Level.6 冒険者ギルド
Level.6 冒険者ギルド
和食中心のメニューを食べながら、話題がこの料理の発祥はどこなのか…という話になると、レイニーとザルじいは顔を見合わせた。
「えっと…。私この世界の住人じゃなくて…。」
「この世界のってどういうこと?」
レイニーの話している世界のことになるとルークが不思議そうに尋ねた。レイニーは苦笑いをしながら、ルークにも分かるように説明することにした。
「あのね、私はこことは違う遠い世界からやってきたの。だから食文化も違うの。遠い遠い違う世界だから帰れなくてね。ザルじいと一緒に森の小屋で暮らしてるの。」
「ふぅん…?遠い世界の人なら僕たちの知らない料理があってもおかしくないか…。レイニーお姉ちゃんは寂しくないの?」
「もう今は大丈夫よ。ザルじいも一緒に住んでいるしね。」
ルークが話を理解したのかは分からないが、なんとなく話の流れが分かったようで、レイニーのことを心配してくれた。そんなルークの優しさに触れて、レイニーは微笑んだ。
「そうだ、レイニーちゃんが寂しくならないように、もういっそのことこの街に引っ越して来たらどうだい?」
「えっ、でも物件が…。」
「それなら、街外れの大きな一軒家が空いていると思うよ。」
ランラからの突然の提案にレイニーは困惑したが、リトの父ロレットが"ふむ"と考えながら、物件の情報を思い出していた。レイニーは了承していないのに、話はトントン拍子で進んで行き、いつの間にか明日その一軒家の物件を下見することになった。
夕食が終わって、後片付けくらいはさせてくれとランラに言われて後片付けを頼んでからレイニーたちはリトの家からお暇することになった。
「レイニーお姉ちゃん、また来てね。」
「うん、また来るね。ルークくん。」
ルークと別れの挨拶を済ませると、リトが宿泊施設まで送ると言って聞かないので、レイニーとザルじいは宿泊施設までの道のりをリトと共に歩いた。
「あっという間にこの街に住むことになっちゃったけど…。ザルじいはよかったの?あの小屋にずっと住んでたのに…。」
「まぁ、心残りが無いと言ったらウソになるがのう。沢山の優しい人に囲まれて暮らす老後も楽しみなもんじゃよ。」
「そっか…。ザルじいは今まで街に食料を調達しに来ることはあっても、街の人に囲まれて暮らしていた訳じゃないしね…。」
「レイニーが心配しなくても、この街は温かいし皆レイニーを受け入れてくれるさ!」
宿泊施設までやってくると、リトが最後に"また明日!"と言って、ぶんぶんと手を振って家に帰って行った。
そんなリトを見送ってレイニーとザルじいは宿泊施設の部屋に戻り、明日に備えて早めに就寝することにしたのだった。
――――――
翌日。レイニーは目を覚ますとここ最近森の小屋に住んでいたのが定着していたのか、ログハウスの天井ではないことに気付くと、バッと起き上がった。
「(あ、そうか、ここピーゲルの街…。)」
目覚めてほんの数分でピーゲルの街に来ていることを思い出して、ふぅと息を吐いた。まだ慣れないこの世界での朝に溜息が出そうになるがそれを我慢してレイニーはベッドから出た。この街に来てからリトに案内してもらって服屋で購入した新しい服に着替えて、レイニーは部屋を出た。宿泊施設の1階は食事処になっているので、そこで朝食を食べようとどのメニューにしようか悩んでいると、階段を下りてきたザルじいに気付いた。
「おはよう、ザルじい。」
「おはよう、レイニー、よく眠れたかの?」
「うん。眠れたよ。今日は物件の下見だけど…。」
レイニーが朝食を注文して席に座っていると、ザルじいも朝食を頼み終え、新聞紙を広げながら、"今日もリトがはりきって案内してくれると思うから大丈夫じゃよ"と答えた。
レイニーの不安をよそにザルじいは呑気なものだ…とレイニーが思っていると、朝食のカチカチのパンとあんまり味のしないスープが運ばれてきたので、レイニーは少し苦笑いしつつ、"いただきます"と合掌をして食事をし始めた。
それから朝食を食べ終わって、リトが来るまで宿泊施設の新聞でも読もうかと思っていた矢先にリトが時間通りにやってきたので、新聞を読むのは諦めて、三人で街外れの大きめの一軒家に向かった。
「本当に大きい…。私たち二人で住むには少し広すぎない?」
「確かにそうじゃのう…。」
「父さんに聞いた話だと、前に住んでいた人がお店を開いていたとかで、1階はほとんど店舗スペースで2階が住居スペースになっているらしいぞ。鍵も貰ってきたし中に入ってみようか。」
家の中に入る前からその家の大きさに驚いていると、リトから腰のポーチから鍵を取り出して、玄関に進んで行った。
がちゃりと鍵で玄関の扉を開けると、埃っぽい匂いが嗅覚を刺激した。こほこほと席をしながら、玄関から広い店舗スペースを抜けて、次は1階のキッチンを見た。
「ここのキッチンすごく広い…。」
「リトよ。前に住んでいた人は料理屋でもやっておったのか?」
「うーん、そこまでは分からないんだよな…。でもこの大きなキッチンがあれば料理だって楽しくできるだろ?レイニーとザルじいにはぴったりじゃないか!」
「確かに料理が楽しくなりそうな広さだね。」
レイニーはこんな大きなキッチンは見たことが無かったので、早く料理がしてみたいと思っていた。そして、キッチンを出ると、水回りとして脱衣所にお風呂があり、2階に行くと、部屋が全部で4つもあった。レイニーとザルじいしか住まないのにこんなに部屋はいらないが…。あの広いキッチンは見逃せないと、レイニーは心に決めた。
「ねぇ、ザルじい。ここに住もうよ。」
「レイニーもそう思っておったか。わしもあのキッチンに惚れてのう。2階の部屋の多さには目をつぶってここで暮らすことにするかの?」
「やった!二人がこの街に住んでくれるなら、俺毎日でも遊びに来るよ!」
この家に住むことを決めると、リトは嬉しくなって飛び跳ねていた。そんな風に喜んでくれるとは思ってなかったレイニーはクスクスと笑って、"さてと…"と話を切り出した。
「この家に住むなら、それ相応の手続きが必要だし、森の小屋からの引っ越し作業もあるし…。リトさんにはちゃんと手伝ってもらいますからね!」
「わ、分かってるよ。この街の人達に声を掛けたり、俺の冒険者で稼いだ金を使っていいから、引っ越しの荷物を乗せる馬車の手配もしようか!」
「リトさんの稼ぎから算出するのは申し訳ないよ!」
「そのリト"さん"っていうのもやめないか?それに、レイニーもザルじいも収入源がないだろ?」
「えっとじゃあ、リト…。そう言われてみれば…職も探さなくちゃな…。」
リトからの鋭い指摘にレイニーが反論できずにいると、ザルじいはリトに申し訳なさそうに言った。
「リトに迷惑をかけてしまうが、引っ越しの準備を手伝ってくれるとありがたいからのう。」
「行き倒れていた俺を助けてくれたお礼だよ!これくらいのことはさせてくれ!」
と頭を下げられたので、レイニーもザルじいもコクリと頷くしかなかったのだった。
そしてザルじいがこの家の所有者であるという街の近所の人と引っ越しの書類の契約を交わしている間にリトが冒険者ギルドにこの間のクエストの報告に行かなければいけないことを思い出し、レイニーも冒険者ギルドに付いてきてくれと頼まれたので、二人は冒険者ギルドに行くことにした。
ピーゲルの冒険者ギルドに着くと、そこには屈強な筋骨隆々の男性冒険者や流れるような美しい髪を持った魔法使いなどがにぎやかに集まっていた。
「ここが冒険者ギルド…。」
「レイニーには俺が倒れてしまっていたことを説明してもらう必要があるし、ちょっと受付まで来てくれないか?」
「うん、分かった。」
レイニーがリトについて行くと、受付嬢である綺麗な女性が出迎えてくれた。
「あら、リトじゃない!無事に帰ってきたみたいね!ピーゲルの森でのクエストに行くと言ってから帰ってきてないってランラさんから聞いていたから、心配していたんだよ!」
「シルビーさん、ごめんなさい…。俺、導き石も食料も十分に持たずに森に行って迷子になってしまって…。このレイニーに助けられたんだよ。」
「あらあら、こんにちは。初めまして。私はシルビー・アッガー。ここピーゲルの冒険者ギルドの受付嬢をしているの。」
「初めまして、シルビーさん。私はレイニーと言います。最近ザルじいと一緒に森の小屋に住み始めて…。」
「ザルドさんと一緒に住んでいるのなら、なんとなく事情は分かるわ。ようこそ、ピーゲルの街へ。リトのことも助けてくれてありがとうね。」
「いえいえ…、あれは偶然でしたし…。」
受付嬢をしているシルビーから自己紹介を受けると、レイニーも挨拶を返した。綺麗な女性だなぁ…と思っていると、リトを助けたことについて感謝を述べられたので、慌てて両手をぶんぶんと左右に振った。
「それでシルビーさん、さっき決まったことなんだけど、レイニーとザルじい、この街の外れにある一軒家に移り住むことになったから。」
「そうなの?この街の住人が増えて嬉しいわ。それなら森の小屋から引っ越しするということよね。森は危険だし、冒険者になれば安全に行き来できるわよ。」
「私が冒険者に…?でも私魔物と戦ったことなんて…。」
「大丈夫。近いうちにこの街の近くのシュッツガルドっていう街で冒険者になりたての初心者に向けた全3回の講習会があるから、まずはそれに参加してみるのはどう?」
「講習会ですか…。私みたいな女の子でも冒険者になれますか?」
「女性でも冒険者として活躍している人はいるわ。大丈夫よ。リトも初心に戻ってもらうために参加してもらうからね。」
「えっ、俺も!?」
シルビーから初心者冒険者向けの講習会の話を聞いたレイニーは少し興味が湧いて来たので、それに参加することにした。なんだか"なんで俺まで…"とぶつくさ言っているリトも強制参加することになったが、知り合いが一緒なだけで知らない街に行くのも怖くはなかった。