Level.90 聴覚の良さ
Level.90 聴覚の良さ
メイジーと共に、冒険者ギルドを訪れると、そこには既に屈強な筋肉を付けた冒険者や、魔法使いの格好をした冒険者など、様々な服装の人物たちがひしめき合っていて、レイニーはその人たちの間を器用にすり抜け、掲示板の前までやってきた。メイジーもなんとか後を付いて来たようで、直ぐにレイニーの隣に並ぶと、掲示板に張り出されたクエストの内容を確認しながら、どのクエストに行こうか考えた。
「メイジーはどのクエストに行きたい?」
レイニーが声を掛けると、メイジーはとある一点を見つめているようで、レイニーの問いかけに数秒間、沈黙していた。
「あ…、ごめん。なんだっけ…?」
「メイジー、行きたいクエストがあるんじゃない?」
「え…と…、これ…。」
レイニーがメイジーの気持ちを汲むと、メイジーは少し言いづらそうにしつつも、掲示板の一番上にある、クエストの内容が書かれた用紙を指差した。レイニーもその用紙に目を向けると、そこには狼の魔物、グレートウルフの討伐と書かれていた。レイニーはメイジーは実は自分の記憶に結び付くから選んだのかと思った。
「うん。これでいいよ。メイジーはこれで大丈夫?」
「ん。なんかこれが引っかかるの。」
「!そっか。じゃあ、私クエストの受注で続きしてくるから、メイジーは冒険者ギルドの入り口で待っててくれる?」
「分かった。」
そういって、レイニーは受付嬢がいる受注カウンターに向かい、グレートウルフの討伐のクエストの手続きをしてもらった。メイジーが待つ、入り口に向かうとメイジーはレイニーと出会ったばかりの時のように、赤黒い髪の毛を隠すように、フードを深く被って、人が話しかけづらそうな雰囲気を醸し出していた。
「メイジー、お待たせ。さ、グレートウルフがいる街まで、行こうか。」
レイニーはメイジーの傍に寄ると戸惑いもなく、声を掛けてメイジーが馬車の停留所に向かおうとするのを止めた。
「メイジー。今日行く街は一度行ったことがあるの。そこまではテレポートで行けるよ。」
「テレポート…。分かった。」
レイニーはメイジーを路地裏まで手招きすると、人の目を盗んでテレポート結晶で、クエストを受けるための街まで飛んだのだった。一瞬で今回のクエストを受ける、シュッツガルドにやってきた。
メイジーはテレポートを使用したのが初めてだったようで、直ぐにシュッツガルドに着いたことに驚きを隠せずにいた。
「ね、すごいでしょ。」
「うん。あんな一瞬で…。」
メイジーの新鮮な反応にレイニーが嬉しくなっていると、メイジーは直ぐにフードを深く被り直して、グレートウルフがいるところまで急ごうと言った。
レイニーも先を走り出したメイジーに置いて行かれないよう、駆け出した。二人でシュッツガルドの街を抜けて、シュッツガルドの北に位置する遺跡群のある地域までやってきた。クエストの内容はその遺跡群に最近群れが住み着くようになり、近くの村で家畜が襲われるなどの被害が出ているようだった。そこで村の人からグレートウルフの討伐依頼が出た…ということらしい。レイニーとメイジーはクエスト内容を確認してから、グレートウルフがいないか、辺りをきょろきょろと見渡した。
そしてレイニーが先にグレートウルフの群れを発見した。
「メイジー。」
「…いた?」
「うん。あそこ。」
レイニーが物陰からグレートウルフのいる位置を指差すと、メイジーも息をひそめてその指差す方向を見た。そこには10体ほどのグレートウルフが遺跡群を闊歩していて、レイニーたちにはまだ気づいていないようだった。
「メイジー。行くよ。」
「うん。」
レイニーがメイジーの目を見て、合図を送るとメイジーもレイニーを見返して、二人で呼吸を合わせていちにのさんでグレートウルフの目の前に飛び出した。物陰から飛び出してきたレイニーたちにグレートウルフたちはびっくりしていたようだったが、すぐに遠吠えをして仲間を呼んだ。
「まずい…!仲間を呼ばれた!」
「大丈夫。仲間の位置は遠いと思う。直ぐには来ないから、来られる前にこいつらを倒す。」
「わ、分かった!」
レイニーが仲間を呼ばれたことをまずいと表現すると、メイジーが直ぐに武器を構え直して、グレートウルフたちを一掃していった。そして15分ほどでレイニーとメイジーはグレートウルフ10体を倒しきったのだった。
「レイニー、さっきのグレートウルフたちが呼んだ別の個体たちがこっちに向かってる。早めにここを離れよう。」
「えっ、ちょっと待って。グレートウルフの討伐証拠を取らないと…。」
レイニーは急いでグレートウルフの魔石を拾い集めて、直ぐに遺跡群を離れることにした。そして街までの森の中で、レイニーたちは息を整えた。
「ふう…。ここまで来れば安心…?」
「うん。グレートウルフの足音が聞こえない。だいぶ離れたから大丈夫。」
「そういえば、さっきもどうして仲間の位置とか分かったの?」
「足音が聞こえてきた。」
「えっ、だってだいぶ遠いんじゃ?」
「レイニーには聞こえなかった?」
二人で首を傾げて両者の言い分を整理していると、レイニーはジルビドからの話を思い出した。
「(もしかして、狼の血を持っているから、一般人よりも聴覚とか嗅覚に鋭いとか…?)」
レイニーがそう仮説を立てていると、メイジーのお腹がぐう…と切なく鳴いた。
「あはは!メイジー、お腹が空いたのね。ちょっと待っててね…。」
レイニーはメイジーのお腹が鳴いたことで先ほどまで考えていた仮説を一旦置いておいて、腰のポーチを探った。そして取り出した棒状のアルミホイルに巻かれたものを取り出した。
「それは…?」
「これは非常食っていうのかな。グラノーラっていう料理で穀物とドライフルーツと蜂蜜と油を少し使って作ったもので…って聞いてないね。」
レイニーが説明している間、メイジーの目にはグラノーラバーしか写っておらず、今にもよだれが滴り落ちそうなくらいになっていた。レイニーが苦笑いをしてメイジーにグラノーラバーを一本差し出すと、メイジーは直ぐにアルミホイルを取って、グラノーラにかじりついた。
もぐもぐと咀嚼しているメイジーにレイニーは"どう?"と感想を催促した。すると、メイジーは目を輝かせて、あっという間にグラノーラバーを食べ終えた。
「美味しかった。」
「ふふ、非常食だから、これからシュッツガルドの街に帰ってお昼ご飯にしようかね。」
レイニーもグラノーラバーを食べて、これはこれで非常食としては美味しいなと感じていると、メイジーはその間に森の方を真剣に見ていた。
レイニーがグラノーラバーを食べ終え、メイジーの方に行くと、メイジーは遺跡群の方を気にしていた。
「メイジー、どうかしたの?」
「…ううん。なんでもない。ギルドに報告に行こう。」
遺跡群の方から視線を外して、メイジーは森の中を走り出した。レイニーは少し後ろ髪引かれる思いで遺跡群の近くの森からシュッツガルドまで戻ってきたのだった。
「冒険者ギルドでクエスト報酬とか受け取ってくるけど、メイジーはどうする?」
「私は…」
レイニーとメイジーが何気なく話をしてシュッツガルドの冒険者ギルドに立ち寄ってクエストの報酬金を受け取る手続きをしようと、ギルド内に入る中は人で溢れていた。
ドンッと誰かがメイジーの肩に当たって行き小さく舌打ちをしてからぶつかった相手は何事もなかったかのように通り過ぎて行ったが、メイジーの方はぶつかった力が強かったのか、座り込んでしまっていた。先ほどの衝撃でフードは外れてしまい、メイジーの赤黒い髪の毛と金色の瞳が顕になった。
「メイジー!大丈夫?」
「う、うん…。あいつ謝りもしなかった…。」
「冒険者にはああいう奴もいるのよ…。無視するのが一番よ。」
レイニーたちがそんな話をしていると、メイジーの後ろでバサバサッと紙が地面に落ちる音がした。レイニーたちがその音の方を見ると、ギルドの職員だろうか、ギルド職員の制服を着て、先ほどまで手にあったであろう、書類が床に散乱してしまっていたので、レイニーは慌てて駆け寄り、"大丈夫ですか?"と声を掛けると、そのギルド職員の男性はハッとして、直ぐにしゃがみ込んで、書類をかき集めた。
粗方の紙が集まったところで、職員の男性はレイニーの隣にいるメイジーに視線を向けた。
「やっぱり…メイジーだ…。僕のこと、覚えてるかい?ツイルだよ!」
「…?だ、誰…?」
「!!」
「すみません。ツイルさんと言いましたね。少し話を伺いたいです。1部屋用意していただけますか?」
「あっ、突然すみません…。訳ありなのは分かりました。直ぐに部屋を用意します。お名前を聞いても?」
「プラチナランク冒険者のレイニーです。」
「プラチナランクのレイニーさん!?またすごい人がこの街に来てるだなんて…。っと…、部屋でしたね。少しお待ちください。」
そう言ってツイルという男性ギルド職員は受付カウンターの奥に向かい、しばらくすると戻ってきた。
「ギルド長室の隣の空き部屋でよろしければ。どうぞ。」
「ありがとうございます。」
レイニーたちはツイルの案内でギルド長室の隣の空き部屋に入ると、そこには簡素なテーブルと椅子が4脚置いてあるだけだった。レイニーたちが席に着くと、ツイルは話を始めた。
「あの、やっぱりそこのフードの女性…、メイジー…メイジー・ローザリカですよね?」
「ええ。彼女のことを知っているように思えますが、どう言ったご関係か教えていただけますか?」
「えっと、昔一緒にパーティーを組んでいたんです。その時パーティーメンバーにメイジーはいたんです。」
ツイルが話し始めることにレイニーの隣に座っていたメイジーは次第に手が震えてきていた。そんなメイジーの手を握ってあげると、レイニーはメイジーに笑いかけた。"大丈夫"と言っているような優しい笑顔のレイニーにメイジーはツイルの話をしっかりと顔を上げ背筋を伸ばし、話を聞いた。




