第6話 作戦会議
この身体になってから数日。
色々と分かった事がある。
屋敷での生活をしているうちに俺が生まれ変わった少女、アメリアの今まで生きてきた記憶のようなものが徐々に思い出されていった。それによると、アメリア・ローレンスは現在9歳で、ローレンス公爵家の3人兄妹で唯一の娘であることから、周囲より可愛がられ甘やかされながら育てられてきた。そのことで少々我儘な性格になっていたようだ。ハウスメイドや自分の身の回りをする周囲を困らせることもしばしば。
最近はそれもエスカレートしていき、気に入らないことがあると癇癪を起こすようになっていた。
前世の妹、紗代ことサーシャ・ヘスは男爵家の令嬢で俺の専属侍女らしいのだが、アメリアにはいつも手を焼いていたという。
朝起こしても「嫌だ」「まだ寝る」「うるさい」と言って起きないのはいつものことで、そういう時は抱きかかえて起こし身支度を整えていたようだ。
公爵家の令嬢ということで、礼儀作法を身に付けるべく家庭教師が雇われている。
淑女の所作など、前世の俺には全く無縁であったにも関わらず、しっかり身に付いていた事には驚いた。スカートの端を摘まんで膝を曲げる挨拶、カーテシーも鏡の前でしてみると自分とは思えない見事な美しさだった。
前世ではデスクワークが多く、すっかり猫背になっていた背中はピシッといつでも伸びている。人間って生活環境が違うとこうも変わるんだな・・・。
そんな公爵家の令嬢アメリア・ローレンスが何故7年後に死ぬ運命にあるのか。
それは、アメリアの婚約者でありこの国の第三王子でもあるセドリック・フォックスが重要な鍵を握っていた。
15歳になると魔力を持った者だけが入学できるという魔法学園に入学することになる。
さすが何でもありのゲームの世界なだけあって、どうやら俺、悪役令嬢のアメリアも魔力を保有しているらしい。
乙女ゲームではその学園にヒロインであるリリー・オーエンスが入学するシーンから始まるのだが、第三王子のセドリックはヒロインの攻略対象なのだ。学園生活を送る中で次第に惹かれあっていくヒロインとセドリック王子。
しかしアメリアはセドリックの婚約者。ヒロインを薄汚い、泥棒猫と散々罵り、周囲を巻き込んで陰湿ないじめを繰り広げる。そんなことを続けるアメリアにセドリックは婚約破棄を言い渡し、ヒロインと新たに婚約。
逆行したアメリアはヒロインに対し殺害を企てたが、寸手のところでセドリックが阻止し投獄される。
あとは王族の婚約者に対し殺害を企てたことで死罪となってしまう・・・。
何じゃそりゃ!乙女ゲーのシナリオって結構エグいな!
何も死罪にすることないのに・・・。しかも元々は婚約者がいるのに堂々と浮気してるセドリックが悪い気がするが。婚約者を好いてたアメリアにとっては可哀想な話だと思うんだが?
「まぁ、ゲームだからね。ヒロインの都合の良いようにできてるんだよ」
ずず、と紅茶を飲みながら言うメイド姿の妹。
俺はあれからいつもの日課となっていた妹の紗代ことサーシャと夕食後のティータイムという名目で、今後の作戦会議を行なっていた。
部屋の外では他の使用人に不審がられる可能性があるためアメリアと侍女として、部屋の中でサーシャと二人だけの時は兄妹としてお互い接するようにしている。
今回の議題はそのセドリックについてである。
「ついに明日はセドリックとやらと初顔合わせか・・・」
そう、先日決まったらしいアメリアとセドリックの婚約者として初めての顔合わせが、明日執り行われることとなっていた。少し胃が痛い。
「問題なのは、セドリックが婚約者であるアメリアを全然好いてなかったってところだと思うんだよね」
貴族の婚約は政略結婚であることがほとんどで、本人達の意思とは関係なく親同士で決められてしまうそうだ。
「元々親同士が勝手に決めた相手だし、我が儘で有名なお嬢様の相手は王子も疲れただろうし、そんな中ヒロイン補正かかってる美少女が現れるんだもんね。優しくて健気で周囲を癒すようなキャラクターなんだから、そりゃ惹かれるわ〜」
うんうん、と自分の顎に指を添えながらぶつぶつ呟いている。
「それで、よ!」
突然大きな声を上げた前世の妹は、人差し指を立てて、ずずいと近づいてくる。
「私、思いついたんだよね!このバッドエンドの回避方法が!!」
「お、おう、どんな方法?」
その勢いに押されながら、幼女姿の俺は口元を引きつりながら回答を促す。
「ズバリ、ヒロインに出会う前までにセドリックとの婚約を破棄する!!!」
婚約破棄・・・。
うーん・・・まぁ、確かに。俺もオウジサマが婚約者とかサブイボ物だし。
婚約なんて無かったことにしてもらえるなら・・・そうなって貰えると有難い。ただこの世界で公爵家の娘として生まれ、政略結婚の相手となるわけだ。
しかもあちらは王家。いくらこちらが公爵家だからといって、こちらから婚約破棄を申し付けるなんてことができるわけがない。俺的にはパンピーだからよく分からんけど、多分そうなんだと思う。
そもそも俺的にはもっと簡単に回避できる方法があると思うんだが。
「普通にヒロインを俺がいじめなければ良いんじゃないの?」
そう、原因はどちらかというと俺こと悪役令嬢のアメリアがヒロインをいじめた挙句、殺そうとしたことだ。そんなことしなければ良いだけだしするつもりもない。
ならもう回避完了だな、これで。
それを聞いて、前世の妹はうーん・・・と難しそうな顔をした。
「いや・・・この世界はシナリオに沿って描かれるゲームの世界だよ。おにーちゃんはその世界のいわば重要な悪役キャラなわけ。こちらが意図しなくてもシナリオに引っ張られてバッドエンドになるかもしれない」
神妙な面持ちで言うサーシャ。
「シナリオに引っ張られる・・・?」
俺はよく分からないワードに首を傾げた。
「うん、まだシナリオが始まってない世界だから全然根拠も無いんだけど・・・」
しかし、そういう事もあり得るのではと続ける。
「もういっそのこと、一番安全なルートはセドリックと関わらないことなんだけど、シナリオ通り婚約が目前に迫ってきてる。このルートを全力回避する方法を考えないと、行きつく先は断罪ルートまっしぐらだよ・・・」
机に両肘を立てて頭を抱え込む前世の妹を見て、訳も分からず決められてしまった俺の人生に若干の薄ら寒さを感じた。
「うーん、それなら」
俺も小さくなった幼女の手を顎の下に持っていき考える姿勢を取りながら答えた。
「セドリックとの婚約を成立させないようにする方法を考えたほうがいいかもな」
まだ顔合わせの段階なのだから、婚約が確定したわけではない。今なら軌道修正もできるかもしれない。
そうであれば、これが一番有効なのではないだろうか。
そもそも関わらなければ良いのだ。
「え、でも明日が顔合わせだって言うのに・・・」
俺は思いついた作戦を妹に伝える。
「・・・上手くいくかなぁ」
そう、上手く布石を取り除いていけばゲーム開始前には身の安全が確保できるかもしれない。
シナリオがどう作用するかは分からないが、まずは生き残れる可能性を作っていくことが最優先だ。
深夜遅くまで続いたが、妹と二人頷きあってその日の作戦会議は終了した。
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