(5)
ゲーマーなら失恋の痛手はゲームで癒すべきだった。
人間、衝動的が一番よくない。
今度は計画的に休みをとって、今日は朝から都内のゲーム施設にいた。
顔見知りに軽く手をあげて挨拶し、空いている席を探す。
そしてキーボードに八つ当たりし続けて二時間。
トイレに行き、軽く空腹を覚えたので共有スペースに向かう。
そこでスマホを見ながらホットドッグを口に運んでいたら肩を叩かれた。
大音量の流れる空間だから、こうやって気をひかれるのは珍しくない。
知人の誰かと思って顔を向ければ、
……神様、なにしてくれてんの?
「やっぱり。こんにちは、篠ノ井さん」
「これは……青柳さん、どうして?」
ホントにどうしてこんなところに?
けばけばしいネオンの店内に爽やかに微笑む王子様は本当にミスマッチ。
ちょっと、神様。
俺、なにかした?
「どうしてここに?」
「自宅のパソコンが壊れてしまって、いま修理に出しているんですよ」
それで、ここ?
どういう確率?
そして、え?
ここに座るの?
話をしようってこと?
「ゲーム、するんですか?」
「ええ、暇さえあれば。ノーゲーム・ノーライフってやつです」
ゲームが好きなんて意外だな。
どちらかというと縁がなさそうなのに。
「まさかここで篠ノ井さんとお会いするとは。ゲームとは縁なさそうなのに」
俺が相手に思うことを、相手も俺に思っていたらしい。
「私もノーゲーム・ノーライフというやつで」
「そうなんですね。篠ノ井さんって硬派で、こう、和風の屋敷で文机に向かって写経してそうなイメージが」
「なんです、それは」
なにその、修行僧みたいな俺のイメージ。
性欲なんてなさそうってこと?
生憎ですが、あなたの婚約者相手にいろいろ淫らな想像をしてしまっています……俺、最低だな。
「俺、見た目がこんな感じなんで篠ノ井さんみたいな感じに憧れているんです」
「羨ましいですけどね、そういう柔らかい雰囲気に私は憧れますよ」
この男のような見た目ならば美月は、って思わずにはいられない。
卑屈だけど。
「そんなに良いものではないですよ。ゲーム好きっていうとイメージに合わないって言われます。篠ノ井さんもそうお思いのようで」
「まあ、正直に言えば」
”どのくらい?”と目で尋ねられたので、
「スリーティアスタンドに大福が並んでいるくらいの違和感がありますね。でも、おやつ的なもので間違っていないから、いいのではありませんか」
「スリーティアスタンドなんてよくご存知ですね」
「つい最近ティーパーティーに招かれましてね、そのとき蘊蓄をいろいろ」
それなりの額をしたのだと自慢げに語る二月を思い出した。
そして二月もこの男みたいな王子様が好きそうだなと思った。
「お洒落な恋人がいらっしゃるんですね」
「恋人なんて、ゲームでの話ですよ。先日個室に招かれたとき、そこは派手な茶会会場で」
「……へえ」
「三十半ばになって情けないですが、恋よりもゲームに夢中で。あんな素敵な婚約者がいるあなたが羨ましいですよ」
社交辞令に本音を混ぜる。
羨ましい、憎たらしいほどに。
嫉妬の炎で燃やし尽くしてしまいたいほど。
「あの、もしかして……」
何か言いたそうな青柳に俺はハッと我に返る。
俺と美月の関係に気づかれた?
「いや、でも」
悩む素振りを見せる青柳に、その後ろにいる美月に意地の悪い思いがわく。
いいんじゃないか、別にバレたって。
仲のいい二人だ、昔の男、それもキスだけで終わった男なんて少量のスパイスにしかならないだろう。
「篠ノ井さん」
意を決したような表情の青柳に、俺は気合を入れて気負いのない笑顔を向けてみせる。
「なんです?」
「その」
躊躇するような、それでも探るような目。
何でも探ってくれ。
こっちには何も隠しておきたいことはない。
「『フォーチュン・タイド』ってゲームはご存知ですか?」
は?
「もしかして、”五月”?」
ん?
「やっぱり、一緒に暮らす姪に童貞を疑われた”五月”か!?」
「はあ?」
童貞というパワーフレーズに店内の何人もが顔を向けた。
キラキラした期待の目が俺を見た瞬間に殺意のあるものに変わるが、俺のせいじゃない。
でかい声で叫んだこいつが悪い。
いや、それどころじゃない。
「お前、”二月”か?」
『正解』というように青柳はウインクし、人差し指を唇に当てる。
ああ、そうか。
二月というならば、
俺は周りを見渡して喫煙ボックスを探す。
ラッキー、人はいない。
俺が指で喫煙ボックスを指すと、意図を察した青柳も頷いて俺のあとに続いた。
「悪い」
喫煙ボックスに入ると俺はまず謝罪した。
「いや、驚かせた俺が悪いから……いや、まさか君だったとは」
「それは俺のセリフ……って、それじゃあ美月とは?」
二月が青柳ということは、美月は?
「あ、そう言うってことは、やっぱり”婚約した元カノ”って美月のことか」
アハハ、と青柳は明るく笑う。
「なにこのベタな展開。ちなみに、いま富田芽衣って人と婚約中?」
「は?誰が、俺が?いや、そもそも誰だそれ」
青柳の笑い声がいっそう大きくなる。
「超ベタ、ベタ過ぎ。どっちも週刊誌のガセネタに踊らされちゃって。まあ、俺たちの場合はわざとそう見せているから誤解されても仕方がないけれど」
週刊誌?
”富田”?
富田ってどっかで聞いた気がするけど……トミタ、トミタ……メイ、あ、あの女か?
この前なんかで紹介された、サツキとメイって運命ですよねって言っていた、
「富田って、某アニメ好きのイカレ女か」
「ああ、サツキとメイね。なんだかなあ、俺もときどき身の覚えと記憶にない婚約者が出現するんだよね」
「まあ、うちは母がいろいろガセを垂れ流してるから」
「ああ、篠ノ井の……同情する」
それですべてが説明がつくように、青柳が納得したように頷く。
「ありがとう。そっちも青柳だもんな、同情する」
「無理だと言ってるんだけどね、聞く耳もたない。母は俺を溺愛しているから、俺の目に敵わないんだろうって判断していろいろとね」
無理、という青柳の言葉にかつて二月とした会話を思い出す。
女性を抱けはするが、義務的な行為で子どもを持っても妻という女性にも子どもにも申しわけないと言っていたっけ。
「美月とは?」
「ん?なにもないよ?分かるでしょ?」
「ほら、”もう一晩”とか”眠らせてもらえない”とか」
「ん?」
俺の言葉に青柳、二月はキョトンとした顔をして、しばし何やら考えたあと大笑いする。
笑い上戸な王子様だな、この野郎。
「確かにあの会話じゃ誤解するよね。ないない。俺と美月はプラトニックな関係、キスもなし」
そう言うと二月はスマホを操作して、
「これって『雛姫』?」
『フォーチュン・タイド』の人気キャラ、雛姫のコスプレをした女性。
あのゲームには世界を支える神柱の姫が数人いて、雛姫は東の国のお姫様でアジアンテイストの街並みの中央にある塔の最上階にいる。
「これ、美月か?」
「よく分かったね。そ、美月ってフランスじゃ有名なコスプレイヤーなんだよ。”Hazuki”って名前で活動しているんだ。日向ちゃんの世話をしながら見てたアニメの影響だって」
「これ、自作か?すごいな」
「うん。和裁ができたし、あの顔立ちだから完成度が高くてね。モデルになったのも何とかってイベントがキッカケらしくて」
スマホで『フランス コスプレ ハヅキ』って検索したら色々出てきた。
すごいな。
「出会いはイベント?」
「いや、俺はコスプレしないよ。この顔だけど体は男だからね、可愛く着飾らせるなら女性の体のほうが楽しいでしょ?」
「じゃあ、どうやって?」
「美月を見たとき理想の体型だと思って、イベント会場にいって作った服を着て欲しいって渡したんだ。着て欲しい理由を当然聞かれたから自分のことをカミングアウトして、それから美月が俺の作った服も着てくれるようになったんだ」
和風のやつは美月作で、洋風のやつは俺が作ったんだ。
そういって嬉々としながらコスプレ衣装の内訳を教えてくれる。
「それで、今日のイベントではコレを着ていってくれたの」
「は?イベント?」
「そう、今日は日仏の交流イベント。いま、真っ最中。見てみて、これが完成形」
そう言って見せてくれたのは見た覚えのあるコス。
「これ、この前着ていたイースター限定コス?再現性、すごいな」
「もっと褒めて、可愛いでしょう。過去最高の出来なの。美月が友だちになってくれてから私の創作意欲が止まらなくって、あれやこれやにこだわっていたら徹夜していたわ」
「なるほど、それで一晩中」
「今日のイベントに間に合わせたかったから、ちょっと無茶しちゃったわ」
「口調が変わっているぞ」
「おっと、いけない。と、いうわけなんだ。今回、これに協力してくれるならって条件で婚約者役を引き受けたんだ」
役?
”役”ってことは……
「五月、口元が緩んでる」
「悪いか?」
「全然、そういう甘酸っぱいの大好きだし。美月も、バーで会ったの悔やんでたし」
悔やむって……。
「完璧に着飾った自分を見せて君に後悔させてやるんだって息巻いていたのに、徹夜明けのボロボロ状態で君に会う羽目になっちゃったから」
なるほど、それであの態度か。
なんだよ、可愛過ぎる……誤解して見当違いの復讐だけど、美月らしい。
「そういうわけで、今度のパーティーではベタベタ、甘々の婚約者をやるけど俺を恨まないでね」
「分かった、俺の条件をきいてくれたら恨まない」
俺の条件を説明すると、二月の王子様然とした顔が少し歪む。
「それやって、犯罪にならない?」
「合意がなければ何もしない」
「え、何もしないですむの?」
「自信はない」
「ダメじゃん」
ダメかな、やっぱ。
婚約者持ちの美月に独身の俺が二人きりで話すことを提案するのは外聞がよくない。
けれども、美月の婚約解消まで待てない。
話をしたい。
とにかくまずは俺の婚約は嘘だと言って。
ずっと好きだったと伝えて。
時間は有限。
これ以上もうムダにしたくない。
「うちの式場のCMで使いたい首飾りがあるんだよね。国宝級で、篠ノ井家所有のやつ」
そう言ってニヤッと笑う二月に俺も笑い返す。
「俺が篠ノ井の当主になることについて根回しはすんでいる。宝物もたまには陽の目をみたいだろう、一年待ってもらえれば喜んで貸し出す」
交渉成立。
そういうように二月は手帳を出すと、ペンを走らせてそのページを破る。
「美月の部屋の番号。スイートなのはセキュリティの問題もあるし、ときどき俺も宿泊しているけれどティーパーティーをやっているだけで何もないから」
まあ、そこについては……正直言えば面白くないけど、いまの俺にとやかく言うことはできないし。
「パーティーが終わるまでは絶対にいっちゃダメだよ、ホテルに行くのもダメ」
「分かってるって」
「俺を犯罪者にしないでよ」
「……善処する」
俺は反射的にかつて美月に思いきり殴られた腹部をおさえた。