Level.2 行き倒れの青年
Level.2 行き倒れの青年
ザルドからこの世界に転生した理由を知った皐月はその日はザルドが"一人の時間は退屈じゃろう"と皐月が眠るまで、この世界でザルドが歩んできた人生の話をしてくれた。ザルドの話し口調は穏やかでそれが心地よい子守歌のようで、皐月はザルドがこの世界で初めてパスタを作った時の話を聞いているときに意識を手放した。
翌日。森から聞こえる小鳥のさえずりで目が覚めた皐月はベッドから起き上がり、ぐぐーっと伸びをした。昨日はザルドからこの世界の話を聞いただけで終わってしまったので、結構な時間寝ていたことになる。凝り固まった体をほぐすように伸びをしてから、皐月は自分が眠っていた部屋をぐるりと見渡してみた。
森の小屋とザルドが言っていた通り木でできた温かみのあるログハウスのようで、皐月がこの世界にやってきたときに倒れていたのが、この小屋のある森なのだろうと思っていると、コンコンコンと部屋の扉がノックされた。
「はーい、どうぞ。」
「おお、お嬢さん起きておったか。朝ごはんができておるが一緒に食べるかの?」
「朝ごはんまで用意してもらって…、ありがとうございます。はい、一緒にいただきます。」
皐月が部屋の探索をしていると、ザルドが皐月の様子を見に来てくれたので、一緒に朝ごはんを食べることにして、そこで皐月は初めて部屋の外へと出たのだった。きょろきょろと小屋の中を見ていると、先にザルドは朝ごはんが用意されているリビングで皐月が来るのを待っていた。
「昨日はよく眠れたかの?」
「はい。もうぐっすりでした。温かい卵粥を食べたからだと思います。」
「ほっほっほっ、それはよかった。そうじゃ、お嬢さんの名前を聞いておらんかったの。名前はなんという?」
「露野皐月といいます。この世界には合わない名前でしょうか…?」
「皐月さんというのだな。そうじゃのう、この世界にはちと不釣り合いかもしれん。新しい名前を付けようかの。」
ザルドは楽しそうに話をしながら、手を動かすのは辞めず手際よくトーストの準備をしていた。そして皐月の名前の話になると、その立派な白髭を撫でながら、皐月のこの世界での新しい名前を考えてくれた。
「雨の日に出会ったから、"レイニー"というのはどうじゃ?」
「レイニー…。可愛い名前ですね!気に入りました!私は今日からレイニー、ですね!レイニー…レイニーかあ…ふふっ。」
ザルドから名づけられた"レイニー"と言う名前を復唱して皐月改め、レイニーは嬉しそうに微笑んだ。そんなレイニーの様子にザルドも嬉しそうにして二人で朝ごはんの時間を堪能した。
朝ごはんの後の皿洗いをしながら、話題はザルドがこの小屋に住み始めてどれくらい経ったのかという話だった。
「わしはもうこの世界に来て、20年以上は経っておる。その間、自分でこの小屋を見つけて、森の中で生活しておる。」
「20年も…一人で…。ザルドさんは一人で寂しくないんですか?」
「そうじゃのう、もう寂しいとは思わんなぁ。たまに食料を調達しに近くのピーゲルという街には出向くし、その街の人とも交流はしておるから大丈夫じゃよ。」
「そうなんですね…。私もいつかその街に行ってみたいです。そういえばザルドさんに転生のことを話してくれた恩人という方は…。」
レイニーはふと気付いたことをザルドに尋ねてみた。恩人の話を聞いてこの家にいるのかと思ってリビングをキョロキョロと見渡してみても、もう1人住んでいるような形跡はない。
「わしを助けてくれた恩人はもうここには住んでおらんよ。今は大事な仕事があるから、別の土地におるんじゃよ。」
「あ、そうなんですね…。ザルドさんの恩人という方に会ってみたいなと思ってたんですけど…」
「ありがとうな、レイニー。して、レイニーよ、その"ザルドさん"というのがちょっとな…、"ザルじい"と呼んではくれぬか?レイニーは孫みたいなもんじゃから、そう呼ばれてみたくての。」
「え…?ザルじい、ですか?」
「うむ、そうじゃ。あと敬語もいらんよ。今日からレイニーはわしの家族なんじゃから。」
「家族…」
ザルじいからの可愛らしいお願いを聞いたあと、ザルじいからの"家族“という言葉にレイニーはぴくりと反応した。前にいた世界の家族や友人は皐月が急にいなくなったことにどういう反応をしているのだろうとか考えてしまい、動きを止めてしまった。
「レイニー。前を向いて進めば、きっと。お主にもこの世界に来て良かったと思える日が必ず来る。それまで頑張れるかの?」
「!うん、頑張るよ、ザルじい。この世界での命を貰ったんだから。全力で生きてみせるよ!」
動きを止めてしまったレイニーにザルじいが手を洗って拭いてからレイニーの肩に手を置き、励ますように微笑みを送ってくれた。
そんなザルじいの励ましにレイニーはグッと握り拳を作ってこの世界でも強く生きてみせると誓った。
――――――
それから翌日。この日は森へ食料の調達をしに行くことになった。小屋に住み始めてからはザルじいが定期的に森の動物を狩って食料にしているらしく、レイニーはその手伝いで、一緒に森に行くことになった。
朝から森へ行く支度をしていると、レイニーの部屋にザルじいがやってきた。
「レイニー、森に行く時にこれを持って行きなさい。」
「これは?」
「"導き石"というものじゃよ。森で迷ったらこの石を持ちながら行きたい場所のことを強く思うと、石が熱くない炎を纏ってその炎のゆらめきを見て道を指し示してくれるものじゃ。それを持っておればわしと逸れても1人でこの小屋に帰ってくることが出来るじゃろうて。」
「分かった。ありがとう、ザルじい。」
「ほっほっ、準備が出来たら出発するぞ。」
「うん!今行く!」
レイニーはザルじいが用意してくれた男女兼用の少し丈の長いチュニックのような服とズボンとブーツをくれた。これでこの世界の住人として森に出かけた時でも違和感なく溶け込めそうだった。
そして、森に出かけて数分。森の入り口から水の音が聞こえてきてもう少しで川が…というところで、レイニーが何かに気づいた。
「ん?なんだろう、あれ…」
茂みから覗くものがこの森の中にしては不釣り合いなもので、黒光りするそれは人の靴のようだった。それを見た瞬間レイニーはさーっと血の気が引くのを感じた。
「ざ、ザルじい、人が…!」
レイニーは慌ててその人の靴を引っ張って茂みから人間を引き摺り出すと現れた銀髪の男性の呼吸を見た。
「よ、良かった、息してる…。でもどうしてこんなところで…」
とレイニーが安堵した表情で男性の格好をまじまじと見ていると、急に男性の目がカッと開いて、レイニの手首を掴んだ。
「きゃっ!」
「ご…」
「ご?」
「ご飯を…ください…」
あまりのホラーな出来事にレイニーは恐怖を感じて短い悲鳴をあげたのだが、次に発せられた言葉にレイニーはぽかーんとした。目の前の男性は間違いなく"ご飯をください"と言ったのだ。
「ザルじい、この人ご飯たべたがってる!小屋に運ばなくちゃ!」
「分かったぞ。ん?この青年どこかで…」
「早く!ザルじい!この人お腹空かせて死んじゃうよ!」
ザルじいが目の前で倒れている男性を見て顎髭を撫でていたが、レイニーに急かされて男性をおんぶして、2人で導き石を使って小屋まで帰ってきた。
まず行き倒れていた男性をレイニーが寝起きしていた部屋の隣の部屋のベッドに寝かせて、今日は天気が良かったので、外空気を入れるため、窓を開け放ちそよそよと心地よい風が入ってくるのを見てから、レイニーはキッチンでザルじいとたくさんの料理を作った。
あの行き倒れていた青年はおなかを空かせて動けなくなっていたので、たくさんの料理をもりもり食べてもらおうと思い、2人でご馳走を作ったのだった。
そして、夕方になると男性の目が覚めたようで、まだフラフラとした足取りだったが、キッチンでパタパタと行き来しながら料理をするレイニーのことを見つけて男性が声を掛けてきた。
「あ、あの、俺のこと助けてくれた…人?」
「あっ!目が覚めたんですね!今ご飯が出来上がるので、そこの椅子に座って待っててください!」
「お、おう。」
目が覚めた銀髪の男性はレイニーに言われた通り椅子に座っているとレイニーとザルじいで作り上げた料理の数々が彼の前にあるテーブルの上に所狭しと並べられた。
「さぁ!召し上がれ!」