第三話
先生の軽薄な名誉にかけ、昼休みの喧騒に満ちる教室に戻った。
朝ぶりに不良少年が戻ってきた。
事実だ。紛うこと無き事実だ。けれど、真新しい事実ではない。ゆえにクラスメイトは驚かない。二度あることは三度ある。そして、三度あることは十八度あって、結局五から六回目から俺が居ないのは当然となり、経験的に常識となる。
以上の結果、俺はサボり癖のある生徒としてクラスメイトに認識される。
居ないのが常識となって、居ることが非常識だ。
ただ、そうだとしても俺の復帰に驚きは付与されない。空調の冷気と人の熱気が良い感じに混じり合い、適当な温度よりも微かに暑い空気が満ちている教室とその雰囲気からすれば、俺は加算される一に過ぎないんだから。
かくして、一こと俺が、ざわめく教室の窓側の一番後ろの自席に居ても誰も何も言わない。
さて、昼休みはあと二十分。
購買までパンやおにぎりを買いに行ってお昼を食べるには時間が足りないし、かといって頬杖を突いたまま窓の外の日本海をぼうっと眺めるには長すぎる。だからと言って勉強がしたくなるわけでもない。眠くないし。
暇だ。
溜息を吐いて暇すぎる今に絶望してみても、退屈が過ぎるわけでもない。
……朝のあいつを呼び止めておけばよかった。屋上であいつと話してたら、暇を潰せただろうし、授業準備をしてた体育教師に見つかることもなかっただろうしさ。
「お疲れ様、慎一。これあげるよ」
退屈の中に今朝の記憶を見つめている暇人にとって、右頬にあてがわれた冷たい缶ジュースと馴染みのある柔和な声は、幸運そのもののようだ。
「サンクス。ただ、てめえはお疲れを言う相手を間違えてるぜ。そのねぎらいの言葉は我らがハンプティダンプティ先生にかけるべきさ」
「嫌だよ。俺、あいつのこと嫌いだもん」
「それが優等生の言うことか?」
俺よりちょっと高めの一八〇近い身長、引き締まった細身の肉体と端正な顔立ちのおかげで、黒髪のセンターパートが様になってる隣の席の来栖聡君。
現代風イケメンは、俺の隣の席に爽やかかつ軽薄な微笑とともに座る。
善き隣人だが、表情はナンセンスだぜ、来栖。
「胡散臭い笑い方は止めた方が良い。てめえにはもっと爽やかな笑い方が似合う」
「へえ、俺をそう見てくれてるんだ」
野郎は俺の親切に身を乗り出す。そして、ニタリと意地の悪い笑みを向けてくる。
「野郎には興味ねえよ」
「かといって女子にも興味ないんだろ?」
「それ以上はナンセンスだ」
中々に腹黒い奴さんの苛立たしい追及から顔を背ける。
勇気ある撤退であればそいつは恥じゃないだろう。
屁理屈の下、面倒な奴から目を逸らす。
ただ、プレゼントはもちろん受け取る。
プルタブを開けるとプシュッと炭酸が抜ける音がする。それはコーラがカラカラに乾いた喉を潤してくれる合図。コーラの炭酸と鼻を突き抜けるケミカルな香料と甘味料が作り出す清涼感は、倦怠に満ちた体を微かに癒してくれる。
「ところでテストの方はどうだった?」
追及が無意味であると判断した来栖は、頬杖をついて不純な興味を含みのある微笑とともに投げかけてくる。
「テスト? なんの?」
「現代文と数一、あと物理基礎さ」
「貰ってくんの忘れてたわ。というか人の点数なんて気になるか? あんなもんはてめえの理解を測る道具でしかねえだろ」
「人は競いたくなるんだよ」
本能ってやつは、理知的で優秀な来栖にすら好戦的な姿勢を抱かせるらしい。
「まあ、帰りにまとめてもらってくるからそれまで待ってろ」
「了解。家に着いてからゆっくりと見よう」
多分に悪意を含んだ微笑と俺には理解できない来栖の提案はひどく不快だ。
「決まりきった結果にゆっくりもなにもねえだろ」
「いいや、雰囲気が大切なんだよ。何事もさ」
「わからねえな。全然、わからねえよ」
「わからないもののために歩み寄ってみることも大切だぜ? 特に君みたいな直情的な人間ならなおさらさ」
「おいおい、試すようなことは言わねえでくれよ。俺が認めたやった人間なんだからよ」
傲慢な俺の言い分に、来栖は軽薄な微笑を浮かべる。
優等生が浮かべちゃいけない、学校中の女子を虜にしてるイケメンが浮かべちゃいけないその表情が酷く苛立たしい。
「盲目的に慎一を信奉するつもりは無いよ」
「そうかよ」
ただ、だからこそ、俺はこいつの言葉を信じているし、一言で苛立ちを忘れられる。
「そういえば次の授業ってなんだ」
「次は……、選択授業だね」
「よっしゃ! 合法的にサボれる」
「いや、非合法的だからね」
とはいえ、強張った関係をいつまでも続ける必要はない。
気が楽で、安らかな関係、サボれることに喜ぶ俺とそれに呆れて溜息を吐く来栖の関係で良い。
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