 神様。

 てめえがもしいるんだったら、俺のために目の前の馬鹿を今すぐ消してくれよ。屋上で司を虐めていたあの女どもを、人を虐げておきながら笑っているあの女どもをさ。


「あれ、あそこに居るのって?」


 おいおい、神様。

 俺たちは二人揃ってヨブか? 信仰の証明をサタンにするのは、二千年以上前に済んでるはずだろ? なのにどうしてあいつらに俺たちの存在を気付かせたんだ。

 ちきしょう、楽しい楽しい日曜日が……。

 俺と、俺の背後で震える司の気持ちを汲み取れるわけがない馬鹿三人組は、馬鹿に似合う醜悪な笑みを浮かべながら帽子屋から俺たちの方へと近づいてくる。

 まったく、災厄だよ、こいつはさ。


ご覧いただきありがとうございます。

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