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Level.72 故郷の味

Level.72 故郷の味

 レイニーがスリーピングアウルを倒した翌日。ナシュナの屋敷では餅つきの準備が進められていた。レイニーも朝起きるとナシュナやシュリーが割烹着姿でキッチンで作業しているのを発見し、連行されたのだった。

 レイニーも割烹着姿に変身し、ナシュナとシュリーのお手伝いをした。もち米を蒸すのが女の仕事、餅をつくのが男の仕事と分けられているようで、レイニーはナシュナと一緒にひたすらもち米を研いで研いで研ぎまくった。寒いアクイラの街での水仕事は手がかじかむほど冷たく過酷な仕事だった。だが、美味しいお餅を作るためにもレイニーは時折手にはぁーっと息を吹きかけながら、冷たい水と格闘しながらもち米を研いだのだった。

「レイニーちゃん。もうこれで最後のもち米よ。冷たい水仕事を頼んじゃってごめんなさいね。」

「シュリーさん。大丈夫です。美味しいお餅のためですから!」

「そういえば、レイニーちゃんの世界でもお餅は食べられていたのよね?」

「はい。お正月にはお餅を食べていましたよ。」

「それなら、お餅の美味しい食べ方とか知らないかしら?毎年食べているとそのうち飽きてきちゃうのよね…。」

「そうなんですね…、私の記憶にある限りですが、少しだけならお力になりますよ!」

「ありがとう、レイニーちゃん。さ、研いだもち米をナシュナが蒸してくれているわ。そっちの様子を見に行きましょうか。」

「はい!」

 レイニーはシュリーと一緒に火の番をしていたナシュナの元へと向かった。真剣な表情でもち米を蒸している火を見ているナシュナにレイニーとシュリーは顔を見合わせた。しーっと口元に人差し指を立てて邪魔をしないように厨房を後にすると、次に餅つき担当のナシュナの父、ギリガイアがいる玄関に向かった。

「ギリー。」

「シュリーか。レイニーさんも一緒か。今第一弾の餅つきが終わったところだ。レイニーさん、少し食べてみますか?」

「え、いいんですか?じゃ、じゃあ少しだけ…。」

 レイニーはギリガイアから一口サイズに抓られてちぎれたお餅を貰うと、口に運んだ。お餅独特のもちもちとした食感にレイニーは懐かしい気分になった。もっもっと喉に詰まらせないように慎重に味わいながら食べていると、キッチンからもち米を蒸してきたナシュナがやってきた。

「あ!レイニーったら、もうつまみ食いしているんですか!?」

「ナシュナ、お前も食べなさい。」

「わ、私はまだもち米を蒸す作業が…。」

「いいから。」

 ナシュナはボウルに入った蒸したてのもち米を臼に入れて、ギリガイアに促されるままにお餅の試食をした。レイニーと同じく喉に詰まらせないようにもぐもぐと食べていると、レイニーがナシュナの方を見て、"ね、美味しいでしょ?"と聞くとナシュナは口元に手を当ててこくりと頷いた。

 そんな風につきたてのお餅を食べながら、レイニーたちは大量のもち米をお餅にした。ナシュナも蒸す作業が終わったら、玄関でお餅をついているギリガイアの元にやってきて、皆でその様子を見ながら、つきたてのお餅の食べ方について談義していたのだった。

「(ああ…家族ってこんな感じだったっけ…。)」

 レイニーは家族総出で餅つきをするナシュナの家族の姿を見て、自分の元居た世界での家族のことを思い出した。餅つきはしていなかったが、家族総出で何かの作業をやることはたまにあった。餃子を皆で包んだり、パンを作ったり…。家族だからこその連係プレーも出来た。そんな家族の在り方を思い出して、気付けばレイニーは涙をほろほろと流していた。そんなレイニーに隣にいたナシュナが一番最初に気が付き、レイニーの背中を優しく撫でてくれた。シュリーとギリガイアも作業を中断してレイニーのことを心配してくれた。そんなナシュナの実家の優しさに触れながら、レイニーは小さな声で"家族に…会いたい…"と呟いた。次から次へと溢れる涙にレイニーは嗚咽混じりで泣いたのだった。

 ――――――

 昼間に餅つきを終えたレイニーは自分のために用意された部屋の天蓋付きのベッドで倒れ込んでいた。

「(ナシュナたちの前であんなに泣いてしまった…恥ずかしい…。でも、家族に会いたくなったのは事実だし…。)はぁ…。」

 レイニーがもう何度目か分からなくなるほどのため息を吐いてから体を起き上がらせたのと同時に部屋の扉がコンコンコンとノックされた。

「はい、どうぞ。」

「レイニー。」

「ナシュナ。どうしたの?」

 レイニーが中に入る許可を出すと、扉を開けて入ってきたのはナシュナだった。その手にはトレーがあり、お菓子も乗っているところを見るとナシュナはレイニーと夜の女子会を開こうとしているのだと気が付いた。

 ナシュナを部屋の中に招き入れてテーブルと椅子があるところに誘導すると、ナシュナは少し気まずそうにレイニーを見た。

「レイニー、あれから大丈夫ですか?」

「ん?ああ…、ちょっと家族のこと思い出して落ち込んじゃっただけだから。大丈夫。」

 レイニーはナシュナの持ってきたお菓子を見てルンルン気分だったが、ナシュナの心配を聞くと先ほどでベッドに倒れ込んで落ち込んでいたことを思い出してしまった。"大丈夫"と言いつつも、今のレイニーには心に影が掛かっていた。ナシュナはそれを心配してくれているのだった。

「大丈夫という言葉で片付けてはいけませんよ、レイニー。そのままにしておくといつか大きなしこりとなってレイニーを苦しめることになります。私で良ければ話はいくらでも聞きますから、どうか自分だけで抱え込まないでください。」

「ナシュナ…。ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えようかな…。」

 レイニーはナシュナからの真っ直ぐな言葉とその真剣な視線に観念してナシュナと一緒にベッドに腰掛けながら話をした。元いた世界での家族の話、その家族と離れ離れになってしまった時の喪失感や不安、餅つきでレイニーが感じた全てのことをレイニーはナシュナに話した。

 全てを話し終わった後には2人して涙をポロポロと流していて、ぎゅっと抱き締めあった。そして、涙の味がするクッキーをもぐもぐと食べてから2人は泣き疲れて眠ってしまったのだった。

 ――――――

 翌日。2人が目を覚ますと泣き腫らした顔でパンパンになっていて、2人で顔を見合わせて笑い転げてしまった。そんな賑やかで心に落としていた影が薄くなったアクイラで迎えた朝は清々しかった。

 泣き腫らした顔では家族に会いづらいナシュナのためにレイニーは執事に朝食を部屋まで運んでもらい、2人で用意された朝食を食べた。そして、冷たい水でよく顔を冷やして腫れを引かせてレイニーとナシュナはシュリーのためにお餅のアレンジレシピを教えるために厨房に向かった。予め執事を通してシュリーにはアレンジレシピを教えることを話しておいたので、レイニーたちがやってきたのを見てシュリーが割烹着で意気込んでいた。

「さ!レイニーちゃんからアレンジレシピを教わって来年の初めこそは飽きずに食べ切るわよ!」

 謎の意気込みを持つ母シュリーの姿にナシュナは苦笑いをしつつ、レイニーの作るお餅レシピが気になっているようでナシュナも元気よく"よろしくお願いします!レイニー!"と期待の眼差しをレイニーに向けていた。

 2人の期待を背負ってレイニーはシュリーから借りた割烹着に身を包み、早速お餅を使って料理を開始した。

 まずは定番のお雑煮だ。レイニーが住んでいた地域では白菜やこんにゃく、根菜などを入れる時もあったが、基本的にはだし汁を使うすまし汁テイストのお雑煮が主流だった。レイニーが住んでいた国では地域ごとにお雑煮といえど沢山の種類があることを話すとナシュナとシュリーは興味深そうに相槌を打ってくれていた。2人には野菜を切ってもらい、レイニーは出汁の準備をした。今回は昆布の出汁を使うことにした。そして3人で作り上げたお雑煮を食べてもらうとシュリーはその優しい味付けにホッと一息吐いた。

「これがレイニーちゃんの故郷の味なのね。こうして故郷の味を守ってるのはすごいことよ。そして私たちに教えてくれたことで更にこのレシピは広がることでしょう。レイニーちゃんの料理はいろんな人と繋がってるのね。」

 そう言ってくれたシュリーにレイニーは照れくさそうに頭を掻いた。そして自分のレシピが多くの人の心を癒し、ホッとする味になってくれればな、と思いながらレイニーは次なるお餅料理を作るべく、2人に"まだまだ作りますよー!"と言って元気が湧いてきたのだった。

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