5日目 得体のしれぬ女
朝目覚めたときには、人影が見えてつい身構えてしまったが、泊まりに来ていたのを思い出す
「やっと、起きた。なあ神風、朝飯なんもないの?」
昨日、お前が食ったからだよ
「ここに、あるわよ。ほら非常食。今日はこれで我慢しなさい。」
そう言えば、災害用の非常食押し入れにしまってたの忘れてた
俺より物の位置詳しいのなんなん
缶詰やら、カロリーメイトだとかで腹を満たす
さて、どうするか
正真正銘遅刻だ
走っても間に合わない、もうサボろう
そう思っていたのだが
「そろそろ行きましょ。」
「そうだな行くか。」
「えっ、どこに?」
「どこって、学校しか無いでしょ。」
野田は昨日バレないように家に戻り、制服も持ってきてたらしい
葛城には、予備の制服を貸してやることに
なんで、こんな時に優等生ぶるんだか、わからない
ふたりとも手ぶらなまま学校へと向かう
しかも周りの目を気にせず、堂々と歩いていやがる
ノートだとか教科書類大丈夫なのか、と不安になる
確かに俺もこの鞄はカモフラージュで、帰宅の際、負荷にならないよう、重量軽減のため
一切何も入っていない
筆箱も許さぬ、徹底的な、置き勉っぷり
もしや、この二人、同士かと思って聞いてみたのだが
「友達に借りればいいじゃない。」
「いつも使ってないから、たいして変わらん。」
だそうだ。葛城に関しては、ろくなもんがリュックから出てきてたしな。
それにしても、どうやってあの門番を説得して、学校に入るのか気になって、気になって仕方がなかったのだが
二人は、正門には向かわず、裏にまわり、ごく自然にフェンスを登り始めた
当然のことだ、と言わんばかりに
俺も慌てて、二人に続いて、よじ登り、侵入成功
そのまま何もなく、遅刻への罰もなく、教室までついたのだ
一体、これまでの生死をかけた登校は、なんだったのだろうか
こんな抜け穴があったとは、それにしても警備、甘々すぎだろ
無事1時間目を終え、休憩時間に入ったときだった
一人の見知らぬ女子が、俺の席まで来て腕をつかもうとする
反射的にかわしてしまい、目が合う
キッ、と睨みつけられ
「ちょっと、来て。」
と言われる
「神風、どうした。」
いや、こっちが聞きてえよ
俺にもついに告白イベントが来たかと思わせる素振りもなく
表情は見えないが、負のオーラが、背中越しに伝わる
俺何かしたのだろうか
わからない、ほんとにわからない
それに、まず、誰だ
もっとクラスの人のこと知っとくべきだったと今更ながらに後悔する
意外な組み合わせと、周囲からのヒソヒソ声や、視線にさらされながら
トボトボとついて行き、人気のない視聴覚室に女は入っていく
すごく入室するのに、戸惑ったが
「ここ、座って、早く。」
近くにあった、椅子を取り寄せ、座るよう指示される。とりあえず従順する
「保健室でも良かったのだけど、人目がつかないここにしたの。」
えっ、何されるの。人に見せられないほどグロいことでもするのだろうか
怖い、とにかく怖い
女はもう一つ椅子を持ってきて、俺と向かい合わせになるように座る
「腕見せて。」
俺の左腕を指で指し示し、要求する女
何されるか気が気でない俺は
「なんで?」
と、問う
「早く見せてよ。」
そんなこと、あなたが知る必要なんてないと、言わんばかりに催促してくる
いや初対面相手にそこまでガツガツ来るか?
恐怖でしかない
ためらっていると
「早く。」
更に催促してきた
俺も慌てて、問いただす
「理由を説明してほしい。」
別に、頑なに否定してるのではない
事情を説明してくれたら、この子になにかしてあげられるかもしれない
まあ、内容によるが
「いいから、早く。」
それでも急かしてくる
「だから、理由を。」
無条件で、他人に自分の体を好きかって使われるのは、あまりにも危険すぎる
これだけは譲れない
俺が渋って、要求に答えてくれないと悟ったのか、しばしなにか探すように、教室を歩き回りそして、その何かを掴んで戻ってきた
取ってきたものとは、カッターだった
脳というか体が警鐘を鳴らし、身構える
言うこと聞かないなら、力づくでってか?
女は、左手の人差し指をピンと立て、右手で取ってきたカッターの刃を調整する
「よく見てなさい。」
そう言って、刃を人差し指に当て、そのまま思いっきり、スライドさせた
当然、指から血が溢れ出す
えっ、まじなにやってんの、この人
痛そう、てか、怖い、怖いよこの人
「何よそ見してんの。」
と、怒鳴られ女を見る
どうやらまだ終わってないらしい
女は、カッターを置き、手ぶらになった右手を傷口まで近づけ、
少し口が動いたかと思えば、傷口辺りが
ポワー と明るくなり
みるみると傷口が塞がっていく
「すっ、すげー。」
つい、感嘆した
「さあ、早く見せて。」
これで言いたいことわかったでしょ、とでも言いたげに
「えっ、あっ、はい。」
女の気迫に押され
左腕を出し、包帯を外し、傷口を見せる
先程と同様、彼女が手を近づけ、明かるくなるとともに傷口が塞がっていく
「いい?絶対にもう近づかないこと。わかった?」
座っていた椅子を元の位置に戻し、扉に手をかけ
「私、忠告したから。」
吐き捨てるように残し、早々に視聴覚室から退出していった
「あ、ありがとう。」
なんとか、お礼だけは口にできたが
それに対する返答はなかった
何だったんだ一体
それからは、授業内容なんて一切入ってこず
あの女の正体について、頭を働かす
どう考えても、今日が会話したのが初めて
それにしても、何だったんだ、あのワザ。魔法とか魔術だよな
にわかに信じられんが、昨日まで、異空間で化物と対峙していた俺が言える事じゃない
ただ、わざわざ指切る必要なかったんじゃないか?まあこんな技、他人に言葉で信用させるのはかなりの芸当だし、時間がかかるだろうけど、実演して自分を犠牲にまでしなくてよかったのでは、とも思う
助けてもらった身で失礼だが、なんでわざわざ傷を治してくれたのだろうか
俺以外の人にも同様にやってるのだろうか
いや、それはないか、俺が他人に興味なさすぎるとしても、こんな人間離れした技を色んな人に、披露しているなら、噂になってるはず。
だが実際には、そんな噂など一切耳にしたことがない
そして、一番気になるのは「近づかないで。」という言葉に違和感を覚える。何に、が抜けている
まあ、状況や会話の流れからして、女自身に近づくなってことだろうけど
普通、「私に近づかないで」といいそうなものだ
ただ単に省略しただけかもしれない
でも何となく引っかかる
たとへば異空間に、だったとしたら?
あの女の人間離れの技は、現実離れした異空間と結びつく可能性があると考えるのは、それほど暴論ではないだろう
俺は、何かしら関連があると見ている
それに、「忠告したから。」という言葉も異様に頭にこびりつく
まさか黒い連中か?いや、待て、忠告をしたんだ
ならば敵対関係か?
ああ、もうわからん、頭がこんがらがってきた
そもそも、昨日の通路が全壊した状況さへ、うまく飲み込めてないのに、さらに何がしたいのか、理由のわからない女の登場で
すでに頭はパンクしそうだ
実のところ相棒(自転車)を異空間に取り残したままなのだ
生活面でも、娯楽の面でもいつもそばにいてくれる、まさに相棒
あいつがいなければ、日常生活を満喫できないと言っても過言ではない
だが、探そうにも、俺達のせいであるとは言え、通路が全壊しているのだ
取りに行こうにも、行くすべがない。完璧に詰んでいる
泣き面に蜂とでも言うのだろうか、不幸が度重なりすぎる
こんなふうに、思案していたらいつの間にか2時間目は終わっていた
休憩になると、この時を待ってましたと言わんばかりに、前の席の男が勢いよく、振り返って問う
「何があったんだ?」
返答に迷う、ほんとにそのまま話していいのか
恐らく駄目だろう
あの女はわざわざ人目を避ける場所まで案内して、治してくれたのだ。ここで恩に報わずに、変な噂を立て、仇で返すわけにはいかない
「頼み事されたんだよ。」
適当に嘘を付く
「何を?」
疑いかけるような目で問いただす葛城
「言わないとだめか?」
真剣な目で、これ以上の追求はやめろ、と諭す。
「わかった、わかったから、でもあの海原が話しかけるなんてな。どういう風の吹き回しなんだろうか。」
なるほど、なるほど海原というのか、覚えとこ
「ねえ、ねえ、何があったの?」
そんなに気になったのか、隣のクラスからわざわざ足を運んできた、野田が興味津々に尋ねる
「ばっばか、その話はもういいだろ。」
葛城がすかさずフォローするも
「はあ?なんでばかになるの?あんたに聞いてないし。」
喧嘩になりそうなので
「いつもは、どんな人なんだ?」
と聞いて話題をそらす
「いつも、読書しているイメージだな。」
「そうね。友達いなさそうだし。常に一人って感じ。」
ふ〜ん、そうなのか。孤独に生きるタイプか、価値観が合いそうだ。
恐らく、そういう人種は、秘密を誰にも話さず、隠し通す傾向にある
実際、俺も呪いの件を誰にも打ち明けてない
なら海原の秘匿を暴露しなくて正解だったのだろう
俺が会話に加わるのを辞め、自分の世界に没頭してしまったところ
「おい、神風はどうする?」
突然の問に
「何が?」
としか答えられず
「聞いてなかったのかよ、今日は異空間に行くかどうかだ。そもそも入れるかどうか怪しいけどな。」
呆れ顔で、1から説明してくれる葛城
「多分、通れないぞ。」
行きたい気持ちはもちろんあるのだが、冷静な判断を口にする
「だよな〜」
「だよね~」
結局、術がなく、やむなく断念し、今日は行かないことに決定した。