Level.5 初めての生姜焼き
Level.5 初めての生姜焼き
私服のリトと街を歩いていると、リトは有名人なのだろうかと思うくらい色々な人から声を掛けて貰っていて、立ち寄る店でずーっと私が野菜や果物などの食材を吟味している間もひっきりなしに彼の元に人が集まっているようだった。
「(リトさんは人気者なんだ…)」
なんだか疎外感を感じてしまったので、人だかりに囲まれているリトを放ってレイニーは次の店へと向かった。リトの案内は無くなってしまったが、導き石もあるし、困った時はその石を使って宿泊施設に戻ればいいだけだ。そう思って野菜や果物を買った袋を持ってお店を離れたのだが…。
もう少しで次のお店!と言うところで左手で持っていた袋がヒョイっと誰かに取られて軽くなった。
「(ひ、ひったくり!?)」
と思ったら犯人はリトだった。
「どうして、俺に何にも言わずに行っちゃうわけ?」
レイニーから買い物袋を半分取ったリトが何だか機嫌が悪そうで眉間に皺を寄せて身長差のあるレイニーに顔を近付けた。
「1人で観光しようとしてた?」
「り、リトさんが沢山の街の方々に囲まれてて楽しそうだったから、邪魔したら悪いかと思いまして…。」
「そんなん俺に一言声掛けてくれればいくらでも付き合ったのに。」
「邪魔はしたくなかったです。もういいんですか?話の途中だったのでは?」
「ああ。近所の人たちが心配して声を掛けてきてくれただけだから。」
「そう、なんですか。」
レイニーは自分が思ったようなリトの人気ぶりを見てしまったのかと思ったが、ただの心配…という拍子抜けするような理由でレイニーは仲間外れにされた気持ちになってしまっていた。そのことが少し恥ずかしくてレイニーは顔を見られようにぷいっとそっぽを向くと次のお店に向かって歩き出した。
「レイニー、俺の案内いらないの?」
「好きにしてください!」
「じゃあ、好きにする~」
「あっ、ちょ、荷物!」
リトはなんだかるんるんと音符が見えるような上機嫌に変貌してレイニーの反対側の手で持っていた野菜や果物の入った袋を取ってレイニーの荷物持ちをしてくれることになった。
それからレイニーは買い物しているうちにリトの人気っぷりも目撃しつつ、夕方までピーゲルの街をくまなく散策することができたのであった。
ただ、問題なのが飲食店が少ないこと、そしてあったとしても宿屋の一階の酒場で提供される茹で野菜かただ焼いて硬くなったお肉や焼きすぎた魚、切っただけのフルーツ。そう言った簡素なものしか無かった。
お昼ご飯はその宿屋の食事をちまちまと食べることしかできず、レイニーは夕方にもなれば、お腹がぺこぺこだった。リトはいつもの食事だと言っていたが、やはりレイニーとザルじいが作ってくれたご飯の方が美味しかったとぼやいていた。レイニーはお腹を空かせたまま、宿泊施設に戻ってきたのだった。
「なんじゃレイニー、元気がないようじゃが。」
「…ご飯が違う…。こんなに簡素なものしかないなんて…。教科書で見た戦争時代の食事みたい…。」
「教科書で見た戦争時代?レイニーのいた世界では戦争があったのか?」
「あ、うん…。全部で2回。私たちの世界で大きな国同士の戦いがあって…。中でも私の住んでた国は大打撃で…。沢山の人が亡くなったって習ったよ。」
「へぇ…、そうなんだ。レイニーたちの世界は人を相手に戦ってたんだな。俺たちは魔物だけど。」
「魔物でも怖いじゃん…。」
そんな話をしていると、リトが何かを閃いたようだった。
「そうだ!ザルじい、レイニー、今日の夕飯は俺の家でご飯を作ってくれよ!キッチンはいくらでも使っていいからさ!」
「え…、でも急にお邪魔しちゃ悪いよ…、ね、ザルじい。」
「そうじゃのう。ランラさんも困るじゃろうて…。材料もない、し…。」
ザルじいはレイニーに同調するように話していたが、次第に声が小さくなっていって、何やら考え込んでしまった。
「ザルじい?」
「ああ、すまぬな。レイニーが街を観光して料理の材料は調達しておったな、と思ってな。」
「じゃあ、材料の心配の問題はクリアした訳だし…。レイニー、俺んちに来てよ!母さんにレイニーたちの世界の料理を食べさせたいんだ!」
「うう…、ザルじいも反対でしょ?」
レイニーはリトからの猛烈なアピールにタジタジになり、ザルじいに助けの視線を投げかけた。ザルじいは苦笑いをしているが、"行って見る価値はありそうじゃ"などと言ってしまっていたため、もうレイニーは断ることができず、宿泊施設にて夕ご飯は食べずに、リトの家にお邪魔することになったのだった。
「ただいま~。」
「お、お邪魔します…。」
「おかえり、リト。あら、昼間の女の子までいるじゃないか。いらっしゃい。」
リトが帰宅すると母親であるランラが出迎え、レイニーに気付いて声を掛けてくれた。リトはザルじいと共にランラに夕食を振舞いたいとの話をすると、二つ返事で了承してくれた。
「レイニーちゃんのいた国の料理ってどんなものか気になるしね!材料は持ってきてくれたっていうし、調味料とかキッチン用品の場所は最初に私の方から説明するから大丈夫よ!」
「ありがとうございます、ランラさん。」
レイニーは丁寧に頭を深々と下げて、ランラにお礼を言うとランラは豪快に笑ってレイニーの背中をバシバシと叩いた。
「いいんだよ、こういう時は助け合いの精神でなくちゃね!レイニーちゃんが気にすることじゃないよ!」
そういってくれてレイニーは心の底からホットした。そして、ランラからエプロンを拝借して、ザルじいと共にキッチン用品や調味料の場所を聞くと、早速夕ご飯の準備をテキパキと始めたのであった。
――――――
それから1時間もすれば、リトの家のダイニングテーブルには所狭しと料理が並べられた。
「あら!美味しそうだけど、見たこともない料理ばかりだね…。レイニーちゃんのいた国ってどこだい?」
「え、ええっと…。」
「母さん、レイニーの国についてはご飯を食べながら詳しく説明するから。ルークはどうした?」
「ルークはお父さんと一緒に少し離れたお風呂屋さんに行ってるよ。もうすぐ帰ってくると思うけど…。」
「ルークさん…?」
「ああ、レイニーには言ってなかったね。ルークは俺の弟だよ。父さんも一緒ならレイニーに夕ご飯の時に紹介するよ。」
ランラが見たこともない料理を指摘してきたのでレイニーが狼狽えていると、リトがすかさずフォローしてくれた。エプロンを取って、ダイニングの椅子に座るとそこで丁度リトの弟だというルークと父であるロレットが帰ってきた。
「あれ、お姉さんとおじいさん誰?」
「ルーク、この人は俺の友達のレイニーとザルドおじいさんだよ。二人は森で俺を助けてくれた恩人さ。」
リトがそういってルークに説明すると、ルークはトコトコとレイニーの元にやってくると、ぺこりとお辞儀をして挨拶してくれた。
「初めまして、僕はルーク。リトお兄ちゃんを助けてくれてありがとうございました。」
「初めまして、ルークくん。私はレイニー。リトさんにはさっきこの街を案内してもらったの。よろしくね。」
「うん!」
礼儀正しいルークの様子にレイニーは感心し、挨拶を返すとルークはダイニングテーブルの上に並ぶ料理を見て、目をキラキラと輝かせた。
「この料理何!?お母さんが作ったの!?」
「いいや、今日の夕ご飯はレイニーちゃんとザルじいが作ってくれたんだよ!見たことない料理ばっかりだけど、リトからのお墨付きがあるから!さ、皆で食べようか!」
レイニーとルークが挨拶している間にザルじいはリトの父親であるロレットと挨拶を済ませていたようで、いつの間にかお酒を取り出して晩酌をする気満々だった。
「いただきます!」
皆で手を合わせて合唱すると、ルークはどれから食べようか迷っているようだった。ちなみに今日作ったのは、リトからのリクエストであった豚肉の生姜焼きを中心とした和食のメニューだった。豚肉の生姜焼きにきゅうりとタコの酢の物、お味噌が無かったので簡単なわかめのスープだ。
お味噌が無いのが誤算だったので、詳しいことをランラに聞こうと思ったレイニーはまずザルじいが作ってくれたわかめスープから飲んで口の中を潤すと、生姜焼きをパクリと食べた。
「んん~!美味しい!」
そんな風に美味しそうに食べるレイニーの姿を見て、ルークが真似して生姜焼きに手を伸ばすと、意を決したようにパクリと食べた。
「!美味しい、これ美味しいよ!」
反応が数日前のリトにそっくりだったので、レイニーはクスクスと笑いながら生姜焼きをもぐもぐと食べた。
それから話題はレイニーとザルじいが作った料理のことに移った。