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Level.1 雨の日と卵粥

Level.1 雨の日と卵粥

しとしとと雨が降る音が聞こえる。雨粒が自分の頬に当たっている感覚がする。

湿っぽい地面の匂いがすぐ近くからする。

そんな周りの様子が少しずつ鮮明になっていく中、今自分がどこにいるのか全く分からなかった。

「(瞼が開かない…、さっきまでベッドで寝ていたはず…。地面の香りが凄く近く感じる…)」

そんなことを思っているとザクザクぴちゃぴちゃと雨の中地面を踏み締めて歩く足音がした。

自分のすぐ近くでその音が止んだかと思うと、ゆっくりと自分の体が持ち上がった気がした。

ゆらゆらとゆりかごのように揺れながら誰かに運ばれている感覚を覚えながら、私、露野皐月は再び意識を手放したのであった。

――――――

「はっ!」

目が覚めるとそこは雨が降りしきる外…ではなく、温かみを感じる木でできた家のようだった。

「ここ、どこ…?私の家じゃないし…」

皐月が18年間過ごした見慣れた自宅、とは違う初めて見る家具や天井を見て皐月は混乱し始めた。

どうして自宅ではないこんな場所のベッドで横たわっているのか、訳が分からず皐月はとりあえず起き上がって今の状況を整理してみることにした。

「(えっと、私は昨日まで大学に通ってて…家に帰って来てから疲れてベッドに倒れ込んで…それから…)あーもう思い出せない!ここどこよ!」

起き上がることは出来てもなんだか身体が怠く重い感覚があったのでベッドからは出ずにきょろきょろと辺りを見渡した。状況把握のために冷静になりたいのに、目で見える情報を集めていく度に混乱する要素ばかりで皐月は頭をガシガシと掻いていらつきを表した。

そんなことをしているとコンコンコンと部屋の扉がノックされた。

「(えっ、誰だろ?)ど、どうぞ…」

誰が今自分のいる部屋の扉をノックしたのか分からなかったが、この状況を説明できる人が来るのかもしれないと、淡い期待を持ってノックに返事をすると、ガチャリと扉を開けて入って来たのは、白い髭が印象的な優しそうなおじいさんだった。

「目が覚めたようじゃの。それに声も出ておるようじゃし、今ならご飯も食べられるじゃろ。」

と心地よいおじいさんイメージの声そのもので、お盆を皐月のいるベッド脇のテーブルに乗せた。

ゆっくりと皐月の額に向かってそのしわくちゃな手を伸ばして来たので、皐月は咄嗟に何かされるのではと手を構えたが、そんな様子におじいさんは軽く笑って"大丈夫じゃよ。熱を測るだけじゃ。"と言って皐月の手をゆっくりと退かして額に手を置き熱を診てくれた。

「うむ、雨の中で倒れていたからの、熱があるか心配じゃったが、熱は無さそうだの。」

「あ、あの…、あなたは…?」

熱を診終えたおじいさんはベッド脇の小さな椅子に座った。そこで皐月はようやく自分で声を出しておじいさんに問いかけた。聞きたいことが山ほどあるがまずはおじいさんの正体を知らないことには始まらないと思った。

「わしはザルドという者じゃ。この森の小屋で一人暮らしをしておる。」

「ザルド、さん…。あの、森の小屋って…私、家の自分の部屋で寝ていたはずなんですけど…」

皐月はザルドという名前を復唱して頭の中にインプットすると、ザルドおじいさんが言った言葉の中で知らないことが出て来たのでそれを問いかけた。

「ここは、ハインツ皇国という国のピーゲルという街に程近い森の小屋じゃよ。まぁ…、お嬢さんには聞き慣れない言葉ばかりだと思うが…。」

「は、ハインツ皇国?ピーゲル?そんな国知らないんですけど…」

「混乱するのも無理はない…。ちゃんと説明するからの。よく聞くんじゃぞ。」

「は、はい。」

ザルドの真剣そうな表情から皐月はベッドの上で正座をし、これから話すザルドの話を真剣に聞く準備をした。

「まず、簡潔的に言うとここはお嬢さんがいた世界とは別の世界なんじゃよ。」

「は?」

あまりにも突拍子もない事を告げられて皐月は間抜けな声を出してしまった。そんな世界が違うだなんて、皐月は思いもしていなかった。

「お嬢さんはな、世界の歪みからこの世界にやって来た人間なんじゃよ。世界の歪みは数年に一度開く。そしてその歪みを使ってこの世界の神様はお嬢さんを選び、この世界に招き入れた。神様は色んな人たちを集めて篩にかける。その篩の中から残った人間を世界の歪みを使って世界を超える転生をさせたんじゃ。」

「…私はその篩にかけられた中で残ってしまった…と?」

「そう言うことになるのう。篩に残った人はその世界で新しい生活を始め、世界を変えるような期待を込めて送り出されるのじゃ。」

「そんな…、私まだ18歳だし、大学にも通ってたのに…!両親は!?友達は!?まだ…まだやりたいことだってあったのに…!元の世界には戻れるんですよね?戻りたいです!どうにかして…!」

「すまないが、元の世界に戻る術は…無いんじゃよ。」

「そ、そんな…。」

皐月は混乱してベッド脇のザルドの服を掴んで揺さぶった。

だが、ザルドから返ってきた言葉に絶望した表情を見せた。元の世界に戻れない、その事実を知って皐月は項垂れた。

「この世界の神様はこの世界でも生き生きと生きて欲しいと望んでおられる。元の世界に戻れない絶望よりも今目の前の現実を受け入れ、この世界を愛してほしい、そう思っておるんじゃよ。」

「そんな…私は…。」

「直ぐに受け入れられないのも分かる。わしもそうじゃったからの。」

「え…、ザルドさんも…ってことは世界の歪みからやってきた別世界の人…ってことですか?」

「ああ。そうじゃよ。わしも元は別の世界にいた人間での。神様の篩に掛けられてこの世界に転生させられた身なのじゃよ。」

「ザルドさんも…どうやってこの世界に溶け込んだんですか?どうして受け入れることが…」

「わしはの、この世界の美しさと力強さに惚れたのよ…。外を見てごらん。」

皐月はザルドに言われた通りこの部屋の唯一の窓から外を見るとそこには雨が上がり虹が二重に掛かっているのが見えた。そして雨粒が森の木々に残り陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。雨上がりのなんの変哲もない風景が皐月の目には映っていた。だが、前にいた世界よりも何故だかとても綺麗に見えた。

「本当だ…綺麗…」

「そうじゃろ?この世界にはまだまだ美しいと思える風景が広がっておる。そしてこれからこの世界で暮らす人々とも交流していくだろうよ。この世界でも人は力強く生きておる。その力強さにお嬢さんも勇気付けられること間違いなしじゃろう。」

「この世界の人…。ザルドさんはそうやって美しさと力強さを感じてこの世界で生きようと思ったんですか?」

「ああ。そうじゃよ。それに…わしの趣味だった料理も存分に出来るからの。」

そう言ってザルドはベッド脇のテーブルに置いていたお盆を皐月の膝の上に乗せた。

「まずはお腹が空いておるじゃろうて。この卵粥を食べなさい。わしが作ったものじゃよ。安心しなさい、変なものは入っておらんよ。」

「あ、ありがとうございます。」

皐月の膝の上に乗せられたお盆からはほんのりとした温かみを感じられ、お盆の上の土鍋の負担開けるとまだほかほかとした湯気が上がるほど温かい卵粥がそこにはあった。

「美味しそう…。いただきます。」

皐月は合掌してスプーンを手に取るとゆっくりと卵粥を掬いふーふーと息を吹きかけた。熱そうな見た目からか念入りに冷ますと口に運んだ。まだ口に入れても熱かったのではふはふと熱を逃しながら卵粥を味わうと優しい卵とほんのりと出汁の効いた醤油味が懐かしく感じられた。

「どうじゃ?美味しいか?」

「はい…、美味しいです…ぐすっ…」

皐月は卵粥を食べながらポタポタと涙を流した。もう元いた世界には戻れない絶望を味わい、そしてこの世界の美しさも同時に知った。色んな感情がごちゃ混ぜになっていた皐月にザルドの作ってくれた卵粥が心に染み渡り、ようやく状況を受け入れることが出来たことで涙が溢れてきたのだった。

「ザルドさん、私もこの世界で強く生きられるでしょうか。」

「お嬢さんなら大丈夫。神様が選んだ存在じゃ。何があってもこの世界での生き甲斐を見つけることが出来るじゃろうよ。」

そうザルドからの言葉を受けて皐月は涙を拭いながらほんのりと香る懐かしさを噛み締めながら卵粥を食べたのだった。


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