Level.23 テレポート
Level.23 テレポート
ナシュナが喫茶レインで働き始めて1ヶ月。
このお店で働き始めてからというもの、ナシュナは本当に接客業が初めてなのかと疑うほどお客様への対応が上手く、ホールでの接客では先輩のリトよりも人気が出ており、可愛いお人形さんのようなナシュナを目当てにお店に来る人もいるくらいだった。そしてナシュナは仕事を覚えるのも早く、ザルじいからコーヒーの淹れ方を習うと自分で研究を始めたようで、日に日に美味しいコーヒーを淹れられるようになってきたのだった。
そんなナシュナを心配してか、夫のシリウスも喫茶店に来ることが増えた。毎回土曜日の昼下がりに食事休憩のためにお店に訪れてくれるようになり、ナシュナの働きっぷりを見て安心したような表情でコーヒーとグラタンを食べて帰ることがシリウスのルーティンのようだった。
そんな時にシリウスが神妙な面持ちで店内を行き来するレイニーを引き留めた。
「レイニーさん、ちょっといいかな。」
「?シリウスさん、どうされました?」
「ナシュナのことなんだが…。お店を閉めてから家に帰ってくるといつも外は真っ暗で、従者が馬車で送迎しているとはいえ、そんな時間に出歩くのが心配なんだ。どうにかナシュナが安全にこの店を行き来する方法を考えてはくれないだろうか。」
「うーん、それじゃあ、ナシュナの勤務時間を短くしますか?」
「それはナシュナがいい顔をしないだろう。コーヒーの研究をザルドさんとしたいと言っていたからその時間を削るのもなんだか悪い気がしてな…。冒険者も兼任しているというレイニーさんに相談してみたのだが、どうにかならないだろうか…。」
「そうですか…。分かりました!何かできることがないか探してみます!」
レイニーはシリウスが真面目な顔をしてナシュナの身の安全を心配していること、ナシュナのコーヒーへの探究心を邪魔せぬよう応援したいという気持ちを受け取り、レイニーはナシュナの通勤方法について工夫をしてみようと考えた。
まずレイニーが思ったことはこの世界の交通手段が馬車と徒歩しかないのかということ。他にも交通手段があるのか、ふと思ったレイニーは冒険者業で訪れていた冒険者ギルドで受付嬢のシルビーに尋ねてみた。
「この世界にはテレポートがあるよ。」
「え、テレポート?」
あっさりと移動手段があることを教えてくれたシルビーにレイニーはきょとんとした顔で復唱した。
「冒険者ギルドではね、街と街の行き来をするのに、テレポートの移動魔法陣を使えるのよ。でも魔法陣がない街もあってそれは一方通行になっちゃうけどね。基本的に大きな街には転移魔法陣があるから、一方通行の心配はしなくていいと思うわ。レイニーちゃんはまだ試したことがなかったね。早速今日使ってみる?」
「いいんですか!?是非試してみたいです!」
「ふふ、分かったわ。転移魔法陣は2階の部屋にあるの。そこの職員から説明を受けて実際に使ってみてね。いってらっしゃい。」
「シルビーさん、ありがとうございます!行ってきます!」
レイニーはシルビーから有力な情報を聞き出すことが出来たので、早速テレポートを体感してみようと冒険者ギルドの2階に行ってみた。扉にテレポート設置中という札が掛かっている部屋を発見してノックすると中から"どうぞ"という声が返ってきたので、レイニーがそろーっと中を覗くと1人の冒険者ギルドの職員が常駐しているようだった。
「あの、転移魔法陣を使用したいんですが…。」
「はい、今は空いてるので使えますよ。行き先はどこにしますか?」
「えっと、転移魔法陣を使ってみたいだけなので、行き先はどこでも…。近い場所だとどこがいいですか?」
「そうなんですね。分かりました。ここから一番近い転移魔法陣が設置してある街ですと、鉱山都市のラッシュという街がありますね。そこにしますか?」
「はい!お願いします!」
レイニーは転移魔法時を体験したいがために訪れたことを正直に話すとギルド職員は嫌な顔一つせずに転移魔法時の準備に取り掛かった。とは言っても魔法陣の上に乗るだけで準備は完了したのだが。
「それではラッシュに向けて魔法陣を発動させます。行ってらっしゃいませ!」
ギルド職員が魔法陣に向けて魔力を送るとシュンッという風切り音と眩しいくらいの光に包まれてレイニーはぎゅっと目を閉じた。そして次の瞬間にはピーゲルの冒険者ギルドの2階とは違う匂いがした。
眩しかった視界からそーっと目を開けるとそこはピーゲルの冒険者ギルドではなく、見たことがない街並みが窓の外に広がっている場所だった。
レイニーが来たことで部屋の隅の椅子に座っていたギルドの職員だろうか、1人の人物がレイニーに気付いて声をかけてくれた。
「ようこそ、ラッシュへ。テレポートは初めての方でしょうか?」
「あ、はい。テレポートを体験したかっただけなので、直ぐに元いた街に帰りたいのですが…。」
「分かりました。行き先はどこですか?」
「ピーゲルという街です。」
「それでは、転移魔法陣の準備に入ります。魔法陣の上に乗ってください。」
レイニーは嫌な顔ひとつせず直ぐにテレポートの準備をしてくれた冒険者ギルドの職員に頭を下げつつ、魔法陣の上に乗ると再び"行ってらっしゃい"と声を掛けられて真っ白な光に包まれてレイニーはピーゲルの街に帰ってくることができた。
先ほどと同じピーゲルの冒険者ギルドの2階の部屋に変わりはなく、レイニーは今回のテレポートもうまく行ったのだと分かると"ふう"と一息を吐いた。そこへラッシュへ飛ぶ時に魔法陣を発動してくれたギルド職員がやってきたので、無事にラッシュに行って来られたことを報告した。
「無事に行って来られたようですね。初めてのテレポートはいかがでしたか?」
「あっという間でした。体験させて頂いてありがとうございました!」
「初テレポート記念に贈呈するものがありますので、この建物の1階の受付カウンターで是非とも受け取ってください。」
「分かりました。ありがとうございます。」
レイニーは職員にお礼を言って2階の部屋から1階のギルドの受付カウンターに戻るとシルビーが笑顔で出迎えてくれた。
「あっ、レイニーちゃん。テレポートはどうだった?」
「もの凄く早いですね!あっという間にラッシュの街に着くことが出来ました!いい経験をさせてもらいました!」
「それは何より!それじゃあ、初テレポート記念にギルドからレイニーちゃんに贈り物があるのよ。これをどうぞ。」
そう言ってシルビーがレイニーに渡したのは一枚の布だった。
「これは?」
「それは錬金術を使用する際に使う魔法陣が描かれた布だよ。」
「錬金術?」
「そうそう。錬金術は様々な材料を組み合わせて魔力とこの魔法陣を使って違うアイテムを生成することなんだけど。簡単に言えばポーションとかを作る時に使えるものね。」
「なるほど!ポーションを作るのも錬金術だったんですね。これを使えば…!」
レイニーはシルビーからの説明を受けるとあることを思いついた。レイニーはこの錬金術が使える布を利用してナシュナのための安心安全な移動手段を作ろうと考えた。
シルビーにお礼を言って冒険者ギルドを後にすると、レイニーはまず材料を集めるために、様々な人に聞いてみるのがいいと思い、1人目に選んだのはザルじいだった。
レイニーが家に帰るとザルじいがコーヒーを淹れていたようだった。
「おかえり、レイニー。レイニーもコーヒー飲むかい?」
「うん。私にも淹れてくれる?それでザルじい、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」
「ん?なんじゃ?」
「私今シリウスさんからナシュナが安心安全にお店と自宅を行き来できるように何か方法を考えてくれないかって言われてて…。それでアイテムを作ろうと思って、その材料を探してるんだけど、ザルじいは何か迷わず目的地に行けるような材料に心当たりない?」
「うーん、そうじゃのう…。"導き石"なんかはどうじゃ?」
「導き石!その手があったね!あれなら目的地まで案内してくれる役目を持ってるし…。ザルじいありがとう!」
「ほっほっ、わしのアイディアが才能されたようで何よりじゃわい。」
レイニーはザルじいが淹れてくれたコーヒーを飲んで一息吐くと、直ぐに家を出てナシュナのための移動手段のアイテム素材を探すために奔走した。導き石の他に後2つくらいの素材があった方が錬金術を使用した際に目的のものができやすいと聞いたのでレイニーは次に冒険者の先輩であるリトを頼るためにリトの家を訪れた。
「あら、こんにちは、レイニーちゃん。リトなら今日は冒険者ギルドに行くって言ってたわ。そろそろクエストも終わって帰ってくると思うから、ギルドに行ってみたら?」
リトの家に行くと出迎えてくれたランラがリトの居場所を教えてくれたのでレイニーは直ぐにギルドに向かった。するとクエストで戦闘をしてきたのか少し薄汚れているリトを見つけることができた。
「リト!」
「あれ、レイニー?どうしたんだ?」
「是非リトにも手伝ってもらいたいことがあって!」
「俺に手伝ってもらいたいこと?」
「うん!ナシュナさんのために馬車や徒歩以外の移動手段のためのアイテムを錬金術で作りたいと思ってて…。ザルじいから導き石のアイディアを貰ったはいいけど、それ以外が思いつかなくて。冒険者の先輩のリトに聞けばなにかいいアイテム知らないかな〜と思って!」
「確かにナシュナさんは暗くなってから帰ってるもんな…、若い女の子がいたら心配な時間だもんな。よし、俺もその話に協力させてもらうぜ!心当たりのアイテムは無いけど、図書館に行けば何かいいアイディアが浮かぶかもしれないぞ!明日2人で図書館に行ってみようぜ!」
「ありがとう、リト!今日はリトも疲れてるもんね、明日の10時に図書館前で待ち合わせでいい?」
「ああ。分かった。」
こうしてナシュナの夫のシリウスから頼まれた移動手段のアイテムを作るための材料探しは規模が段々大きくなってきたのだった。




