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Level.22 家族に黙って

Level.22 家族に黙って

 土日の営業を終えて次の日の月曜日は喫茶店も冒険者業もお休みをしたレイニーは火曜日になると朝から慌ただしく準備を始めた。理由は10時からナシュナを雇用するかどうかの面接があるからだった。朝ごはんを食べ終えるとレイニーはいつもの喫茶店での服装――白いワイシャツと黒のエプロンに着替えてナシュナが来るのを待った。

 10時の数分前になるとコンコンコンとお店の扉がノックされたのでレイニーが出てみるとそこにはシンプルだが、お人形さんのようなナシュナが着ると華やかになるワンピースを着た噂のナシュナが立っていた。

「ナシュナさん、いらっしゃいませ。さ、面接を行いましょう。カウンター席に座ってください。」

「は、はい!」

「ザルじい、2人分のコーヒーお願い!ミルクと砂糖も準備しといて!」

「あい、わかった。」

「あのおじいさんも従業員さんなのですか?」

「ええ。そうですよ。私と一緒に厨房で料理をしてくれる料理の師匠です。」

「料理の師匠…なんだか凄そうです。」

 レイニーが店内に入ってきたナシュナをカウンター席までエスコートしていると、厨房から様子を覗き込んでいたザルじいにコーヒーを淹れてもらうよう、お願いすると、ナシュナもザルじいに気付き、こそこそと話しかけてきた。レイニーも何故か声のボリュームを小さくして返事をした。

 2人で並んでカウンター席に座って面接がスタートした。

「えっと、まずはお名前ですね。」

「ナシュナ・ロームントと申します!」

「年齢は?」

「18歳です!」

「私と同い年ですね。若いのに嫁いでるなんて凄いですね…。」

「レイニーさんも18歳だったんですね!大人な雰囲気が出てるので年上かと思ってました…!」

 レイニーが質問していると年齢の項目で少し脱線してしまったが、話を面接に戻した。

「コホン、それではこのお店で働きたいという志望動機をお伺いします。」

「きっかけはレイニーさんが勧めてくれたのもありますけど…、お金持ちの家に嫁いだというだけで日々つまらない毎日を過ごしていたので、少しでも違うことをしたい!と思ってたら、コーヒーという珍しい飲み物があると噂を聞きまして…!このお店に来たら、内装外装共におしゃれでコーヒーのことも飲んでみてその魅力に取り憑かれてしまいました。是非ともこのお店でコーヒーの勉強をしながら貴族のつまらない日々から脱したいと思いました…!」

「ありがとうございます。分かりました。それでは…来週の土日から正式に雇用させて頂きます。前日の金曜日に一度お店に来て頂いて、ザルじい…えっとザルドさんからコーヒーと紅茶の淹れ方を習って頂きます。それを覚えてからホールでの接客業の練習をして土日に実際に働いていただきます。よろしいですか?」

「はい!よろしくお願いします!」

 レイニーはナシュナの志望動機を聞いてコーヒーへの情熱が冷めることはないだろうと思い、ナシュナを雇用することに決めた。そして喫茶店営業日の前日にホールでの接客業の練習などをしてもらうため、お店に来て欲しいとお願いをしておいた。そんな話をしていると、厨房からザルじいが2人分のコーヒーを淹れて持ってきてくれた。

「ほれ、お嬢さんもどうぞ。」

「ありがとうございます。あなたがレイニーさんの言っていたザルド…さん?」

「そうじゃよ。厨房で料理を担当しているザルドというものじゃ。気軽にザルじいと呼んでくれ。」

「わ、分かりました!よろしくお願いします、ザルじい!」

そんな風にコーヒーを飲みながら談笑をしていると、お店の扉がコンコンコンとノックされた。

「誰でしょう?」

 レイニーが首を傾げながらお店の扉を開けた。

「すみません…、今日の営業はお休みで…。」

「おい!ここにナシュナがいるんだろ!?ナシュナ!」

 レイニーが扉を少し開けて今日は定休日だということを伝えようとしたそのわずかな隙間から足を捻じ入れてお店の中に強引に入ってくる男性が現れた。

「ちょっ、だ、誰ですかあなたは!勝手に入らないでください!」

「お前だな!最近のナシュナの様子がおかしかった原因は!」

「え!?ど、どういうことですか!?」

 お店の扉で押し問答をしているとナシュナが近付いてきたと思ったら…

「乱暴はよしてください、シリウス!」

「ナシュナ…。」

 大声をあげたナシュナにレイニーも"シリウス"と呼ばれた男性も動きを止めた。

「レイニーさん、こんな状況ですが紹介させてください。この方は私の夫のシリウスといいます。」

「…シリウス・ロームントだ。」

「シリウス、こちら喫茶レインの店長さんのレイニーさんです。」

「この女性があの噂の飲食店の店長?そうは見えないが…。」

 シリウスはナシュナの紹介を受けると頭を少しだけ下げて会釈をした。レイニーもナシュナから紹介されて会釈をしたのだが、シリウスからの"こんな女性が店長?"という発言にちょっとばかしイラつきを覚えたが、そんなことで怒ってどうすると自分を鎮めて笑顔で答えた。

「初めまして、シリウスさん。私はレイニー。この喫茶レインの店長を任せてもらっています。どうぞお見知りおきを。」

 レイニーは貴族社会での挨拶など知らなかったので、自分の中での最上位の敬意の払う挨拶をしてみた。

 レイニーの自己紹介を聞くとシリウスは先ほどまでレイニーとナシュナが並んで座っていたカウンター席にどかっと座ると"はぁ…"とため息を吐いた。

「ナシュナ、最初から説明してくれるよな…?」

「はい…。お話しします。」

 シリウスからそう言われたナシュナは観念したようにカウンター席のシリウスの隣に腰を下ろし、そして話し始めた。

「私はこの喫茶店に来ていることを家族の誰にも話していなかったのです。先日馬車で初めて来た時も、今度は華やかなドレスではなくワンピースを着て2度目の来店をした時も。そして今日の面接のことも…。黙っていて申し訳ありませんでした。」

「ナシュナさん…。私の方からも謝らせてください。ナシュナさんが家族に黙って来店しているとは知らなかったとはいえ、コーヒーへの情熱がありそうだというそんな抽象的な判断でこのお店で働かないかと誘ってしまったこと、本当にすみませんでした。」

「レイニーさんは悪くありません!私が黙って行動を起こしていたのが原因なのです。シリウスが心配して当然です。」

 レイニーも謝罪を述べるとナシュナが首を弱く左右に振って原因は自分にあると言って聞かないため、話はシリウスの方に向いた。

「俺も…悪かった。急に怒鳴り込んできて…。店のものは壊してはいないが、でもナシュナにもそこの店長にも怖い思いをさせてしまったこと、申し訳ない。」

 シリウスは椅子から立ち上がって上半身を90度に曲げて深々と頭を下げた。

 みんなで謝りあってなんとか話を整理できたところで、ザルじいが厨房から何かを持ってきてくれた。

「皆お腹が空いておるじゃろう?グラタンを用意したから食べなさい。そこの旦那さんはコーヒーを飲まれるかい?」

「えっ、俺はいいですよ!ナシュナを連れて帰るために来たので…」

 シリウスがそう言ってザルじいが用意してくれたグラタンを要らないと突っぱねようとした時、ナシュナがシリウスに隣の椅子に座るよう、誘った。

「シリウス。ここのお店の料理はとっても美味しいんですよ。貴方にも是非味わってもらいたいんです。それに私がここで働きたいと思った一番の理由のコーヒーも是非ご賞味いただきたいです。」

「はぁ…ナシュナが言うなら…。」

 シリウスはどうやらナシュナには弱いみたいでナシュナの説得もあり、シリウスは再び席に着くと目の前にほかほかと湯気が立っているグラタンが運ばれてきた。

 ザルじいが厨房で何かを作っているのは横目で分かってはいたが、グラタンだったとは…とレイニーが思っていると、ザルじいが今度はコーヒーを持ってきた。

「皆、コーヒーに砂糖とミルクはいるじゃろう?好きなだけ使っていいからの。」

「ありがとうございます、ザルじい。」

 ナシュナが砂糖とミルクを運ばれてきた真っ黒なコーヒーに入れて行きマーブル模様を作り出しているのをシリウスがびっくりした表情で見ていると、ナシュナがシリアスに笑いかけた。

「大丈夫ですよ、シリウス。コーヒーは奥深くで無限の可能性を秘めています。シリウスもきっと自分の好きな飲み方を見つけることができますよ。」

 ナシュナが安心させるようにシリウスに言うとシリウスはまずそのままのブラックコーヒーでちびっと飲んでみた。すると目を少しだけ見開いた。

「美味しい…。」

「ほっほっ、シリウスさんはブラックコーヒーがお好きなようじゃな!大人の証じゃな。」

 シリウスのポツリとこぼれた言葉をザルじいが掬い上げたことでナシュナとレイニーは顔を見合わせた。

「苦味があるけど嫌な苦味ではないし酸味とコクも感じる…これがコーヒー…。確かに奥深そうだ。」

「シリウスさんご夫婦でコーヒーについて興味がおありでしたら、わしがコーヒーについての知識を2人に伝授しますぞ。」

「えっ、いいんですか!?」

「ナシュナさんの食いつきが速い。」

 ザルじいが自分の入れたコーヒーを気に入ってくれた2人にコーヒーの淹れ方を伝授することになった。

 それからグラタンを4人で食べてから午後はザルじいがナシュナとシリウスにコーヒーの焙煎の仕方、ミルでの挽き方、そしてドリップコーヒーの作り方を教えてあげていた。

 レイニーはそんな3人の様子をカウンターの席越しで見ていた。

 ナシュナとシリウスの夫婦の姿を見て、こういう関係が羨ましいなぁとレイニーは思いつつも、喫茶レインに新しい風をもたらしてくれるとレイニーはナシュナへの可能性を感じていたのだった。

 

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