Level.89 記憶の解放
Level.89 記憶の解放
レイニーが冒険者ギルドを訪れると、ジルビドから事前に連絡が回っていたのか、職員がレイニーに気付くとすぐにギルド長室へと通されたのだった。コンコンコンとノックをしてから、部屋の主であるジルビドの返事を聞くとレイニーはギルド長室へと入った。
「レイニーくん、手紙を受け取ったみたいでよかった。直ぐに来てくれたこと、感謝するよ。」
「いえ。それで…私に会わせたいという人は…?」
レイニーが部屋に入ってジルビドの勧めでソファーに腰かけると、ジルビドは脇に控えていた補佐官のハルストに目配せをして、この部屋から出て行った。
やがて二人の人物を引き連れて帰ってきたハルストにレイニーは首を傾げた。一人は真っ赤なフード付きのローブを着ており、表情は読み取れず、もう一人は足が悪いのか、車いすに座っている老婆だった。
「レイニーくんに会わせたかったのはこの二人だ。アイリーン様、自己紹介を。」
「あなたがプラチナランクのレイニーさんだね。私はアイリーン。この通り、足を悪くしている老婆さ。少しばかり知識があってね。この子のことをあなたに頼みたくてね。ほら、自己紹介をしな。」
「……メイジー。メイジー・ローザリカ。よろしく。」
車椅子に座っている老婆はアイリーンという名前らしく、優しそうな目元は細められ、少しばかりレイニーは自分を試されているような視線を感じた。アイリーンの隣にいた真っ赤なフードローブの人物はぱさっとフードを取ると、その下にはローブと同じような赤黒い髪の毛に日中でもきらりと光り輝く金色の瞳があった。メイジーと名乗った人物にレイニーが凝視していると、彼女は直ぐにフードを被り直した。レイニーはそんな彼女の言動にハッとして直ぐにジルビドに視線を移すと、ジルビドは頷いて話をし始めた。
「今回レイニーくんを呼んだのは、ここにいるメイジーくんの記憶を取り戻す手伝いをしてほしいんだ。」
「記憶を取り戻す手伝い…?」
レイニーがオウム返しで言葉を返すと、ジルビドはコクリと頷いた。そして事の発端についてアイリーンから話があるようだった。
「この子はね、自分の記憶を失っていてね…。この国で彷徨っているところを私が保護したんだよ。この子からは異様な気配がしてね。」
メイジーは自分の話をしているというのに、興味が無さそうに無言を貫いていた。そんなメイジーにレイニーがちらっと見ると、直ぐに隣に座るアイリーンに視線を戻した。
「何故私がメイジーさんの記憶を取り戻す手伝いの要員に選ばれたのか、お聞かせ願えませんか?」
「それはね…。少し本人には酷かもしれないけど…、この子は恐らく魔界にいたことがあるんだ。」
「!魔界に…。捕虜としてですか…?」
「それが分からないんだよ…。どういう経緯で魔界に連れ去られ、そして戻ってきたのか…。その調査をレイニーさんにお願いしたいんだ。」
「そういうことですか…。分かりました。私にできることがあれば、少しでも協力します。今日のところは一旦解散でもいいですか?」
「ああ。急に呼び出して済まないね。明日から彼女と行動を共にしてもらえるかな?」
「はい。分かりました。」
レイニーはコクリと頷き、ハルストがアイリーンとメイジーを連れてこの街の宿屋まで送り届けに行ったのを見送ってから、レイニーはジルビドのいるギルド長室に残って、ジルビドをぎらりと睨んだ。
「ジルビドさん、本当はあの子の素性を知っているんじゃないですか?」
「…やはり分かっていたか…。すまない。彼女の前で全てを話すと魔界に連れ去られたことがトラウマの引き金になるかもしれないと踏んだからだ。」
「トラウマの引き金…?」
「ああ。彼女はなんらかの事件に巻き込まれ、魔界に連れさられ、そして…、人間に狼の血を混ぜられて作られた人造人間。ホムンクルスではないかと私とアイリーン様は考えている。」
「ホムンクルス…。狼の血…。あっ…。私が一度狼を操る魔女と戦ったことがあるから、その縁で彼女の記憶を解放する手伝いをすることになったんですか?」
「察しがよくて助かるよ。そういうことだ。レイニーくんには面倒を掛けるかもしれない。だが、メイジーくんが自分の生い立ちを考え、そして受け止めるまでどうか力を貸して欲しい。」
「……狼の魔女にはいい思い出はありません。メイジーさんは何も悪くないので、そんな彼女に重荷を背負わせるのはどうかと思いますけど…。でも彼女と同じ思いを他の人にしてほしくないのも事実…。私の力で良ければ彼女の手助けをしたいです。」
「そういってくれると思ったよ。これからはよろしく頼んだよ。一緒にクエストをこなしたりしてコミュニケーションを取れば彼女も心を開いてくれるはずさ。」
そういってジルビドは苦笑いをしながらもレイニーに"頼んだ"と頭を下げたので、レイニーは任されてしまったからには、メイジーが苦しまない程度に記憶の解放の手伝いをしようと思ったのだった。
――――――
そして翌日。昨日レイニーがモヤモヤした気持ちを払拭するために作った料理を朝食にして、ザルじいと食べていると、1階のお店の玄関のベルがちりんちりんと鳴った。
「こんな朝早くに誰じゃろう…。」
「私が見てくる。」
朝食の時間にやってくると言えばリトぐらいなので、レイニーは特に警戒もせずに玄関の扉を開けた。するとそこにはお腹を空かせたリト…ではなく、昨日出会ったばかりのメイジーが立っていた。
「メイジーさん!?どうしたんですか、こんな朝早くに…。」
「…昨日ジルビドという人からあなたの家の場所を聞いた。直ぐに私の記憶の解放の手伝いをしてほしい。」
「ジルビドさんめ…。まぁ、そんな焦らなくてもいいと思う。まずは家の中に入って頂戴。朝ごはんは食べた?今私たち朝ごはんを食べていたの。」
「朝ごはんなんて食べてない…。時間の無駄。」
そうきっぱり言ってのけたメイジーにレイニーは口をあんぐりと開けた。この世の中に食事の時間を無駄だと言っていた人物に会ったのは初めてだったので、レイニーはびっくりした。
「そんなこと言わずに。私が作った料理は美味しいから。」
「……なにこれ。」
レイニーが家の中にメイジーを招き入れると、朝食を食べていたリビングまで案内し、今自分たちが食べていた朝食の席に座らせた。そして目の前に料理を盛りつけた皿を置くと、メイジーは不思議そうに首を傾げた。レイニーがメイジーの前に出したのは、カリカリベーコンと一緒に焼いたとろとろのスクランブルエッグだった。今日の朝食はレイニーの希望で洋食をメインにしていたのだった。
「それはスクランブルエッグ。卵料理だよ。とろとろふわふわで美味しいよ!食べてみて!」
レイニーがそういって笑顔でスクランブルエッグを食べるように促すと、メイジーはレイニーからの視線と隣に座って新聞を読んでいるザルじいを交互に見ると、目の前に置かれたスプーンを手に取り、スクランブルエッグとそっと掬った。そしてゆっくりと口に運ぶと、もぐもぐと咀嚼した。
「どう?美味しい?」
「……美味しい。」
レイニーの催促にメイジーは悪い顔一つせず、目の前のスクランブルエッグの美味しさにびっくりしているようだった。パクパクと口にどんどん運んでいるメイジーの食べっぷりにレイニーは嬉しくなった。そんなメイジーの反応をもっと見たくなったレイニーは少しずつ料理を目の前に出して、"食べてみて"と促すと、レイニーの料理は美味しいと記憶が刷り込まれたのか、次々と料理を口にしていき、昨日レイニーがストレス発散で大量に作った料理たちを平らげて行った。あまりにも勢いよく減っていく料理たちにザルじいも驚いているようだった。沢山の料理を食べることができて、メイジーは満足した様子で、溜息を一つ吐いた。
「ごちそうさまでした。」
「はい、お粗末様でした。あんだけ作ったのに、もうほとんど料理が無くなったよ。すごいね、メイジー。」
レイニーが何気なくメイジーのことを呼び捨てで呼ぶと、メイジーはぴくりと反応した。レイニーはそんな些細な変化にも気付いて、直ぐに訂正した。
「ごめんなさい、メイジーさん。少しでもお腹が満たされたなら、よかったよ。今食器を片付けてくるからその後で、冒険者ギルドに行って今日のクエストを選びに行きましょう。」
「メイジーでいい。レイニー。」
「!!分かった。よろしくね、メイジー。」
レイニーが気を遣って直ぐに訂正したことが気になったのか、メイジーは呼び捨てで呼ぶことを承諾したようで、レイニーのことを呼び捨てで呼んでくれたので、レイニーは嬉しくなった。レイニーの料理を食べた後は、レイニーとザルじいが食器を片付け、その間にメイジーはレイニーの部屋で、待っててもらうことにしたのだった。
「メイジー、ごめんね、ちょっと遅くなっちゃって。」
「ううん、大丈夫。逆に私ご飯を沢山食べたのに、何も恩返ししてない。」
「そんな気にしなくて大丈夫だよ。今日食べてくれた料理は昨日作りすぎちゃったものだから、どうせ食べられないなら、リトの…えっとご近所さんにお裾分けしていたの。」
「…そう。じゃあ、冒険者ギルドに行く?」
「ええ。今防具の準備をするね。」
レイニーはメイジーの前でスリーピングアウルから作った防具を装着し、腰のポーチの中身を確認してから、冒険者ギルドに向かったのだった。




