表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不良衒学少年と電波天使少女の回帰譚  作者: 鍋谷葵
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/63

第二十五話

 司は待ち合わせ場所を指定しなかった。というか返信しても既読すらつかなかった。おかげさまで、共通の目的地だろう駅のバスターミナルに赴くことしか出来なかった。

 白い無地の襟付きシャツにジーパン、変装用の銀縁の伊達メガネ。これで俺の暴力沙汰は隠匿できているはず。つまり、いま現在の俺は『坂本慎一』ではない誰かだ!

 本当にそのはずなんだけど……。


「あれえ、お前って……」

「お前って確かさあ……」


 所詮、変装は思い込みの産物でしかなかったらしい。いや、俺を見た経験があるから見破られただけだ。決して、俺の変装がチープだったからという訳ではない。本当だ。

 ……ともあれ、なぜか、どうしてか、いつかのコンビニで足首を壊してやった南高の先輩方二名に俺は絡まれております。

 細身で黒髪のオールバックさんは俺の肩を力強く掴みながらこちらを睨みつけ、もう一人の高身長と坊主頭が特徴的なマッスルマンは丸太のような腕を組みながら俺を見下ろしている。

 駅前のコンビニに入って水を買おうとしただけなのに、どうして店内に入っただけで目を着けられなきゃならねえんだ。俺はただのお客なんですよ。ほら、店員さんを見てくださいよ。冷蔵棚を前に立ち止まっている俺たちを怪訝そうに見ているじゃないですか。あんたたちのせいで俺は悪くないのに、あんたらみたいな輩と一緒にされている。


「……お前、坂本だよなあ」


 オールバックさんは含み笑いを浮かべながら、掴む力を強める。


「いやあ、違いますぜ。俺は夏目金之助ですよ」

「夏目?」

「そうそう、夏目です。坂本なんて人は知りませんよ。知ってるとしたら坂本龍馬くらいです。本当に」

「違うだろ」


 違わないですよ、マッチョマン。

 俺は坂本慎一じゃなくて夏目金之助です。初めて上梓したのは『吾輩は猫である』だったはずです。木曜会も開いています!

 ……なぜコントを打っているんでしょうか、どうして笑っているんでしょうか。悪いのは相手なのに、どうして俺が配慮しているんでしょうか。

 いつもよりちょっと早く起きて長い一日が始まると思っていたのに、司から呼び出され、ひどく暑い外を歩いてきたのに、選手生命とあさましいプライドを天秤にかけられない馬鹿に善良な俺は絡まれている……。

 阿保か!

 間抜けか!


「とりあえず、俺はもう行きますね。ちょっと用事があるんですよ」

「用事?」

「は、はい。ちょっとばかし小説を……」


 苛立ちは徐々に膨れ上がっていく。

 あと数分間こいつらとやり取りをしていたら空気を入れ過ぎた風船のように破裂してしまうこともあり得る。ゆえに俺は離れようとしているのに、馬鹿二人組は相変わらず俺から手を離さないし、視線も外さない。


「小説? 自伝でも書くのか?」


 適当な言い訳とともに一歩踏み出したその時、マッチョマンは俺を嘲る。


「ああ、なるほどね。坂本慎一は、暴行事件を起こした坂本浩一の息子で、同じ暴力の血を引いているっていう自伝を書くのか」


 馬鹿Aに同調した馬鹿Bもまた俺を嘲る。

 問題ない。

 大丈夫さ。

 何を苛立つ必要があるんだ。俺とあいつは他人だ。何よりも恐ろしく愚かな人間の言葉に感情的になるなよ。嘘八百だぜ、こいつらは。


「おいおい、何とか言ったらどうなんだ?」

「なんか言えよ、つまんねえ奴だな。それともなんだ? 怖くて仕方がないんですかあ? ママが必要なんですかあ?」

「止めとけよ、××」


 知性を装う馬鹿A、品性を疑う馬鹿Bは周囲の迷惑も考えず畜生以下の言葉を吐き続ける。

 でも、大丈夫さ。


「だって、こいつ母親からも捨てられてるんだぜ?」

「言ってやるなよ」


 うわさあるいは事実を根拠とした嘲笑が、大脳辺縁系を刺激する。

 感情が全身を駆け巡る。

 前言撤回。

 俺の実存にかけて、こいつらはもう一回半殺しにしなきゃならねえ。


「って、痛てえ!」

「おいおい、痛い訳ねえだろ。馬鹿は痛みを感じねえはずだからよお」

「痛い痛い!」


 伊達メガネを胸ポケットに入れ、右肩を掴む穢れた手を握りしめる。肉を抉り、骨を砕くイメージを持ちながら、全力で握りしめる。

 苦悶の顔を浮かべる馬鹿Bは涙目で体を躍らせる。

 本当だったら脛に蹴りを入れてやれるんだけど、残念ながら店内。お客さんだって幾らか居る。だから、指を折るだけで許してやるよ。

 握る対象を手の甲から野郎の親指へ、そして野郎の親指の付け根を俺の人差し指の付け根と親指の腹で抑え付ける。あとは簡単。指を本来、動いてはいけない方に曲げるだけ。


「畜生! いてえ、いてえよ!」

「お、おい! 離せ!」


 馬鹿どもは人の迷惑を省みずに騒ぎ立てる。甲高い泣き言と慌てふためく低い言葉、騒音が店内に響き渡る。

 お客さんたちは何も買わず、俺たちを横目に店から出て行ってしまう。残された若い男のバイト店員はレジ越しにおどおどと俺たちを見ている。顔立ちからして俺と同じ高校生だろう。しかも、すこぶる善良な。

 胸が痛むぜ、こいつは。


「嫌だね。お前らは骨を折られたのに、学ばなかったどうしようもない馬鹿だ。だから、嫌だと言っても止めない。再教育は強制だ。赤点を取ったら補修は義務だろ?」


 徐々に直角に近づいていく馬鹿Bの親指。

 関節が限界を訴えて音を鳴らす。

 慌てふためく馬鹿A、泣きわめく馬鹿B。

 そして、俺は?

 俺は、笑ってる。

 ……くだらね。


「慎一。なにやってるの?」

「……来栖?」


 紺色のポロシャツと黒のスラックスを着た少年の疑問符は、狭まっていた視界を開かせる。

 困惑の中で微笑する来栖は、二人を蚊帳の外にして俺だけを見つめている。そして、ぽっきり折ろうとしている馬鹿Bの親指を指さす。

 分かってるよ、分かってるさ。

 処世術で言葉を隠す来栖の指摘にしたがって馬鹿Bを開放する。指が折れる一歩手前だった事実は、流石の鳥頭でも理解できたらしく、奴らは尻尾を巻いて店内から去っていく。

 あとに残るは、怒りの残滓としての苛立ちと、溜息を吐いて呆れながら俺を見つめる来栖だけ。


「慎一。外で騒ぎは起こさないんじゃなかったの?」


 眉間に皴を寄せる来栖は俺を非難する。


「ああ、起こさないつもりだったさ」

「でも、いま起こしかけただろう?」

「……あの馬鹿どものせいだ」


 間違いなく俺は悪くない。

 俺の生まれを嘲笑したのが全ての発端だ。だから、あいつらは自分の言葉分の痛みを受けなければならなかった。

 つまりは正当防衛だ。

 なのに、なぜお前は呆れているんだよ。


「まあ、慎一が自分から喧嘩を吹っかけないことは知ってるよ。行動の損得勘定がすぐできるしさ」


 野郎はいつもと変わらないセンターパートの髪を弄りながら俺を諭してくる。


「でも、後ろめたいところを突かれると我を忘れる。そして、我を忘れた君は暴力で人を黙らせようとする。暴力を振るえない相手には、あの担任とかには言葉で暴力を振るって黙らせる」

「俺を愚かだって言いたいのか?」

「ある面では愚かだよ。自分で問題を起こしても改善しようとしないんだからさ」

「じゃあ、聞くけどよ。てめえは自分の責任の及ばないところにある問題を、自分の責任だと指摘されたとき、感情的にならねえのか?」

「そのための処世術だよ、慎一」


 感情を隠す爽やかな笑みを浮かべる来栖は、人差し指を自身の唇に当てがいやがる。

 苛立たたしい。

 けれど、こいつの言葉は理に適っている。感情を隠せるのならば、本心を露わにしなければ問題は大きくならない。感情的になって行動してしまうから問題は大きくなる。何度も経験してきたからよくわかっている。


「でも、てめえは自分の本心を隠したせいで不細工に因縁をつけられたじゃねえか」

「不細工って、一応うちの高校でモテてる先輩なんだよ、あの人。ほら、顔は良いじゃん」

「顔が良くても中身が駄目だ。入学したての女子に一目惚れして、たまたまその女子がお前を好きになっただけなのに、お前に因縁をつけて喧嘩売ってくるような馬鹿だぜ。そいつを不細工と言わずなんて言うんだ」

「まあね、あの時は流石に焦ったよ。昼休み、体育館裏に呼ばれて胸倉掴まれたんだからさ」

「そうだ。そして、てめえの問題は、てめえに惚れた女子の告白をはぐらかして、返事をせずに泳がせたことだ。てめえが処世術で感情を隠さずにキッパリ断っておけば、てめえは不細工に喧嘩を売られなかった」


 相手を傷つけたくないから嘘を吐いて、決断を長引かせる。問題を問題として扱わないためには、問題を生じさせないようにその事象に終わりを決めなければ良いんだからな。

 ただ、問題の発生を先延ばしにすれば、直線状の問題は枝分かれして、想像の範囲を超えた問題が生まれる。疑似的な無知は馬鹿を呼び、馬鹿は新しい問題を呼び、新しい問題は不都合を与える。

 俺はてめえの処世術を評価しているけど、てめえの態度が気に食わねえ。性悪な性格を不都合と認知して、煮え切れない優男を演じ、自分の体裁を守る態度が。


「だとしても嘘は必要なんだよ」

「てめえの体裁のためにか?」

「うん。何か悪いの?」


 来栖はキョトンと首をかしげる。


「嘘を吐いている自分が社会における自分だとしたら、てめえはどこに居るんだ?」

「俺は俺のいる場所に居るよ」

「違うだろ。嘘の自分が自分だとするなら、本当のてめえはそこにいない。そこに生きているのはお前の影だ」

「影で良いんだよ。正直に生きても人生に得なんて無い。美徳は不幸を呼ぶだけだよ」


 リアリストでペシミズムに片足を突っ込んでる来栖は、爽やかな顔で変わらない価値観を語る。


「だからさ、まあ、強要はしないけど、少しは嘘を覚えた方が良いよ。嘘を覚えれば、自分を偽れる。そしたら感情は隠せるし。ほら、慎一がいつか読んでいた本にも『交際社会では、ゆとりのある心が必要だ。聡明一点張りじゃ、人に非難されないとも限らない。完全な理性はありとあらゆる意味の極端を避け、程度そのよろしきを得た聡明を欲する。』って言っていたし」

「モリエールの『人間ぎらい』かよ」

「そう、それ!」


 戯曲の一説をそらんじれるのにもかかわらず、その題名を覚えていなかった来栖は、うんうんと頷く。


「だからさ、苛立っても感情を隠した方が良いよ」

「善処するよ」

「大いに善処してよ」


 上手く言いくるめられた苛立ちを抱いたまま、冷蔵棚から水を取り出す。そして、苛立たしい野郎を置いてレジに向かう。困惑の中で俺の人相に小さな悲鳴を上げる店員さんは、震える手でレジを通す。

 恐れられるのは本当に気持ち悪い。

 けど、だからって、来栖の言うように嘘を使って感情に蓋を被せられない。呪われた体には、呪われた世界しか与えられない。ゆえに感情も呪われている。つまり、蓋を被せられないというよりも、蓋をしたところで感情が噴出する。そう表現した方が良いんだろう。

 千円札を支払い、店員さんは震える手で勘定をする。そうして、いまにも落としそうな調子で小銭を渡してくる。

 ごめんなさい。

 謝罪を込め、頭を下げる。


「ありがとうございました」


 そして、感謝を伝える。

 背後で薄ら笑いが聞こえてくる。

 面倒な野郎だ。


ご覧いただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ