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不良衒学少年と電波天使少女の回帰譚  作者: 鍋谷葵
第一章 

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第十四話

 不協和音のギターが鳴り終え、卑しい大人に貶められた心を癒すため、神様との約束が書かれた本をスマホで読んでいると、八回目のチャイムが鳴った。

 空を見上げると、蒼穹には太陽が白々しく鎮座している。

 どおりで汗が噴き出すわけですな。

 伸ばしっぱなし髪を両手でかきあげ、額を露わにする。吹き抜ける微かに涼しい風は、熱を帯びた額をほのかに冷ましてくれる。磯臭い海風にも、いまは感謝しないとだな。

 さて、それはそうとしてハンプティダンプティ先生のところに行かねえと……。

 めんどくせえ。

 まったく、推定無罪の原則はどこ言ったんだよ。関係者の話だけで、犯人を突き止めるなんていうのは馬鹿馬鹿しいことこの上ないぜ?

 なんてぼやいていても仕方がない。

 大きな溜息をついて、約四時間ぶりに立ち上がる。

 ここで気絶できたら説教もサボれたけれど、残念ながら俺の健康な肉体は意識を失ってくれなかった。そんな不健康の願いが破られた哀れな人の子は、体を空に向けてグッと伸ばす。


「ふぅ。それじゃあ、行くとしますかな。どうか憐れんでくれよ、神様。無神論者の敬虔な願いなんだからさ」


 神への祈りも捧げた俺は完璧超人だ。

 永劫回帰を超えた究極の存在だぜ。

 超越した俺なら忌々しい空間に耐えられるだろう。

 かくして、俺は錆びついた扉を開ける。すると錆びた蝶番の耳障りな音が普段と同じように響き渡る。

 さて、行くとしますかな。


「立ち入り禁止のはずでしょ!?」


 どなた様?

 どうしてか、薄暗くて埃っぽい空間には、俺に驚愕する明るい髪色の女子が三人。あと、俺に声を上げた女子に、肩をガッシリと掴まれた上で、体を壁に押し付けられている自称天使様もいらっしゃる。ちなみに顔は天使様が一番整ってる。もっとも、他も不細工じゃない。ただ、天使様の顔が整い過ぎていて他を圧倒しているだけだな。

 ……まあ、俺は先を急がなきゃならねえ。

 だからさ、天使様。

 俺を見つめないでちょうだいな。

 確かに俺は優しいけれど、損得で動く人間なんだぜ。そういうことを理解してくださると……。

 いや、待て。

 こいつを助ければ俺の株は上がる。俺の印象を善い方向に変えれば、先生の認知も変わるだろう。そうなれば、説教も無くなる……。

 なるほど、なるほど……。

 よし! 

 助けてやろう!

 正義の味方こと坂本慎一がお前を助けてやるぜ。


「とりあえずそいつから手を放してやれよ。痛そうだ」

「なんで私があんたに指図されなきゃならないのよ!」


 ポケットに両手を入れ、顎を突き出して、ガンを飛ばす。

 ただ、例の声を上げた女子は臆さず、反駁してくる。

 どうしてだ! 完璧な脅迫だろ!?

 おふざけはさておいて、早いこと説得して助けねえとだな。もっとも、説得できた試しは一度もないんだけどさ。


「指図もなにも困ってる奴が居たら助けるのが義理だろ」

「『助ける』? あんたの口からその言葉が出てくるとは思っても見なかったわよ」

「いやいや、俺を何だと思ってんだ?」

「暴力装置」

「ひでえ言いようだな」

「だって、本当でしょ。昨日だってカレシがあんたに因縁つけられて、ボコされたって言ってたし」


 なるほど、こいつはひどく可哀そうだ。

 当然の理屈を咀嚼し、理解するの能力を持っているのに、規定となる価値観がまともじゃないなんて可哀そう極まれりだ

 割といい学校に通ってて、割といい家庭環境で育まれたのに、自分の価値を見誤ってるなんて親が泣くぜ?


「幸福を一時的な危うい関係に任せてると痛い目見るぜ」

「なに言ってんの?」

「お前の人生に対する助言だよ」

「なんであんたから説教をされなきゃならないの!」


 価値の分からない彼女は、ヒステリーを起こしたように喚く。甲高くて耳障りな声が、頭を悩ませる。そして、面倒ごとに身を投じた自分を憎んでしまう。

 ただ、それでも頭の良さに掛けて説得を続けますかな。


「まあ、それはそれとして。とかく、その子から手を放しな。何もそいつがお前らに危害を与えた訳じゃねえだろ?」


 下品な女と交わす言葉に惜しさを覚えるぜ。


「いっつも空気の読めないことばっかり言うのは、危害でしょ。自分のことを『天使』だなんていう奴、いじめられて当然よ。大体、天使は人間様を助けてくれる存在なんだから、別に危害を与えたっていいじゃない。それが人間の助けになるんだったらさ」


 酷く低俗な理論をつらつらと得意げに唱えながら、膿Aは自称天使様の肩の肉を抉り取るかのように握り付けた。微かな抵抗によって壁から離れていた天使様の体は、思いっきり壁へと音を立てて打ち付けられる。

 目に涙をためる天使様は小さな小さな声で痛みを訴える。

 か細くて、いまにも壊れてしまいそうな声で。

 ああ、こいつは救いようがないほど憐れな奴だ。勉強ができても根っこが腐ってる。いや、根っこだけじゃなく精神全体が腐り切ってる。

 やっぱり、説得に意味はねえな。


「期待した俺が馬鹿だったよ」


 腕を伸ばし、天使様の肩を押させつける悪魔のか細い手首を握りしめる。

 途端、馬鹿の顔は歪む。そして、自然と彼女の手は、天使様の肩から離れた。解放された天使様は壁に沿って移動し、俺の背後へと回る。


「ちょっと、女子にこんなことしていいと思う訳!?」

「作用によって反作用が生じるのは自然の摂理だ。物理基礎で習っただろ?」


 苦悶の顔を浮かべる馬鹿と、馬鹿の味方の馬鹿たち二人は、ギロリと睨みつけてくる。

 力じゃかなわないことくらいは、天下一品の大馬鹿野郎でも理解できるらしい。


「ねえ、本当にこんなことして良いの?」


 ただ、どうしてか機転は利くこの馬鹿は、苦悶の中でいやらしく口角を上げる。


「私たちがここで声を上げたら、それこそあんたに『レイプされそうになった』っていったらどうなると思う?」


 馬鹿の発言に合わせて馬鹿たちも同様に、いやらしく口角を上げる。

 醜い顔に良く似合ってるぜ、お前ら。


「確かにそいつは俺にとっても具合が良くねえ。世評が俺になびくことはないだろうしな」

「でしょ? だから、あんたは黙ってここを通って行って。そうすれば許してあげる」


 馬鹿の言葉に馬鹿たちは追従する。

 蠅の羽音の方がまだ心地が良いぜ。


「ねえ、わかってくれるでしょ? 犯罪者の息子でもさ」

「蛙の子は蛙だよねえ」

「そうそう、だから暴力でしか問題を解決できないんだ」


 偏見による嘲笑。


「っむぐ!?」


 空いている左手は減らず口を叩く馬鹿の口を反射的に塞ぐ。そして、頭蓋を砕くかのような力が入る。超自然的な感情だけが俺を支配する。


「ゴミクズども」


 自分の声とは思えないほど低いが声が出る。


「てめえらの認知は全て不幸だ。あんまりにも不幸だ。だから、これ以上はしねえ。けど、これだけは覚えておけ。てめえらの目で認識している世界がすべてじゃない。てめえらの見えてる世界は偏見とそれに阿諛追従する塵芥によって構成されたみすぼらしい世界だ」


 高慢な馬鹿は痛みと恐怖の中で、双眸を潤ませる。そして、付随するだけの人でなしどもは膝をがくがくと震わせ、怯えた目で俺を見てくる。

 止してくれ。

 どうしててめえらにその資格があるんだ?

 いや、ちきしょう、頭を冷やせよ。


「いいか、これに懲りたら二度とこんな惨めな真似するんじゃねえぞ。間接的にも直接的にも、同じことをやったら次はねえからな。次は本気で頭蓋を砕く」


 強張る全身から力を抜くと、脱兎のごとく奴らは駆け下りて行った。怯えと慄きは本物だったらしく、奴らの声帯は上手く震えず、例の叫びたかった言葉は下から聞こえてこなかった。

 はあ……。

 異常な倦怠感が体を包み込む。

 ちきしょう、なんで首を突っ込んじまったんだ?

 壁に背中を預け、疲弊した頭を垂れると後悔の溜息が自然と出る。


「もしかして、神様?」


 そういえば、そうだった。

 長い前髪のせいで表情は見えないけれど、俺はこの天使様を助けたんだった。

 助けたその人の具合を確かめるため、うなだれる頭を上げようとした瞬間、天使様は俺の両頬を、ガラス細工のようなか弱い両手で包んだ。透き通るように白くて、しなやかで、長細い指にほんのりと力を込め、彼女は俺の顔を上げさせる。

 左目の眼帯に向ける意識がなくなるほど整った顔に浮かぶ清らかな微笑は、本当に天使なのではないかと疑ってしまう。綺麗に整えられた眉毛にかかるブロンド髪も、長い睫毛も、玉のようなグレーの右目も、すらりとした鼻筋も、桜色の唇も、何もかもが超自然的に思えるほど美しい。


「やっぱり、貴方が私の神様なんだ!」


 ただ、その口から紡がれる言葉は、顔の造形にある美から現実へと俺を引き戻した。


ご覧いただきありがとうございます。

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