Level.51 再出発
Level.51 再出発
それからレイニーはすみれがお店を開けるまで回復している期間、すみれの指導のもと、開店準備を手伝ったのだった。2週間ほどの時間を要してすみれは完全復活し、小料理屋すみれは開店するまで漕ぎ着けることが出来たのであった。
「ようやく開店出来るようになったわ。どれもレイニーちゃんのお手伝いのおかげよ。ありがとうね。」
「いえいえ!私はすみれさんの作ったご飯が食べたいっていう食欲だけだったので…。」
「ふふ、レイニーちゃんにはお店再開の第一号のお客様になってもらおうかな。ご注文は?」
「うーんと…、お魚の煮付けと揚げ出し豆腐と…、舞茸ご飯とたけのこ汁で!」
「はーい、承りました。」
すみれは笑顔になってレイニーの注文した和食をせっせと準備し始めた。レイニーしかいない店内ですみれの包丁の音だけが響いてレイニーはその音に耳を傾けながらすみれの料理する姿をカウンター越しに眺めていた。レイニーはそんなすみれの姿を見て前にいた世界での自分の母親のことを思い出した。
「(お母さんも和食作るの得意だったなぁ…)」
レイニーはそんなことを思いながらご飯が出来るのを心待ちにしていた。次第に美味しそうな香りが店内を満たし、レイニーはぐぅ…とお腹の虫が鳴るのを止めることが出来ずにいた。そんなレイニーにすみれが笑いかけていると最初のお通しに揚げ出し豆腐が完成したようで、レイニーの前には美味しそうな出汁の香りがする熱々の揚げ出し豆腐が置かれた。
「美味しそう…、いただきます。」
「はい、どうぞ。」
すみれはまだレイニーの注文したものを作っていたので、笑顔でレイニーが手を合わせたのを見てから料理を再開した。
レイニーはつゆが染み染みになっている豆腐を箸で持ち上げると、つゆの重さでずっしりとした豆腐をフーフーと冷ましてから一口、口に入れた。最初にあまりの熱さからはふはふと口の中の熱さを逃がしてからゆっくりとつゆの染みた豆腐を味わった。薄めの醤油味のつゆが豆腐の衣に染みていて食べるたびにそのつゆがじゅわっと口の中に広がり味付けもちょうどよくレイニーは一口を味わうともう一口!と次から次へとお腹に入っていく揚げ出し豆腐に満足した。
「すみれさん、この揚げ出し豆腐とっても美味しいです!つゆの味付けがちょうどよくて…!」
「それは良かったわ。はい、次は魚の煮付けが出来たよ。」
「わぁ!ありがとうございます!」
レイニーが揚げ出し豆腐を味わっている間にすみれは魚の煮付けを完成させ、レイニーの前のカウンターにコトリと置いた。じっくりと醤油味で煮込まれた魚は金目鯛のような魚でバツ印に付けられた切り込みから白身が見えていてぷっくりとした柔らかそうな身をレイニーは箸で一口大に突いた。身がしっかりとした魚に醤油味の煮付け汁にくぐらせてレイニーは魚をパクリと食べた。
「ん〜!この魚の煮付けも美味しい!醤油味がしょっぱすぎなくて、魚の身もしっかりして脂が乗ってて美味しいです!」
「そんなに嬉しそうに食べてくれて作った甲斐があるわ。レイニーちゃんは本当に美味しそうに食べるわね。」
「すみれさんの作る和食の力ですよ。久しぶりに本格的な和食を食べました。」
「ふふ、たまには私のお店で和食を食べにきてね。はい、舞茸ご飯とたけのこ汁ね。」
「はい、是非!わ〜!どれも美味しそう!」
レイニーがあまりにも美味しそうに食べるからかすみれは作り甲斐があると言ってレイニーの注文した料理をテキパキと作ってみせた。レイニーは残りの舞茸ご飯とたけのこ汁を受け取るとぱくぱくとものすごいスピードで食べ進めた。どの和食もレイニーにとっては懐かしさを感じて少し泣きそうになったが、また食べたくなるような味にレイニーは食後のお茶を飲みながらその思いをすみれに告げた。
「こんなに美味しい和食は久しぶりです。すみれさんが病気を完治してくれて本当に良かった…。このお店の開店を待ち侘びている人がいる気持ち、分かりました。」
「私の病気を治してくれたのはレイニーちゃんよ。お薬代をきちんと払わなくちゃね、依頼料…みたいなものかしら?いくら出せばいい?」
「そ、そんな!お金なんて取る気はないですよ!すみれさんの料理でチャラにしてください!」
「そう…?なんだか悪いわね…、命の恩人に私の料理なんかで相殺にしてもらっちゃって…。」
「そんな風に思わないでください。私はすみれさんの料理が食べられて幸せなんですから。」
「ふふ、そう言ってもらえたなら良かったわ。」
「さてと…。ごちそうさまでした。私はそろそろ自分の家に帰りますね。すみれさん、お元気で。ぜひとも私のお店にも来てくださいね。」
レイニーは席から立ち上がると、すみれに頭を下げた。そしてお店の名刺も座っていた席の前に置くと、すみれの方を見た。
「レイニーちゃんのお店は喫茶店だったわね。私も喫茶店は好きだったの。是非そっちの街行ってレイニーちゃんのお料理食べさせてもらうわ。」
「はい!待ってますね!」
レイニーはすみれにお店の前まで見送ってもらい、テレポート結晶を使ってピーゲルの街へと帰ったのだった。レイニーは久しぶりにザルじいの待つ家に帰ってきた気分になり、"ただいま~"とのんびり家に入り2階のリビングに行くと、そこにはなぜかピーゲルの冒険者ギルドのギルド長のジルビドとその脇に控えているハルスト、そしてドラゴンのノアリーがいた。レイニーはその珍しいメンツにびっくりしていると、ノアリーが上の空のレイニーに声を掛けた。
「やっと今回の訪問の目的の張本人が帰ってきおったわ。」
「え…え?どういうこと?なんで?」
「レイニーさん、どうぞザルドさんの隣に座ってください。今回レイニーさんの家に訪問した理由をジルビド様から説明させていただきます。」
レイニーが状況を把握できないまま、ハルストにそう言われてレイニーはザルじいの隣の席に着いた。そして今まで目を閉じて黙っていたジルビドが声を出した。
「レイニーくん。君がいないときに家を訪問してしまってすまない。直ぐにでも君に話をしたいと思ってね。早速だが、今回君の家に来た理由は次なるグランドクエストについての話だ。」
「次なるグランドクエスト…。次の四天王は誰なんですか…?」
「次はキングコボルト軍か、メデューサ軍が動いているようでな。我もつい最近魔界での調査中にやつらが人界への進行を考えているという動きを掴んでな。」
レイニーはジルビドの真剣な表情に直ぐに深刻な問題と判断して、ジルビドに訊ねると答えたのはノアリーだった。彼女はここ数日魔界に赴き、魔神軍の動向を探っていたようだった。
「キングコボルト軍かメデューサ軍…。どちらの軍の数は…?」
「そこまでは掴んでいないそうだ…。だがもしかしたら両方とも襲い掛かってくる可能性もある。今回のグランドクエストは大規模な戦いになるかもしれない。ということでゴールドランクの冒険者たちを集結させることにしたんだ。先ほどリトくんの家にも行って説明をしてきたばかりなんだ。」
「ゴールドランクの冒険者たちを…。シルバーランクですけど、なんで私の家まで…?」
「レイニーくんは前回のグランドクエストでかなりの功績を残しているだろう?だから今回も命の危険があるかもしれないことをザルドさんに説明するためにこうして家に押しかけてしまったという訳だ。」
「そうだったんですか…。ゴールドランク…ということはキュリアさんも?」
「ああ。キュリアくんにも今回のグランドクエストに参加してもらう予定で話は通っている。もう少しでピーゲルの街に着くだろうとのことだった。」
レイニーの質問にジルビドは少し申し訳なさそうに眉を下げながら、話をしてくれた。ゴールドランクの冒険者たちが集結するということはと思ってレイニーはジルビドにキュリアのことを話すと、キュリアももう少しでピーゲルの街に来て、冒険者軍の方に合流するだろうとのことだった。
「ゴールドランクの冒険者ってどんな人がいるんですか?」
「我々が要請をしたのは、ライクス・ホーク、レイクス・ホークという兄妹に頼んである。OKの返事ももらえている。今回はその二人とキュリアくん、リトくんが加わった4人で対処してもらうことになっている。」
「分かりました。私も出来る限りの力添えはさせていただきます。」
「そういってもらえて嬉しいよ。では、ザルドさん、レイニーくん。今日のところは失礼するよ。」
「はい。ご足労頂きありがとうございました。」
レイニーが1階の玄関でジルビドとハルストを見送ると、未だにリビングでくつろいでいたノアリーに視線を向けた。
「それで?ノアリーはどうして帰らないの?」
レイニーの冷ややかな視線にノアリーは飲んでいた紅茶をうぐっと詰まらせていたが、レイニーはそんなことは気にせず、ノアリーのことをじとりと見つめた。
「リトからレイニーの家に行けば美味しい料理が出てくると聞いて…。」
「つまり料理に釣られてきたのね…。ザルじい、ノアリーの分も夕飯を作ろうか。」
「そうじゃの。せっかく家に来てもらったしな。ノアリ」は何が食べたい?」
「!わ、我は肉料理が食べたい!リトからレイニーたちの作る肉料理が一番美味いと聞いた!」
「それもリトに聞いたのね…。」
ノアリ―はザルじいの言葉に直ぐに食いつき、前にせり出しながら、エプロンの準備をしているレイニーにそう言った。リトからの入れ知恵なのか…と呆れながら、レイニーは冷蔵庫の中身を確認したのだった。




