プロローグ
キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン
学校のチャイムが鳴るや否や
下駄箱に向かって転がるように階段を駆け降り
無駄が一切ない手付きで上靴から外靴に履き替え、正門に向かう
門の公務員の「危ないぞ」という声を置き去りにし
学校からの境界を抜ける
腕につけたストップウォッチに目をやる
ベルがなってから
50秒
悪くない
だが、帰るまでが遠足というように、家につくまでが 帰宅部 なのだ
迷うことなく足のケイデンスを上げる
目の前の角を曲がると長めの下り
その前までになんとかエンジンをフル回転にしたいというわけだ
そんなことを考えているやいなや
角に差し掛かる
誰から聞いたのか忘れたが、野球選手によると
二塁めがけて走るとき、わざと外に膨らんでから一塁を踏むらしい
それは早いスピードで急に直角に曲がるには、スピードを落とす必要がある
しかし距離は増すが、足の軌跡を膨らませ
余裕をもたせることで、全速力のまま方向転換できるってわけだ
その知識を存分に使って
難なく、いやむしろ凡人よりも華麗に角を捌く
そして下り
正直下りは頭を働かせなくていい
重力に身を任せ無理矢理足を進めるただそれだけだ
注意点としては、決して恐れないことだ
ある意味自分に潜む臆病と戦うことかもしれぬ
それに勝ったものだけが新たなステージに進めるのだ
そして最大の難所
その名も 信号
これはどれほど戦略を巡らそうと、工夫を凝らそうと
結局運ゲー
タイムを競う競技において
運ゲー要素はできるだけ排除することが鉄則
確かに過去に学校と家を結び信号を使わないルート
を思案したことがあるのだが
遠回りすぎて論外
それならば赤信号に捕まって
手をしゃぶって待っていたほうが
幾分マシということだ
だがそれでも諦めることができなかった俺は
あらゆる信号の赤と青の点滅時間を計測し統計
4時半 つまるところ俺が通るであろう頃合いに
青となっている確率の高い信号を選び取ったわけだ
つまるところ
赤信号なら死
青信号をなら神回というわけだ
遠目にお婆さんが信号待ちで佇んでいるのが見える
今、赤であることが確定した
速度落として体力温存するか迷った
だが長年の感が青にかわると、そう言っている
俺はその直感を信じ、更に一段加速させる
予想は的中
一切スピードを緩めることなく
白黒模様をかけ走る
ここで俺は大きな確信を得た
これなら行ける
自己最速タイムを叩き出せるのだ
とっくに限界を迎えていたはずの足が自然と加速する
最後の角を曲がり
ラストの直線 顔を上げると手が届くところに待ち望んだ自宅の扉があるのだ
俺は一切の迷いもなくその扉に駆け込んだ
「くっっ、、、痛ってえええ、、、」
目に薄っすらと涙を浮かべる
ゴールテープを前にして、躓いて盛大に転んだのだ
断っておくが
痛みに耐えられず泣いてるわけなどでは決してない
タイムが更新できなかった悔し涙なのだ
靴を投げ捨て
冷蔵庫まで一直線
マイカップに水を注ぎ、氷を溢れんばかりにいれる
間髪入れずに飲み干す
フー と一息
うん、やはり全力疾走後はキンキンに冷えた水に限る
さあ一息ついたところで、突然だが自己紹介といこう
俺の名は草凪神風
ついさっき俺の帰宅を披露したばかりだが
俺は、帰宅こそが学校生活の醍醐味とし
青春をすべて帰宅に費やし、これからも費やしていくつもりである。
他人によると変わっているらしいく
「そんなに走らなくても」だとか
「ゆっくり帰りたい」だとかと、ほざく
学校から一刻も早く立ち去り
心置きなく、くつろげる我が家が大好きな俺にとって
他人の言葉にはとても理解に苦しむ
まあこんなわけで
部活だとか放課後の打ち上げだとか
そういう、いかにも青春イベントを尽く避けてきた俺にとってほぼ友はいない
まあ正直大人数で群がるだけで、ダラダラ日々を過ごすくらいなら
趣味に打ち込むほうが断然有意義だ
そう思い込むことにした
さて、息が落ち着いたところで
先程の趣味に打ち込むとしよう
幼き頃はゲームにアニメ、漫画とやらを無我夢中に貪っていたわけだが
少し飽きてきたわけで
最近は意外にも思われるかもしれないが
自転車にハマってしまったのだ
経緯は
タイム更新へのさらなる飛躍を夢見、
体力向上を目的にランニングを始めたわけだが
とても疲れるうえに、行ける距離はせいぜい見渡せる範囲
もっと楽しく練習に励めないかと思案したところ
自転車に行き着いた
体力をつけながら、街をまたいであらゆる場所に行ける、そこに魅力を感じたのだ。
また、自らの足で目的地に着いたときの車や電車では味わえない達成感が
言葉の表しようもなく素晴らしく
沼ってしまったというわけだ
そんなわけで表に出て
カバーを剥ぎ取り
マイ自転車を取り出す
使っているのはロードバイクってものに属するやつである
正直、自転車の性能や良し悪しが全くわからない俺はカッコイイと直感で思ったやつを手に取った
だが後悔は一切ない
むしろ、これまでの児童用の自転車と比較し
ペダルの軽いったら軽いこと
少し踏むだけでぐんぐん進む
これもまた沼った要因の一つであると言えよう
後輪のチェーンを外し
水筒とスマホを定位置に装填し
自転車にまたがる
そして勢いよくペダルを踏み出した
いくつかの角を曲がり
信号を渡り
土手を下り川沿いの道に行く
僕の街には南に海が
そして南北を貫くように川がある
川沿いの道路が綺麗に舗装されていて
存分に飛ばすには、もってこいの場所なのだ
光を反射し黒くテカテカした道を、風を切るように進むのが
とても心地が良い
日光と風を全身で浴び
生を謳歌してるって感じがする
今日は平日なので歩行者や対抗者が少ない
少し飛ばし過ぎでも構わないだろう
ギアを一段階上げる
さて目的地までは、まだ少しかかる
我が装備の説明といこう
先程述べた水筒てやつは
詳しく言うとスクイズボトルってやつで
本体を握り、空気の圧力で水を飲むタイプのやつだ
運動部なら大概知っているような気がするが
一番イメージしやすいのは
駅伝選手の給水シーンだろうか
片手だけで補給できるところが大きな利点で
自転車においても有効だ
俺はいつも愛用している
次にスマホ
ハンドルの根元付近に落ちないようしっかりと固定しただけのもの
特に別段、特別というわけでわないが
地図つまりカーナビとして使える
何度も通り馴染んでしまって退屈な道には
音楽を聞いて、暇を潰したりする。更には体力の限界を感じにくくする
まあそんな感じで楽しくやってます
そんなこんなで川沿いを通っていると
三つの支流に出る
それぞれにまた同様に道路が舗装され
行き先への可能性が広がっている
だがここで土手に上がり
信号を渡る
少し寄りたい場所があるのだ
いやむしろ寄るつもりだった
眼前には木々で覆われた、山がそびえ立ち、少し雲がかかっている
そこには神社があり
如何にも神聖な感じがする
神社の本殿に続く階段を前に、自転車を止め
水筒とスマホを回収
後輪にチェーンをつけ
階段を駆け上る
はあー
いやここ最近毎日通っているのだが、何度登ってもきつい
最近体力ついてきたと思っていたのだが
勘違いなのだろうか
きついものはきつく
辛いものは辛いままだ
結局なんとか頂上まで登りきる
本殿へと続く道を進む
神社の人、神主っていうんだっけ?
その人には悪いけど本殿なんて興味はない
参拝に来たわけでもなければ
交通安全のお守りを買いに来たわけでもない
本殿が行き先との方向が、あくまで同じだっただけで
俺の目的地は展望台だ
なので展望台へと続く道へと進行方向を変える
俺の独断と偏見でしかないが
参拝を主の目的とした人はごく少数なのではないかと
ある人はおみくじを
ある人は正月のお祭り気分を味わうことに
重きを置き 参拝をおまけにしているのではと
つまり、俺のような
別の目的で来るような人はいっぱいいるわけで 祟られるようなことは無いだろう
多分 恐らく多分
少し引け目を感じながら
展望台へと赴く
そこだけは木々がなくこの街周辺をいっぺんに見下ろせる
豆粒ほどの大きさの車が懸命に走っているのが見える
街の至る所を一度に把握できて
ここの統主にでもなったかのような気分を味わえる
俺はここが一番のお気に入りスポットにしている
気にいらない事があったり
辛いときがあれば
よくここに来る
そして街の風景をボー と眺めていると気持ちがどんどんやすらぎ
日々の苦痛を忘れられるのだ
こんな時間が心地良い
ずっとここにいたいと思うほどに
だが、今日は別件
今の俺は別に闇堕ちしている訳では無い
これまでの成果の照合とこれからの目標を定めに来たのだ
ここから見て南側
つまりこの神社から海までの陸地は
昨日まで 余すことなく踏破したと言えよう
逆に北側
つまり川の上流方面は
ほぼ手つかず、未踏と言っていい
知らぬところを探索するのは
ワクワクするが
迷う危険性や予知できぬ自体に遭遇する
なので、それ相応の準備がいる
まずはゴールを見定めること
到着地点がわからずがむしゃらに進むのは
真っ暗闇の中で方向感覚を失うのと同じこと
目的地があるだけで
路頭に迷う可能性が格段に減り
不安も、ある程度払拭される
なので目印となる建物がないかと見て回る
だがあまり良く見えない
こんなときにこそ、展望台の設備を使わなくては
ここには100円を入れれば
望遠鏡を使える青くてごつい装置があるこれが有能
確かに拝見料を取られると考えると
後ろめたい気がするが
遠いところまでくっきり映し出され
道路の濡れ具合
渋滞状況までもが把握できる
裸眼では到底無理な情報を得れることを考慮すればむしろ安いだろう
本題に戻り目印を探す
入り組んだ住宅地よりも
ほぼ直線の土手を通りたいので
川沿いに焦点を当てる
うーんいいのが見当たらない
どうしようかと迷いながら
更に北の方を探す
何本か橋がかけられ、
そこに一つだけ何かが違う気がした
他のより少し明るい色がするのはそうだが
なんとなく雰囲気が違う
もうとうに望遠鏡の限界値だ
無理やり目を凝らしてみる
薄灰色っぽくて、、、木製か
多分違和感の正体は木製の橋なのだろう
決まりだ
これが真実かどうか確かめることも兼ねて
今日の目的地としよう
いずれこの光景一体を踏破する
第一幕としてふさわしいだろう
自分の決心に自己満足し
相棒(マイ自転車)を取りに戻るため
もと来た参道を戻る
心躍るように軽やかなステップで
俺にとってのごく普通な日々が始まろうとしていた