Level.73 年末の特別感
Level.73 年末の特別感
お雑煮を作った後は簡単な砂糖醤油の食べ方だったり、ピザトーストならぬピザ餅を作るとシュリーはそれが気に入ったのか、ピザ餅をいっぱい食べたいとレイニーに所望してきた。シュリーの希望を叶えつつ、レイニーはお汁粉という小豆を甘く煮たあんこを使って作る料理を紹介した。だが、ナシュナの家に滞在しているうちにあんこを作ることが出来なさそうなので、後日ザルじいに頼んで一緒にあんこを作って郵送するから待っててくれ、と頼んでおいた。
お餅料理のレパートリーが増えたことでシュリーはレイニーの手を取ってぶんぶんと上下に振った。
「レイニーちゃん、今日はありがとうね!これでお餅を美味しく食べ切ることが出来そうだわ!後でギリーにもピザ餅を持って行かないと!」
そう言ってシュリーはるんるん気分で追加のピザ餅を準備し始めた。レイニーは今日の夕方にはピーゲルの街に帰ってザルじいとおせち作りをしなくてはいけなかったので、レイニーは厨房からお暇することにしたのだった。
部屋で帰る支度をしていると部屋の扉をコンコンコンとノックする人物がいた。
「?はい、どうぞ。」
「レイニー。」
「あれ、ナシュナ?どうしたの?私厨房に何か忘れ物したっけ…?」
レイニーが入室の許可を出すと現れたのはまだ割烹着姿のナシュナだった。レイニーはなぜナシュナが自分の部屋にやってきたのかその理由が分からなくて、自分の荷物を確認して忘れ物がないことを確かめていると、ナシュナは一つの紙袋を差し出した。
「これは?」
「うちのもち米で作ったお餅ですよ。父から餅つきの手伝いをしてくれたお礼だということで。」
「ああ!お餅!こんなに沢山もらっちゃっていいの?」
「ええ。私たちだけでは毎年食べ切るのが大変だったので…。レイニーが今回持ち帰った分だけでは足りないようでしたら一報いただければすぐにレイニーの家にお餅を届けます。」
「そこまで…、ありがとう!ナシュナ!」
「いえいえ、街の脅威であったスリーピングアウルを倒してくれたお礼も兼ねているので。」
「そういえば討伐してくれたからって言って素材はほとんど私が貰っちゃったけど…。」
レイニーはナシュナからお餅を受け取るとスリーピングアウルの素材のことを話題に出した。
「レイニーも冒険者ですし、ああいう魔物の素材は冒険者に渡した方が役に立ちますので。」
「良かった。私も防具の素材に使えるかなーって思ってたところだったの、ありがたい!」
そう言ってレイニーは貰ったお餅もトランクに詰め込むと、"さてと!"とトランクを持った。
「そろそろ行かれますか?」
「うん。ザルじいと一緒に"おせち"っていうお正月に食べる特別な料理を作らなくちゃいけないからね。手伝わないと。」
「おせち…気になるので年明けに是非教えてくださいね!」
レイニーはナシュナが相変わらずの料理脳に苦笑いをしていた。そして、ナシュナの家族が見守る中、レイニーはナシュナの実家の玄関まで見送ってもらい、テレポート結晶でシュンッと一気にピーゲルの街まで飛んだのだった。
レイニーがザルじいの待つ街外れの一軒家に着くと、外にまで角煮の匂いが漂ってきていた。
「ただいまー。」
「おお、おかえり、レイニー。」
「ザルじいただいま。今角煮、煮てる?」
「ああ、そうじゃよ。どうして分かったんじゃ?」
「家の外にまで角煮のいい香りがしてたもの。」
「そうなんじゃな。レイニー、帰ってきたばかりで悪いが、出来上がった料理たちを重箱に詰める作業をしてくれるかの?作るので精一杯で詰めるのを後回しにしていたら、だいぶ溜まってしまってな…。」
「分かった。今荷物置いて着替えてくるね。」
レイニーはザルじいから頼まれた仕事をするために冒険者としての装備を外し、部屋着に着替えてから、ザルじいが作業している厨房に向かった。手を洗って重箱の準備をして、レイニーはザルじいが作ってくれたおせち料理たちを重箱に次々と詰めていった。
栗きんとんに伊達巻き、黒豆…昆布巻きとメジャーなおせち料理が並び、レイニーはワクワクした。
「ザルじい、なんでポテトサラダがあるの?」
「ああ、わしの家ではおせちにポテトサラダがあったんじゃよ。」
「へぇ…、各家庭によっておせち料理って異なるよね。」
レイニーはザルじいが先ほど作ったばかりのポテトサラダを重箱に詰めた。
「じゃが…、数の子とかまぼこを作ることが出来なくて、残念じゃ…」
「両方とも魚が無いとダメだもんね…。数の子って魚卵だよね、新鮮なものじゃないといけないし…。かまぼこは魚のすり身だけど加工が大変そう…。」
レイニーはおせちの中でも数の子もかまぼこも食べる方だったので、その2つがないことに少し寂しさを感じるが、少し飲食店を営んでいるレイニーとザルじいからすればその2つを揃えるのは至難の業だった。そして、レイニーがザルじいの作った料理を全て重箱に詰め終えると、すでに時間は夕食の時間を過ぎていたので2人は遅めの夕食を取ることにした。
――――――
そして12月31日。年末年始は冒険者業も喫茶店の営業も休みにしていたのだが、レイニーはこの日もザルじいと一緒に厨房に立っていた。その理由は…。
「うーん!この甘い香り…、あんこを作ってるって感じがするなぁ!」
「豆だけはわしが厳選しておいたから、煮る作業だけじゃよ。」
そう、お汁粉を正月に食べるためにあんこを手作りしていたのだ。ザルじいはあんこの作り方も熟知しているようで、レイニーはザルじいの指示通りに動き、後日にナシュナにあんこのレシピを教えるためにしっかりとザルじいに付き添い、あんこ作りを学んだ。そして、鍋に張り付くこと数時間あんこが完成して直ぐに保存容器に移して冷やしておくと、お昼の時間になったのでレイニーとザルじいはお昼ご飯を食べることにした。
「今日は大晦日!ということは〜…?」
「ほっほ!やっぱり大晦日には蕎麦を食わんことには始まらんのう!」
2人はあんこ作りの傍ら、蕎麦も打っていたのだ。蕎麦粉はレイニーが蕎麦の実に似た植物を予め見つけていたので、それザルじいが石臼で挽いて作ったのだった。2人分の蕎麦を湯掻き、つゆを掛けて今回はとろろも乗せた。
「いただきます!」
2人で合掌して蕎麦を啜ると、蕎麦の実の風味が鼻を抜け、コシもあってとってもおいしかった。
2人でとろろ蕎麦を食べた後は食器を片付けて、レイニーは別の重箱に入れたおせちを持ってリトの家に行くことにした。
外は寒くレイニーは防寒着を着て、街の住宅街を歩いた。
そしてリトの家に着き、コンコンコンとノックをすると、中から人が出てきた。
「レイニー!どうしたんだよ、こんな年の瀬に…。」
「リトたちにおせち料理のお裾分け。私とザルじいが作ったものだから、食べて。」
「おせち料理?見てもいいか?」
「うん、どうぞ。」
玄関先でリトが重箱の蓋を開けると、そこには豪華な料理の詰め合わせが入っており、リトは目を輝かせた。
「こんな、豪華な料理貰っていいのか!?」
「うん。今年一年、リトにはお世話になったし…。来年もよろしくってことで。」
「ありがとう、レイニー!あ、そうだ、レイニー。明日の昼間って空いてるか?」
「ん?空いてるけど…。」
「明日アルシュッド王国のグレンの神社で"ハツモウデ"?っていうイベントがあるらしいんだ!レイニーも行くだろ?」
「!行く!ミトさんにも会いたいし!」
「よっし、じゃあ、明日の11時頃迎えに行くから。よろしくな!」
「うん、また明日!」
レイニーは初詣の約束をリトとして、自分の家に帰った。そして、ザルじいにおせち料理を渡してきたことを伝えると、ザルじいも喜んでいた。そして、レイニーもザルじいも元いた世界での大晦日にはすき焼きを食べていたということもあり、夕食は豪華にすき焼きを2人で食べることになった。
「今日ばかりは精肉店で高級肉を買ってきたからね!ザルじい特製の割下で食べるよ〜!」
「レイニー、野菜も忘れちゃいかんぞ。」
「分かってるよ!さぁ!お肉をじゃんじゃん入れて食べるぞ〜!」
レイニーはこの世界に来て初めて食べる高級肉の味に目を輝かせて、パクパクと食べた。割下が絡んだ高級肉はとても柔らかく、舌の上でとろけてしまうほどだった。他にも野菜をしっかりと食べて、レイニーは大晦日の夕食を締め括ったのだった。
――――――
そして時刻は0時になり、新年が明けた。
「明けましておめでとうございます、ザルじい。今年もよろしくね。」
「レイニー、明けましておめでとう。レイニーがやってきてからわしの人生も明るくなったわい、今年もこの老ぼれと暮らしてやってくれ。」
年が明けるまでリビングで時間を過ごしていた2人は年が明けた途端に土下座をして床に頭をつける勢いで新年の挨拶を交わした。




