Level.63 成功を収めたのち
Level.63 成功を収めたのち
そしてついに進呈式当日。レイニーは朝から厨房で進呈式後の会食の料理の準備を大勢の料理人たちに指導しながら、自分も料理をしていたのだった。
「あっ、その野菜はこうやって切ってください!そちらの火加減はどうですか?」
「レイニー嬢、当日までこいつらに指導してくれてありがとうな。俺も勉強になることが多くてこの歳になってわくわくしているよ。」
「モーゲストさん。今日は一日忙しいので私はヘルプみたいなもんですよ。さっ、会食まで時間がありません。急いで準備を!」
「おう!」
料理長のモーゲストに声を掛けてもらいながら、レイニーは厨房の中を忙しなく動き回った。そして進呈式が滞りなく終わったようで、レイニーも料理が完成しつつあるころ、メイドの一人がレイニーを呼んでいると他の料理人から言われて、厨房の入り口に向かった。
「どうしました?」
「レイニー様ご自身の準備もありますので、部屋の方へ参りましょう。」
「私の準備?えっ、ちょ、私まだ料理の準備が…。」
「レイニー嬢、後はこっちで練習してきたようにやるから、メイドたちに付いて行けばいいさ!」
「そ、そんなモーゲストさん!」
「頑張って来いよ~!」
レイニーはメイドに背中を押されて、半ば強制的に厨房を後にしてレイニーの宿泊している部屋まで戻ってきたのだった。そこでレイニーはコルセット地獄を見ることになった。
「いたたた~!もう苦しいですって!」
「もう少しです、レイニー様!はい、息を吸って~!」
「スゥ~!」
「今です!」
メイドたちにコルセットの背中の紐をこれでもかと締め付けられ、レイニーは苦しさと戦いながら、なんとかドレスに身を包んだのだった。
そしてメイド長の案内で、ドレスを着たレイニーが辿り着いたのは進呈式の会場だった。
「あ、あの、ここって進呈式の会場…。」
「レイニー様、どうぞ中に。」
「え、えぇー…。」
ここまで来ても説明がないまま、レイニーはメイド長に背中を押されて会場の中に入るとプラチナランクになったばかりのリトやライクスレイクス、キュリアと言ったメンツがレイニーを出迎えた。タキシードに身を包んだリトにレイニーは質問をした。
「ねえ、リト。どうして私も進呈式後の会食の会場にいるのかしら…。」
「それはクルエラ様に聞いてみないことには…。俺もさっき聞いたばっかでさ。」
そんな会話をしていると、会食の長いテーブルの一番奥にクルエラがやったきた。
「皆さまお待たせしました。これより進呈式後の会食の場とさせていただきます。今回の会食での料理はピーゲルの街にお店を構える喫茶レインの店主であり料理人のレイニー殿が監修された料理たちです。どうぞ、その味を堪能してください。レイニー殿、一言。」
「えっ、私!?」
レイニーは急にクルエラから一言を勧められて慌てたように立ち上がった。
「えっと…、ご紹介にあずかりました、喫茶レインの店長のレイニーです。今回の料理は私のいた世界での特別な場での料理のコースを組んでみました。どの料理も料理人さんたちが頑張って作りあげたものたちばかりです。どうぞ、お召し上がりください。」
レイニーがなんとか一言を喋り終えると、リトやキュリアから拍手が送られたので、レイニーはホッと一息を吐いて着席すると、会食の会場に続々とメイドたちが入ってきて料理を運んだ。レイニーはなんとかあの後モーゲストたちが料理を完成させられたんだと安心してレイニーは料理を並べてくれるメイドにお礼を言った。
そしてクルエラの乾杯の合図と共にレイニーもドリンクを一口口に入れてから、前菜のキッシュを口にした。
しっかりと生地の中まで火が通されたキッシュはしっとりとしていて、重量感のあるキッシュだった。上手くできてよかった…と安心していると、先日のグランドクエストでレイニーの料理を食べたことのあるメンツがパクパクと料理を食べているなか、クルエラに近い席の冒険者ギルドのお偉いさん方が料理に手をつけていなかった。
「クルエラ様、本当にこのような冒険者風情が作った料理など美味しいのでしょうか…?」
「何を言っている。レイニー殿の料理はこの世界とは違う料理ばかりだ。見慣れないのは仕方ない。だが美味しさに関しては私が保証しよう。」
「クルエラ様がそこまで言うなら…。」
そういって恐る恐るキャロットラペを口に運んだ重役はもぐもぐと咀嚼しているとカッと目を見開いた。
「お、美味しい…!これが人参だとは思えないほどの甘味を感じる…!」
一人また一人と前菜に手を付け始め、あっという間に前菜を完食したのだった。その様子を見ていたクルエラもリトも満足そうに微笑むと自分たちも残っている前菜を口に運んだのだった。
そして次に運ばれてきたのは、スープ、その次はリトが歓喜していた肉料理、そして魚料理と続き、最後のデザートのスフレパンケーキにいたってはそこらかしこから"柔らかい!"だの"とろけた!"だのその食感に驚いている声ばかりが上がり、レイニーは頑張って料理の監修をしてよかったと思ったのだった。
会食は問題なく最後まで滞りなく進み、会食後の雑談の時間では冒険者ギルドの重役たちがこぞってレイニーに先ほどの料理の感想とレシピをぜひとも自分の屋敷の料理人たちに教えてやってくれとのお願いをされるほどだった。レイニーがたじろいていると、リトやキュリアが助けてくれて、レイニーはホッと一息吐いたのだった。
会食が終わり、レイニーはメイドたちの手伝いもあり、なんとかコルセット地獄から抜け出して部屋でゆっくりして窓の外の城下町の様子を見ていると、じとりとこちらを見ているような少年と目が合った。
「(あの子…、こっちを見ている…?)」
レイニーが首を傾げてその少年を窓から見ていると、ふと少年の前を人が通り過ぎた一瞬で、少年は人混みに紛れて見失ってしまった。
「(なんか事情がありそうな顔だったな…)」
レイニーがそんなことを思いながら、フーカとミナと一緒に魔力感知の練習をしてハインツィアでの滞在が終わったのだった。
レイニーたちがピーゲルの街に帰ってくると、ザルじいが笑顔で出迎えてくれた。そしてハインツィアであった会食の様子を新聞社が聞きつけたようで、この国で発行されている新聞にプラチナランクの冒険者たちの名前と一緒にレイニーの名前も全国区の新聞にでかでかと載ることになったのだった。
「レイニーの頑張りが認められたようじゃの。」
「なんだかくすぐったい気持ちだなぁ…。でもクルエラ様の力添えもあって成功したようなものだし…。」
そう言いながらもレイニーは自分の名前が新聞に掲載されたことが嬉しくて、ザルじいに聞いてその新聞の切り抜きを大事に保管することにしたのだった。
――――――
新聞にレイニーの名前と喫茶レインの名前が載ったことでレイニーのお店にはたくさんのお客さんが訪れることになった。中にはゴールドランクになったレイニーの新聞を見て、個人的な依頼をしてくる人も少なくはなかった。そんな中でもレイニーはカウンターでコーヒーの準備をしていると、一人の女性のお客様に気付いた。
高貴な印象を受けるその女性は優雅な佇まいで食後のコーヒーを楽しんでいるようだった。そんな彼女に気付いたのか、コーヒーを淹れているレイニーの元にナシュナがやってきた。
「レイニー、あの女性が気になるんですか?」
「ナシュナ、あの人知ってる?」
「はい。同じ貴族のシオン・フォー・マードリックさんですよ。なんか思い詰めているようですが…。私が話しかけて聞いてきましょうか?」
「いや、私が行くわ。ナシュナはコーヒーを淹れてくれる?」
「はい、分かりました。」
レイニーはコーヒーの抽出をナシュナに交代してもらって、ナシュナから聞いた名前を元にレイニーはシオンという女性に声を掛けた。
「あの…。」
「?はい。」
「あなた貴族様のシオン・フォー・マードリックさんですよね?」
「ええ。私はシオンですが…。あなたは店長さんの…確かこの間のプラチナランクの進呈式の会食で料理の監修をしたっていう…。」
「そうです!店長のレイニーと言います。なにやら考え事をしているように思えたので、私で良ければお力になりますよ。」
「!ありがとうございます。そんなに分かりやすかったのですね…。なんだか気を遣わせてしまったようで…。実はあの、私の親友を助けてはくれないでしょうか…?」
「親友…ですか?どんな方なんですか?」
「えっと、彼女の名前はルナ・ファース・アルテミューン。私と同じ貴族の位です。最近彼女と連絡が取れなくなっていて…心配で彼女の家にも行ってみたんですが、応答がなく…。」
「それは心配ですね…。彼女のことについてもう少し教えてもらえますか?」
「はい…。」
それからレイニーはシオンからルナのことについて知る限りのことを教えてもらった。その中でレイニーはルナと言う彼女の家柄の説明で出てきた"月の都の一族"というワードが引っかかった。
「シオンさん、その"月の都の一族"というのは…?」
「ルナの家系は古くに栄えた"月の都"と言う場所の末裔でして…。私も"月の都"について図書館や冒険者ギルドを頼って情報を掴みたかったのですが…。文献などが少なく、ほとんど情報を得ることができなかったんです。」
「ふむ…。図書館にもありませんでしたか…。もしかしたら禁書庫での文献の取り扱いになってるのかもしれません。幸い私はゴールドランクになりましたので、禁書庫で"月の都"についての文献を探してみます。何か情報を掴み次第、シオンさんとも共有できるよう、手紙での連絡を取りましょう。住所を教えてもらえますか?」
「はい!宜しくお願いします!」
その後レイニーはシオンと手紙のやり取りをするために住所の交換をして、シオンは最後のコーヒーを注文してお店を去っていったのだった。




