第二十六話
「というか、なんでいるんだよ? まさか俺のあとを着けてきたとか?」
「違うよ。ほら、月曜日に告白されたでしょ。あのときの女子から『一日だけデートして。そしたらすっかり諦める』って、言われてさ」
「それが偶然にも今日だったってわけか」
「まあね。しかも、あのコンビニを選んだのも偶然」
「そりゃあ、すごい確率だな」
太陽が燦燦と照り付ける騒がしい駅前通り。
自動車の音、電車が軌道を通過する音、雑踏と飲食店から聞こえてくる会話、工事の騒音に、歩きながら仕事をするサラリーマンの忙しない声。ギラリとビルの窓に反射する太陽光、その光を吸収するアスファルトの地面、ダクトや自動車の排気。
そんな人工的な音と光と空気は、高低様々なビルで構成される駅前の繁華街を満たしている。そうした居心地の悪い街のアーケードを俺たちは歩く。もっとも屋根のおかげで直射日光が当たらない分、幾分か涼しくて、居心地の悪さは日向よりはマシだ。
まあ、暑いことには変わらないんですけどね。
「そういう慎一はどうしたの? 休みの日はトレーニング以外で外に出ないじゃん」
来栖は買ったばかりペットボトルのコーラに口を着け、爽やかな吐息を漏らす。
「用事があるんだよ」
「誰と?」
「司と」
意外でもない名前が出たのにもかかわらず、来栖は目を丸める。
「司さんと?」
「そう。水族館に行くらしい」
「慎一にも春が来たんだね」
「春? 冬の間違いだろ」
「割には楽しそうだけど」
「冗談じゃねえ」
来栖との他愛のない会話を止めて、前に意識を向けると、バスターミナルや駅ビル、商業ビルに繫がる高架歩道の階段前についていた。
「人って意外といるもんだね」
「ああ、こんなに暑いのに訳が分からねえよ」
炎天下に晒される階段を上り、幅広な通路に出ると、そこには人混みが出来ている。
普段と変わらない足取りで歩いただけなのに、体は既にへとへと。
正直、暑苦しい人混みの中を歩いて、バスターミナルに行くくらいなら帰りたい。帰って本でも読んでいたい……。
「なんか人の流れが悪いね」
「熱中症で誰か倒れたんだろ」
「縁起でもない」
来栖は苦笑いを浮かべ、視線を人混みに向ける。
高架通路と言っても、道幅はそれなりに広い。それに八月の花火大会くらいの人手がない限り人は詰まらない。
だのにもかかわらず、駅ビルとバスターミナルにつながる高架通路の交差点で、騒々しさの中に、人の流れは滞っている。
「どうする? 下の横断歩道渡って行く?」
来栖は顎先に指をあてがい、好奇心に満ち満ちた声音で質問をしてくる。
分かり切った質問に意味なんてねえだろ。
「突っ切ろうぜ。てめえはそうしたいんだろ」
「別に慎一はここでも別れても良いんだよ」
野郎はにんまりと口角を上げてからかってくる。
「勝手に薄情者にするな」
「でも、俺を助けてくれた時『人と関わるのは好きじゃねえから着いてくるんじゃねえ』とかなんとか言ってなかったけ?」
そして、恥ずかしい春の思い出を俺の脳裏に描き出してくる。
「人の考えは変わるんだよ」
「まっ、慎一がそう言うならそうなんだろうね」
「うっぜえ」
表の爽やかさと対極に位置する底意地の悪さを引っ提げる来栖は、俺をからかってくる。俺の感情の動きを知っている人間だからこそできる所業は、野郎の予想通り精神的な疲弊を伴う苛立ちを俺に与える。
「頭抱えてないでさ、ほら!」
「ちょっ! 手を引っ張るな!」
来栖は急に俺の手を引っ張って、人混みの中へと駆け行く。
通り行く人から向けられる視線が辛い。そして、人が混みあうことで生じる独特な蒸し暑さが不快だ。
人混みを縫って行くと、俺たちはなぜかぽっかりと開いた空間に飛び出た。なるほど、高架通路の交差部の欄干と植え込みに合わせて人の流れは滞っていたのか。
血流に対する血栓と同じだ。
実際、人の流れを妨げているそれも血栓と同じく迷惑極まりないみたいだし。
「真明十字教が世界を救います! 政府が我々を操り人形にするために流している5Gの毒電波、そして毒電波を受信させるために接種させているワクチン! 覇権国家アメリカの大統領選挙の不正! 嘘を語る宗教の数々! 世界は終末に近づいております! ですが、真なる世界を見ている私たちの真明十字教に入り、神の聖電波を受信した我が教祖の預言と、その使徒である天使に従えば、世界の破滅から救われます!」
高架歩道に対する血栓。
それは怪しげな宗教団体の勧誘。
半袖のワイシャツと黒いスラックスを身に纏う三十代前後の小太りなお兄さんは、険しい顔をしながら、人々に世迷言を大声で説いている。彼の傍らの禿げ頭の痩せたおじちゃんは、白地の布にやけに達筆な文字で『真明十字教』と書かれたのぼり旗を持って、ニコニコと笑っている。また、その脇を固めるように、五十台前後の太り気味なおばちゃん二人はにこにこと笑って宗教新聞を道行く人に配っていらっしゃる。
そんな計四名の宗教団体の勧誘はものの見事に人から無視され、結果的に交通を妨げている。
健気に頑張るねえ……。
おっと、おばさんと目が合っちまった!
こいつは不味いと思って急いで駆けだそうとしたが、時すでに遅し。
既に来栖は捕まっていた。
「あっ、そこのお兄さんたち。これどうぞ!」
「えっと、ああ」
おばちゃんの一人は来栖の手に新聞を握らせていた。ゆったりとしたグレーの服と白いよれよれのバケットハット、そんな格好のおばちゃんの笑顔を来栖は断れなかったらしい。
野郎は言葉を詰まらせ、苦笑いを浮かべ、足を止める。
……ちぇ、お兄さんとも目が合っちまった。
あいつは不味いぜ、なんたって狂信者みてえだからな。
「おい、来栖。面倒になる前に行くぞ!」
「えっ、ええ!」
今度は俺が手を引っ張って、人混みの中を縫っていく。
駅ビルに出るか、バスターミナルに出るか分からない。ともかく、このイカレた場所から離れるのが先だ
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