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不良衒学少年と電波天使少女の回帰譚  作者: 鍋谷葵
第一章 

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第十三話

 薄暗くて、埃っぽくて、かび臭い陽の差さない薄汚れた空間から屋上へと出ると、潮風が体を吹き抜ける。

 風よ、嵐となって学校を壊してくれ。

 いいや、呪いと溜息を吐くなんて、陰気だぜ。


「いやがりますねえ」


 燦燦と降り注ぐ太陽光の下、錆びついた防護用フェンスに背中を預ける電球頭は悠々自適に煙草を吸っていた。もっとも、おっさんは蝶番の音が鳴るや否や、他の用務員が来たと思ったらしく、慌てて煙草を消した。

 そんな遠目から見れば愛らしいおっさんへと、一歩踏み出す。容赦ない日差しが首を、腕を焼いてくる。


「なんだ、坊主かよ」

「なんだって酷くないですか。俺が来てやったんですよ」

「馬鹿、てめえの面倒を見てんのは俺だ。立場が逆だってんだ」

「そうですかい」


 煙草を一本無駄にしてしまったことの苛立ちを隠さず、おっさんは俺に屋上の鍵を投げつけてくる。

 もし、屋上から落ちたらどうなるのかを考えてねえのかな?


「それじゃ、俺は仕事に戻るから。放課後、よろしく頼むぜ。今度は忘れるなよ」

「あいよー」

「年上は無条件で敬え。それが社会だ」


 いかにも生意気な俺の返事に腹を立てたらしく、おっさんは俺の胸倉をつかんでくる。丸太のような腕は見てくれだけじゃなく、実際、驚くほど力強い。

 流石の俺も力に圧倒的な差を見せつけられたら、平伏せざる得ない。

 自分が弱くなったら俺はいくらでも謝るさ。


「すんません」


 心あらずな平謝りに満足したのか、おっさんはヤニ臭い息を吹きかける。そして、俺の胸倉から乱暴に手を離した。

 この皴、アイロンしねえと多分取れねえな……。


「やっぱ、あんた堅気じゃないでしょ」

「生まれてこの方ずっと堅気だよ」

「じゃあ、そういうことにしておきますよ」

「人の言うことは信じた方が身のためだぜ。もっとも、信用のある人間の場合に限るけどな。ああ、それと、余計な世話かもしれねえが、いつ壊れるかもわからねえからフェンスには近づくなよ。絶対にだぜ」


 ほんのりとハードボイルドな台詞を残し、おっさんは手を振りながら、俺をしり目に去っていく。そして、錆びついた鉄の扉が閉まる耳障りな音が再び鳴り響く。


「相変わらず暑いな……」


 燦燦と降り注ぐ日光から逃れるように、屋上からひょっこり顔を出しているおっさんがいまさっき入った建物の日陰に入る。

 ちきしょう、座布団の一つでも持ってくればよかったな。こんな場所にずっと座ってたら、痔になっちまう。

 苔がほんのりと生えた硬いコンクリートは、座り込む人間様の尻を容赦なく痛めつける。

 ただ、孤独を与えてくれる犠牲と考えれば随分と安いのかもしれない。

 蒸し暑さの中で吹き付ける清涼な風は、磯臭さを考慮しなければ随分と心地が良い。誰にも邪魔されないこの独りぼっちな空間もまた心地が良いぜ。いっそ、昼休みも飛んで、ずっと居てやろうかな。あいつの説教を延々と聞くのも癪だし。

 厭わしい関係からの解放に心は高らかに喜んでいる。

 歓喜の歌を歌ってるぜ。

 ただ、頭に思い浮かぶ第九の第四楽章の旋律とシラーの詩は、残念ながら俺にはそぐわない。欧州のアンセムだっていうのに、なんだか疎外感を覚えちゃうわ!


「分かり合えないのなら、人の輪から去れ。そいつは少し酷くねえか?」


 心の世迷言も、気高いの詩人の一人からあてがわれた暴言に対する文句も、全ては潮風に運ばれ、空へと消えて行く。

 かくして、退屈を持て余した不良少年Aだけが残る。

 さて、詩的に現実を語ったところで暇が潰せるわけじゃない。それに『自分がほかのやつとは違う』なんて詩的に表現しても、自惚れに過ぎねえしな。

 自惚れには自戒だ。

 自戒には教えだ。

 教えはなんだ?

 抽象的で下らない。

 馬鹿々々しいことこの上ないぜ、俺の優秀な頭脳様。いや、頭のせいじゃなくて、持て余してる暇のせいだ。というか、大前提として教えを自分の中に突き詰めたところで、もとが空っぽなんだから見つかるわけがない。

 ちきしょう、こういう暇な時は音楽だ。


「……イヤホンがねえ」


 連日にわたって続く不幸はついに俺の持ち物にも及んできた。とはいえ、不幸中の幸いでここは俺だけの空間だ。他人を配慮する必要なんてない。

 さて、なにを聴こうか?

 まあ、ここは機械仕掛けの運命に任せるか。

 スマホの音量を最大から三つ下にし、アルゴリズムを起動させる。


「コードとペダルがあっても、この世界はどうしようもねえよ」


 そして、選ばれた"SONIC YOUTH"の"Teen Age Riot"が暇を埋め合わせていく。


ご覧いただきありがとうございます。

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