5日目 偶然の通行人
ーーー下校を知らせるチャイムと同時に教室を後にし、速攻で家に変える
家につき、財布と携帯だけという最小限で、再び家を飛び出し
「「異空間」」へ向け、神社へと向かう
俺にできる術はないとわかっている、それでも相棒は取り戻したいのだ
あらゆることで、想像を超える現象がいくつも起きてるのだ
通路が何事もなかったように、すべて元通りになってることだってあるかもしれない
一抹の期待を胸に、心臓破りの坂を駆け上がる
神社についた時には、疲れてしまい、肩で息をしていた
展望台へと続く道を進もうと、足を方向転換させると、腰ぐらいの高さに、テープが張り巡らされ、白い貼り紙があるのが目に入る
不思議に思い、近づいて、書かれた文字を読む
「地震による土砂崩れのため立入禁止」
なるほど、現実世界は、通路の崩壊を土砂崩れと誤認したのか
まあ、無理もない。タイミングがタイミングだし、あの犀を知らない一般人からしたら、地震による被害と考えるのが妥当だろう
参拝客の安全を考慮して、警告しているのだろうが
こと俺の場合に限りどうしても確認したいものがある
あたりを見渡し、人がいなくなるまで待ち、完全に人気がなくなったタイミングで、
簡易の柵替わりとして、貼られたであろうテープを飛び越え、中に入っていく
一抹の期待は、あっけもなく裏切られ、通路は壊れたまま放置されていた
とても人が通れそうになく、少しでも動かせば更に被害は大きくなりそうだ
現実を目の当たりにし、本当に術がないことを改めて思い知らされる
この場にずっといるのも何なので、急いで戻り、立入禁止区域を出る
「はあ〜困ったな、困ったな〜。」
つい、不満がこぼれた。
だがこれ以上何もできないし、学校での海原の忠告も気になる
何もできないことが歯がゆいが、ひとまず撤退としよう。
家に戻る前に、スーパーに寄り買い出しする
なんでかって?それは食い散らかされた、我が家の食料を補充するためだ
買い物を済まし、トボトボと帰路につく
相棒を失ったこともそうだが、何より異空間とのアクセスが途切れたことに、非常に不安というか、喪失感を感じる
それほどまでに、俺の心の拠り所になってきていたのだろう
つまらない日々に、光が差すような体験ができたのに、また退屈に耐え続ける日々に逆戻りするのか
それは嫌だ、嫌なのだ
理屈がどうとかじゃなく、感情が生きがいを、「「異空間」」に求めている
俺とは、あまり感情を表に出すことがなく、物欲や願望が、他者より著しく欠けている人間だ
例えば、これまでの自分に、どんな夢でも叶えるランプを渡しても、ガラクタとして捨てていただろう
でももし今渡されると言うなら、あの「「異空間」」を願うかもしれない
結局のところ、あのときの過ごした時間を経験をまだ終わりにしたくないのである
せっかく色づき始めた世界が、またゆっくりと灰色と化する
家までの道のりが、異常に、異様なほどに長く、永く感じた
ーーー買い物を済ませ、トボトボと帰路の途中、いやもう到着寸前のところでのことである
家の前が何やら騒がしい、叫び声や笑い声までする
近づく事に、馴染み深い声が聞こえてくる
なんだろうか、と不思議に思い背を伸ばすと、目に知り合いの顔が映り、瞬時に電柱の裏に身を隠す
知り合いとは、葛城と野田のことだ
なんで、隠れてんだ俺〜
それに、なんでいるんだよあいつら
昨日の悪夢が蘇る、何としても追い払わなくては
家を目前にしてとっても、とっても、とっても帰りたくてしょうがなかったのだが
あいつらが、帰るまで、粘ることにした
俺の帰宅で培われた、持久力と耐久力を舐めるなよ
あいつらの様子をじっと見張り、時折携帯で時間を確認する
よく見てみると何やら大きな物を持っている
目を凝らすと毛布やら椅子やら、あろうことかソファーまで持ってきてる
マジで泊まりに来たのかよ
背筋が凍る、なんかもう、一種のホラーだよなこれ
しばし奴らの監視をし、どれぐらい経ったのかと携帯を見る
もう、三十分経ったんだが
あいつら、いつから待ってたんだろうか。考えるだけで恐ろしい
だが俺も負けず嫌いというか、決心したことは絶対曲げないタイプだ
ここまできたなら、夜になろうと、明日になろうと粘り抜いてやろう
と意気込んだ矢先に
「あの、どうしたの?」
「わああぁぁぁ。」
突然声をかけられ、我ながら奇妙な声を発したと思う
だが、瞬時にあいつらに、バレたくないので、身をかがめたがもう遅い
「神風、待ちわびていたぞ俺は。」
という声がする
待ってんじゃねえよ。ここ俺んちなんだよ
「遅ーーーーーい。って、南じゃん。」
レジ袋を両手に下げ、電柱ごしに、何かを監視している俺を不審に思って声をかけた通行者は、どうやら野田の知り合いらしい
心配してくれた線もあるが、正直声掛けないで欲しかった
「加那〜、なんでここにいるの?」
笑顔で、手を振り返す南
ちなみに加那とは、野田のことである
「今、暇?手伝ってほしいことがあるんだけど。」
南の問には答えず、むしろ注文する女王
「いいよ〜」
不思議そうに俺の方を見てくる
だがそんな素振りに気づくことなく
「やったー、家に運んでほしいものがあるの。」
野田は南の手を握り、俺の家を案内し
さぞ当たり前かのように、家具を家の中に入れていく
はあ〜、もうため息しか出ない
一通り運び終えたのか南が戻ってきて問いかける
「引っ越し、したの?」
「違う。」
なるほど、そう見えるのか
だが違う、断じて違う
自己紹介と俺が奴らをこき使ったのではなく、むしろ被害者だと弁明する
信じがたそうな表情をしてるが、
「たっ、大変そうね。」
同情された
彼女は、夏川南というらしく、部活が終わり帰宅の最中だったらしい
家は海側の方らしく、学校から夏川の家の途中に、ちょうど俺の家があるので通りかかったらしい
とりあえず、巻き込んだことに謝る
立ち話も何なので入ってもらうことにした
家具を運び込み、どうやらしっくりくるところに配置できて満足したのか
二人はもうすでに、くつろいでいた。
スペースの半分以上が奴らのテリトリーにされた
この家に慣れるの早すぎだろ
「神風、腹減った〜」
「私も〜」
俺は、お前らのオカンか
余計なことしていたため、時刻は18時
実は俺もお腹は空いている
とりあえず買ってきた食材を、必要なものだけ残し、後は冷蔵庫にしまう
くっそ、3日分買ってきたのに、下手したら1日で無くなるぞ
あれかな家が大学に近いと、同級生がたむろってくるのって
こんな感じなのかな
でもまあ、しょうがない。もうどうせ、帰ってくれないのは確定しているのだから
諦め、そういうものだ、と思いこむことにした
衛生面から、外出用から清潔な料理用の手袋に替え、包丁とまな板を用意する
野菜と肉を小刻みにし、フライパンで炒め、卵とご飯をいれて混ぜ、醤油で味付けるだけ
あっという間にチャーハンの完成だ
伊達に一人暮らしやってないというわけだ
完成した料理を皿に盛り付けるまでする、義理はないと思いフライパンのまま取り寄せ式でテーブルの上に置く
「うっわ、うまそ〜。」
「先、いただくわ。」
「ほんと美味しそう。」
そうだろ、そうだろもっと褒めてくれていい
案外ありかもしれんこの生活
まあ今のところ、何も返してもらってないのだが
結構な量作ったと思っていたのだが、やはり3人となると秒で無くなる
当然、俺の分は残されてない
こいつら、全部食いやがった
結構な食材使ってしまい、キャベツ片手に白米で我慢する
「それにしても、どうやって行こう「「異空ーーー
口を滑らせる野田に
「あー、そういへば夏川、最近変なことないか?」
慌てて葛城が遮り
「変?ん〜、二人がここにいることじゃないかな。」
いいぞ、いいぞ、もっと言ってやれ夏川
「でも変と言われたら、変なこと体験した、かも。」
「えっ、何、何それ教えて?」
野田が食い気味に聞く
まずい、まずい話が長引くと夏川、帰れなくなるぞ
「海の方へ出かけてたら、変なところでこけちゃって、壁に手をつこうとしたら、なんか壊れちゃって」
「それで、それで?」
「なんとか直そうとしたら、人の声がして思わず隠れちゃったの
隠れたところ、なんかトンネルぽくって、気になって進んでみたら、見慣れた海に出られたの。
でも、住宅地だったはずの場所が、木で埋め尽くされてたの。
全く知らない場所でやばい、ってパニックになって、もと来た道を逆戻りしたら、いつもの町並みに戻ってた。」
この話を聞き、俺、葛城、野田の顔が上がる。そしてお互いを見つめ合う
おそらく俺含めた3人とも、夏川は「「異空間」」に行ったのではと、考えているだろう
「もっと詳しく。」
野田がせがむように聞くが
「詳しくって言われても、一瞬だけだったし、幻だったかもしれないし。」
自身なさそうに返す夏川
「いつのこと?最近?」
「最近というか、昨日だよ。」
葛城の問いに、速やかに答える夏川
確証はないが、夏川の話によれば、家などの人工物が自然のものに置き変わっていたと推測できるだろう
なら行って確かめる価値はある、「「異空間」」を諦めるのはまだ早い
「その場所、案内してくれないか。」
白米を飲み込み、頼み込む
「晩御飯のお礼も兼ねて、案内するけど。あまり、期待しないでね。私の勘違いってこともあるし。」
少し躊躇いがちだが、引き受けてくれた。
為す術無く、ただ頭を悩ますだけの俺達からすれば大きな救いだった
家を出て、沿岸沿いの道路までひたすら歩き、浜辺へと続く階段を降りる
今の時期は、遊泳可能なので昼頃は、家族連れやら、青春を謳歌する陽キャ共が騒がしいのだが、如何せん家を出たときには、もう暗く、辺りはひっそりとしていた
「確か、この辺だったのだけど。」
携帯で照らしながら、記憶を頼りに探す夏川
「あったわ、ここよ。」
ライトで空洞を指し示す
ふむ、道路からも、浜辺からもちょうど死角となる
黒い連中は、人目につかないこの場所を通路に適するとして、選んだのだろう
それにしても俺達が壊したから、新しく増設したのか、あるいはこれまで気づかなかっただけで生まれる前から存在していたのだろうか?
それにもし後者だとしたら、他にも異空間に通づる空洞があるのだろうか?
「おい、神風いくぞ。」
「おっ、おう。」
まずい、また自分の世界に没してしまった
通路の入口を塞いでたと思わしきものが、真っ二つにされ、脇に置かれていた
夏川が壊したものとは、おそらくこの板であろう
それにしても、見事に綺麗に壊したものだな
携帯の明かりを頼りに、通路を抜け開けた土地に出る。
「「異空間」」では、夜(?)なのか真っ暗だ。その場に佇んでいたら、闇に飲み込まれそうだ
「暗すぎる、引き返すか?」
「しょうがないわね、明日にしましょ。」
「そうね。もう遅いし、帰ろう。」
葛城の提案に応じ、他の二人も同意したようで、首を縦に振りながら答える
俺もその場の雰囲気に合わせ、賛同する
もと来た通路を引き返し、海沿いの道路まで4人で行動をともにし
夏川は家に帰るということで、そこでお別れした
別れてからしばらくして
「スマン、先帰ってくれ、寝てくれてて構わない。」
家の鍵を葛城にたくし、寄りたい場所があると伝えた
気に留める様子もなく
「わかった、先風呂済ませとくわ。」
と言い残し、葛城と野田は、俺の家へと向かう
しばらく二人の背中を見守り続け、完全に視界から消えたことを確認し、
家とは真逆、つまり海方面、もっというと「「異空間」」目指して走り出す
切実に望んでいた「「異空間」」に通じる道を得たのだ、なぜじっとしていられる
それに相棒を手元に戻す、絶好のチャンスだ。この機を逃す手はない
実は今日、食料品だけでなく、サバイバルナイフも購入していたのだ。使う日が来なければ、包丁代わりにでもするかと、思いっきって買ったのだ
そのナイフは、4人で家に出る前に、こっそりと忍ばせておいたのだ
我ながら抜け目ない
こんなにすぐに、試す機会に巡り会えるとは思ってもいなかったが、日頃の行いが出てるのだろう
あんなにアイツラに尽くしてるもんな
それに、ずっと気がかりなことがある
朝の件だ
もし海原とかいう奴が、黒い連中の手下で、俺が怪しいと見て、今日接触してきたとしよう
まだ危害を加えなかったことから、まだ「「異空間」」で荒らし散らかした犯人という、疑いを俺にかけただけの段階で確信をえていないと推測しよう
そのうえで、「「異空間」」に残されたままの自転車を発見されたら、指紋やら商品の身元から俺が犯人だと一発で確定されてしまう
なんとしても、できるだけ、1秒でも早く、俺が「「異空間」」に侵入した痕跡を消したいのだ
俺が犯人だと確定したら、芋づる式で葛城と野田の二人も特定され兼ねない
あいつらも、危険を顧みてこの異空間に臨んでいるのだろうが
あいつらの日常生活にまで脅かされのは、ほかでもなくこの俺が、俺自身が許せない
所詮結局ただの推測で、杞憂に終わるかもしれない
でも不安要素は、完全に潰すべきだ
なぜ一人で挑むのかって?
こんな独りよがりの願望と、全く根拠のない憶測を他人に理解させ、協力してくれなんて頼むなんて、口が裂けても言えないきない
それに何より巻き込みたくない
これは俺の責任で、まだ黒い連中のことをみんなに伝えていない俺への罰だ
もと来た道を全力で戻り、沿岸沿いの道路を渡り、階段を駆け下り、通路を抜け異空間に到達する
やはり闇に包まれ、奥から無数の怪物たちに睨まれるような感覚に襲われながらも
武者震いし、神経を研ぎ澄まし、闇に対して睨み返した