Level.87 迷いの森
Level.87 迷いの森
レイニーたちが約束の時間を過ぎて皆の元に戻ってきたのにはもう一つ理由があった。それは小人の面倒を見ながらスルバが話してくれた、フロレンティアの隣にある迷いの森のことだった。
「迷いの森の様子が変…?」
「はい。小人たちの数の管理も私がしているのですが、数日前に小人が迷いの森に行ったきり帰ってこないことがありまして。探しに行こうにもあそこは霧深い森なので導き石が無ければ不用意に近付いてはいけないのです…。私は小人の帰りを待つことしかできませんでした…。数日して小人が帰ってきたのですが、様子がおかしくて…。」
「様子がおかしいとはどのように?」
「仲間の小人に暴力を振るったり喧嘩をするようになりまして…。平穏だった小人たちの楽園のこのフロレンティアで不和が広がり始めているんです。」
「暴力や喧嘩…。迷いの森で何かがあったことは確実ですね。」
「それでプラチナランク冒険者だというレイニーさんの腕を見込んで頼みがあります。」
「迷いの森の調査ですかね…?」
「!はい。どうかこのフロレンティアのため、小人たちのためにもよろしくお願いします…。」
レイニーがスルバの言おうとしていることを察して先に言葉にするとスルバは少し言いづらそうにしつつも、レイニーに頭を下げて頼み込んだ。そんなスルバの姿勢に隣で話を静かに聞いていたナシュナがレイニーのワンピースの袖口をきゅっと掴んだ。レイニーがナシュナを安心させるように微笑んでその手を取ると、レイニーはスルバに向き直った。
「その依頼、プラチナランク冒険者のレイニーが受けます。細かい話はフロレンティアの冒険者ギルドで手続きを踏んでもらうことになります。私の方からギルドに行って手続きをしますので、スルバさんは小人さんのお世話をお願いします。」
「!ありがとうございます!私にできることは花の世話と小人たちの数の管理だけ…レイニーさん、よろしくお願いします。」
「はい、任せてください!」
こうしてレイニーはスルバから迷いの森の調査依頼を受けたのだった。そのこともあって、水車小屋から出てくるのが遅くなり、リトに説教される羽目になったのだった。
――――――
青空の下でレイニーたちはようやく楽しみにしていたお弁当の時間になり、広場に敷いたシートの上でレイニーとザルじいがあーでもないこーでもないと試行錯誤を繰り返して作り出したピクニック弁当を広げた。
お弁当の中身はメインの唐揚げ、ハンバーグ、コロッケ、副菜にもポテトサラダやハニーマスタード和え、にんじんのラペ。悩んでいたおにぎりかサンドイッチはいっそのこと両方ということになり、おにぎりとサンドイッチでカゴバック1つを占拠することになったのだった。
「うーん!青空の下で食べるおにぎり最高!」
「俺の好きな肉料理がメインで嬉しいぞ!」
「にんじんがこんなに美味しいだなんて…!」
レイニーは幸せそうな表情でおにぎりを頬張り、リトは大好きな肉料理の唐揚げやハンバーグを口いっぱいに頬張ってサンドイッチも両手に持っていた。
ナシュナは優雅ににんじんのラペを食べて、にんじん本来の甘さに驚いていたようだった。
ピクニックのお弁当を堪能したレイニーたちはその後みんなで花畑の散策に出掛けて花の香りや見た目に癒されてから、来た時と同じように馬車でピーゲルの街まで帰ってきたのだった。
「今日は楽しかったです!また来週!」
「青空の下で食べる料理があんなき美味いなんて知らなかった。今日は楽しかった。じゃ。」
馬車でピーゲルの街に帰ってくるとナシュナとシドはテレポート結晶でシュンッと一瞬にして帰宅し、ザルじいは馬を借りてた業者に返しに行き、レイニーはリトと共に家へと帰ったのだった。
「今日は美味しい料理をありがとな、レイニー!またクエストも一緒に行こうぜ!またな!」
「うん、ありがとう、リト。またね!」
レイニーは来た道を帰るリトの背中を見送って家の中に入ると、カゴバックの中身を取り出して空になったお弁当箱を洗い、ワンピース姿からいつもの部屋着に着替えていると、馬を厩舎に返してきたザルじいも帰ってきて、2人でコーヒーブレイクをして、ピクニックの一日が終わったのだった。
――――――
次の日。木曜日。
レイニーはフロレンティアのスルバから正式な依頼として迷いの森の調査をすることにした。冒険者ギルドでその手続きをしていると、レイニーの背後からにゅっとリトが顔を覗かせてきた。
「なーにしてんだ?」
「わっ!びっ…くりした…。なんだ、リトか…。びっくりさせないでよ…」
「そ、それは悪い…。んで?迷いの森の調査に行くのか?」
リトはレイニーの手の中にあったクエストの発注書を見て、内容を確認すると、フロレンティアの隣の迷いの森のことに興味を示しているようだった。
「そうなの。ちょっと人に頼まれて迷いの森での異変を調査することになってね。リトも一緒に来る?」
「えっ、いいのか!俺も迷いの森の最近の不穏な噂を聞いてて調査依頼が出たなら行きたいと思ってたんだよ!」
「それなら話は早いね。迷いの森には導き石が必須。リト、ちゃんと持ってる?」
「ああ。ポーチに入ってるぞ。」
リトは腰のポーチから導き石が付いたネックレスを取り出してその場で身につけた。その間にギルドの職員が依頼の手続きを済ませたようで、いつの間にかレイニーの隣にやってきていたリトに気づくと"同行者ですか?"と聞いてきたので、レイニーが頷くと、職員は発注書に同行人のサインを要求してきたので、リトがその名前を書くとギルド職員に"お気をつけて"との一言を貰って、レイニーたちは正式に迷いの森に行くことにした。
迷いの森はフロレンティアの隣なので、レイニーたちはまずフロレンティアまでテレポート結晶で飛び、そこから徒歩で迷いの森まで行くことにした。
迷いの森に近付くに連れて、次第に霧が濃くなり、迷いの森の入り口に辿り着くと、そこは既に霧深い森になっていた。
「リト、導き石を用意して。」
「ああ。」
「私は精霊2人を出して魔力感知をするから、リトは導き石の揺らめきを見ててね。」
「了解!」
長年のコンビネーションで役割分担をすると、レイニーはパンパンッと手を2回叩くと精霊のフーカとミナが出てきた。
「主人様、この森、不穏な気配を感じます。」
「魔力感知を開始しますか?」
「ええ、2人ともお願い。」
2人の精霊の力も借りつつ、レイニーたちは慎重に迷いの森の中を進んだ。森に入って15分経った頃、レイニーの前を飛んでいたフーカが何かを感知した。
「主人様、この先にはオークの気配がします。」
「そうね…この魔力ならそれほど大きな個体では無さそうだけど…。リト、戦闘準備をして。」
「オッケー!」
リトはネックレスの導き石から手を離すと双剣をシャキンッと抜刀して戦闘体制になった。
レイニーもその様子を見ると槍を構えて魔物であるオークの気配がする方に少しずつ近付いていった。
この霧の中では数メートル先の木々まで見えないので、レイニーたちは慎重に霧の中を進み、オークに近付いた。フーカとミナが戦闘体制になったのを見て、レイニーとリトは顔を見合わせて、頷くと雷の一閃と炎華一刀両断を発動した。
レイニーとリトの攻撃の衝撃波によって少しだけ霧が吹き飛び、オークの姿を視認することができた。レイニーたちの放った攻撃は見事にオーク2体にクリーンヒットし、その攻撃力の高さからさほど強くないオークたちは光の粒子になって四散した。レイニーたちが霧に紛れて急襲したことで、オークたちは混乱し、霧深い中で、お互いにぶつかり合ってモタモタしている間にオーク1体を残して、10体ほどのオークを2人は倒すことができた。
「よし、それじゃ、コイツから何か情報を聞き出すか。」
「主人様、この位置から程近くに禍々しい魔力を感知しました。その場所に向かうことを推奨します。」
「禍々しい魔力?リト、私その魔力の所に行ってくるから、オークからの情報収集よろしくね。」
「了解。ある程度聞き出したら倒して直ぐにレイニーの方に向かう!」
「ありがと。」
そう言うとレイニーは精霊2人と一緒にフーカが感知した禍々しい魔力の出どころに向かった。
霧の中を進むとレイニーも次第に肌に感じる不穏な気配に鳥肌が立ってくると、その場所には魔界に通じているであろう、転移魔法陣があった。
「どうしてこんな所に転移魔法陣が…?」
「これはあのオークたちが通ってきたもので間違いなさそうです。この転移魔法陣を断ち切れば、迷いの森の脅威は去るかと。」
「そうね。壊しちゃえば魔界側からこっちにくることは出来なくなるはず…。よし!」
レイニーが意気込んで槍を上段に構えて魔力を貯めると雷の鉄槌で転移魔法陣を叩き割った。パリンッという音と共に粉々に割れた転移魔法陣を確認すると、レイニーはふぅっ…と息をついた。そのタイミングで霧の中からレイニーを呼ぶ声が聞こえた。
「リト!こっち!」
「あ、レイニー発見。良かった、合流できて。オークの方からは重大な情報を聞き出せたよ。レイニーの方は何があった?」
「お二人の話を聞くのは街に帰ってからでも、良さそうです。この辺りに脅威になる魔物の魔力は感知されてません。霧の中では対応も遅れます。一旦街へ帰還することを推奨します。」
「ありがとう、ミナ。リト、ミナの言う通り、この森に長居するのは危険だよ。街へ戻ろう。」
「おう、了解!」
ミナとフーカの魔力感知に何も引っかからないことを確認した2人はテレポート結晶でまずはフロレンティアに戻ることにしたのだった。




