Level.59 火傷で塞ぐ
Level.59 火傷で塞ぐ
地面をずるずると引きずるような音を立てて姿を現したのは、メデューサ軍総大将のヒュドラだった。レイニーは先ほどこの目でヒュドラを見たが、依然口からチロチロと出ている赤い舌が不気味でレイニーは心の中で早く帰りたい…と思ってしまうほどであった。
だが、こちらの総指揮官を残してノコノコと帰るわけにもいかないのでレイニーは槍を構えてクルエラの隣に並んでヒュドラを迎え撃つ心構えをした。
隣に並んでくれたレイニーにクルエラが視線を向けると、そっと目を細めて微笑むとレイニーの頭を撫でた。レイニーがなんで今自分が撫でられているんだ???と頭の上にはてなマークを浮かべながらも次第に恥ずかしくなってきたので、レイニーは無理矢理意識を目の前のヒュドラに移し、クルエラに向かって"行きますよ!"と言うとクルエラも片手剣を構えて"ああ!"と言って2人は同時にヒュドラに向かって走り始めた。
ヒュドラに近付くにつれて、レイニーとクルエラはヒュドラの後ろに回り込むように二手に分かれて走ったが、ヒュドラの頭は9つもある、後ろに回り込んでも前や横、後ろまでも死角がないほどヒュドラはレイニーたちをマークし続けた。
「っち!この9つの頭を減らしたいが…切れば頭が増えるんだろう!?」
「はい!迂闊に首を取ってもダメです!なにかいい方法…。」
レイニーは雷電闊歩で残影を残してヒュドラの攻撃を分散させて時間を稼いでいる間に何かヒュドラの頭の増殖を防ぐ方法を探さなくてはと思った。そんな時別の戦場で起きた魔法攻撃なのか、青い火竜が見えたので、レイニーは閃いた。
「クルエラ様!火属性の魔法です!それを使ってヒュドラの頭を落としたあとの傷口を焼いて塞いで仕舞えばいいんです!」
「そういうことか…!だが、今ここに火属性の魔法が使える者がいない…一体どうすれば…。」
「私が周りのメデューサたちを一掃します。クルエラ様は少しの間ヒュドラの毒ガスブレスを凌いでください!」
「分かった!」
レイニーは再び雷電闊歩を発動して何体ものレイニーの残像を残してヒュドラの周りを取り囲んで毒ガスを吐く瞬間を待った。
その間にレイニーは槍に魔力を込め始めていた。やりたいのは雷の一閃を応用したもの。上手くいくには魔力調節が鍵となる。レイニーは目を閉じて意識を集中させて槍に魔力を込め次第に雷属性の魔法の象徴である黄色の光でばちばちと静電気が生まれ始めやがてはビリビリとした電撃になり、そして…電気の色が青白くなった瞬間とヒュドラが毒ガスブレスを吐くのは同時だった。
「クルエラ様!」
「分かって…いる!」
クルエラに声を掛けると彼女は片手剣に魔力を貯めて横に薙ぎ払うと3本もの竜巻が現れた毒ガスを吸い込み遠くまで飛ばしてから四散させた。それを見てからレイニーはすぐさま魔法を発動させた。
「雷の…一閃!!!」
レイニーは青い電撃を帯びた槍の刃先に意識を集中させていつも敵を薙ぎ払うようにぐるんっと一回転した。すると、遠心力で槍の刃先から電撃の衝撃波のような斬撃が放たれ、それはものすごい速さで広がり、レイニーとクルエラを取り囲んでいたメデューサたちをほぼ倒した。
「す、すごい…。」
「クルエラ様!直ぐにリトとライクスさんを呼びましょう!」
「あ、ああ!」
レイニーの攻撃の範囲の広さと威力の強さにクルエラがびっくりしていると、クルエラのそばにレイニーがやってきて今のレイニーの攻撃でヒュドラの元まで来れなかった冒険者たちがここまで来ることが出来るだろうと思って先ほどの雷の一閃を放ったのだった。勘のいいリトならば直ぐにレイニーの攻撃だと分かり、発生源のこの場所までやってくるだろうという自信もあった。
そんなことを考えているとヒュドラは2度も毒ガスをなき物にされた怒りで9つの頭を地面にビタンビタンと叩きつけて怒りを露わにしていた。
レイニーは暴れながら少しずつ近付いてくるヒュドラを前にして先ほどの雷の一閃を放ったことで使った魔力を補給するため、魔力回復のポーションをぐいっと飲み干した。そして、ヒュドラが彼女たちに近付くまで残り10メートルというところで、レイニーは感じた。相棒の気配を。
「双蒼牙狼!!!」
「デッドバーニング!」
レイニーが地面に立膝を付けているのとクルエラが片手剣を構えてヒュドラの攻撃を防御しようとしていた、その2人の間を火属性の魔法2種類がかすめ通っていき、ヒュドラを焼いた。
「レイニー、待たせたな。さっきの雷の一閃で直ぐにレイニーだと分かったよ。」
「流石リト。気付いてくれると思ってたよ!」
「ライクス殿もよく来てくれた!先ほどの火属性攻撃もヒュドラには有効であったろう。」
4人でヒュドラの方を見るとなんとか自身を覆っていた炎を消すことはできたが、鱗はところどころ剥がれかかっていた。
そこでヒュドラは怒り爆発と言った感じで自信に魔力を溜め始めた。
「何か来るぞ…。」
「また毒ガスブレス攻撃でしょうか……」
「それにしては魔力を溜め込む時間が長い…。はっ!まさか!」
クルエラとレイニーが魔力を溜め込んだ理由に辿り着いた瞬間。ヒュドラは目を赤く光らせてあちこちに石化魔法を飛ばし始めたのだった。それは当然ヒュドラの足元にいたレイニーたちにも注がれ、レイニーとクルエラはその光線に当たらないように避けて距離を取った。
「まさかヒュドラも石化魔法を使うなんて…。」
「メデューサたちの親玉だ、使えないはずがないと思っていたが…。」
レイニーたちがびっくりしている時ヒュドラはたくさんの魔力を使って石化魔法を何発も撃ったので、肩で息をするように荒く呼吸をしていた。
その隙をリトとライクスたちは見逃していなかった。2人でヒュドラの頭をザクザクと切っては傷口を焼いて復活させないようにした。リトとライクスが傷口の焼却、レイニーが周りのメデューサをここに近づけないという役割分担の元、少しずつヒュドラの頭を減らしていけた。
そして残り2本になる頃には人界側の冒険者軍たちも肩で息をし、目の前のヒュドラも息絶え絶えだった。
「皆あともう少しだ!」
クルエラは気丈に振る舞い冒険者たちを鼓舞してヒュドラの残りの頭を落とすことに尽力してくれた。
レイニーの腰のポーチにはもう魔力回復のポーションが1本となってしまい、レイニーには焦りの表情が浮かんだ。その焦りが一瞬の隙を生んでしまった。
「しまった…!」
レイニーがそう言った瞬間ヒュドラの2本の頭の内の1本がレイニーの方に首を伸ばして目を光らせて石化魔法を放った。
「レイニー!」
レイニーは空中で体勢を変えてなんとか石化魔法は足先にしかかからなかったが、この魔法は次第に光線を浴びた箇所から石化が進むらしい。レイニーは次第に動かなくなっていく体に"もうダメだ!"という思いが頭の中を埋め尽くし、動かなくやってきた。
その瞬間。一巻の終わりを悟ったレイニーの頬に冷たい風が当たった気がした。
「(この冷気は…!)」
レイニーが希望の込めた眼差しを送ろうとした瞬間、ヒュドラの残りの2本の頭がスパンッと斬られてごとりと地面に落ちるとキュリアはその頭を持ち上げると空高く放り投げ落ちてくる頭に鋭い突き技を食らわせて魔石を破壊したようだった。キュリアは"ふぅ"と小さくため息を出してから剣を鞘にしまう際、"低音火傷って知ってる?"って言ったがヒュドラは答えることもできずに光の粒子になって四散したらしかった。そしてレイニーはヒュドラが倒れたことで石化魔法も解けて次第に体が動くようになったはいいものの、石化魔法が解けた後でも体が鉛のように重く、思うように防御姿勢を取ることができずにいた。そんなレイニーを地上でリトが構えていた。
「よっ、と!!」
「リト!?そんなキャッチしなくても…。」
「地面に激突するよりかはマシだろ?」
「まぁ、そうだけど…。」
レイニーはリトの腕から離れて立たせてもらうとキュリアの元に向かった。
「キュリアさん!」
「レイニー。危ないところだったね。私も来るのが遅くなってしまって…、ごめんなさい。」
「キュリアさんが謝ることじゃないですよ!それより助けてもらうのはこれで2度目ですね。私もまだまだ、ですね!」
レイニーは苦笑いをして話しているとクルエラがヒュドラの魔石の破壊の確認を終えたようでレイニーたちの元にやってきた。
「キュリア殿、最後の一撃、本当に助かった。お礼を言わせてくれないか。」
「クルエラ様…。ありがとうございます。毒ガスのブレスを広がる前に消し去ったのはクルエラ様の風魔法でしたね。それを見て急いで来たかったんですけど、メデューサの群れがなかなかにしつこくて…。」
「そうか、私たちがひと足先にノアリー殿の背中に乗ってヒュドラの元まで来てしまったからな。他の場所の戦況を応じての応援などは後方支援部隊にいるジルビド殿に一任してしまったのだ…。」
「ジルビドさんの判断で派遣された応援部隊のおかげとクルエラ様とレイニーの魔法のおかげでここまで辿り着けました。ありがとうございます。」
キュリアは到着が遅くなってしまったことで自分を責めていたが、ここまで辿り着けたのはレイニーたちの魔法のおかげだと言ってくれた。そんなキュリアの感謝の思いを受け取ってレイニーたちは笑顔になった。
「さぁ、後方支援部隊に合流して人界に帰るとしよう!」
「はい!」
レイニーはキュリアとクルエラに付いていくように足を踏み出した。レイニーたちが話している間にもライクスは妹のレイクスと再会して泣きそうになっていたりしていたが…。
こうして魔神軍四天王キングコボルト、ヒュドラ率いるメデューサ軍が敗れ、人界の冒険者軍が勝利を掴み取ったのであった。




