第18話 サーシャの決意
準備の整った俺は侍女たちに案内され、両親の待つ広間に案内された。
出発前に姿を見せて挨拶をするためだ。
美しくなった姿を目にしたお父様は、またもや感動的な抱擁をしようと俺のもとに近づいてきたが、「せっかく準備をしたのに、セットが崩れてしまいますわ」というお母様の声によって制された。
「そろそろ神殿へ向かうお時間でございます」
侍女長から落ち着いた口調でそう伝えられると、先ほどまでデレデレと愛娘に鼻の下を伸ばしていたお父様の顔が引き締まり、イケメンに戻る。
おお、ミドルダンディ・・・・。
その変わりように感心していると、「さぁ私のお姫様、馬車までご一緒しましょう」と流れる所作でエスコートされた。
ガチの高位貴族であるお父様の所作は、それはもう紳士のお手本のようなスマートさだった。今でさえこれだ。全盛期はさぞモテたことだろう・・・。そう思いながら案内されるままに馬車が待つ門前まで移動すると、そこにはセシルお兄様が待っていた。
「セシルお兄様!」
最近の魔術訓練ですっかり仲良くなった俺は、セシルお兄様の元へ駆け寄る。
「アメリー!10歳のお誕生日おめでとう。今日は見違えるほど美しいね」
そう言って、自然な手つきで俺の手を取ると、手の甲にキスをするセシルお兄様。
わぁ!ビックリした!
触れるか触れないかくらいのキスではあったのだが、思わず手を引っ込めそうになってしまう。そこでふと、男性から女性の手の甲にキスをするのは挨拶だと習ったのを思い出し、平常心を保つ。
普段こんな事はしないが、セシルお兄様も立派な公爵家の次男だ。
一連の所作に、どこぞやの王子様みたいだなと思ってしまう。まだセドリック王子とはこういった触れ合いをした事は無いが・・・。
「あ、ありがとうございます・・・」
表には出さないようにしつつ、内面で焦る俺のことを知ってか知らずか、セシルお兄様は可笑しそうにクツクツと笑う。そんな笑い方も高位貴族なだけあって上品に笑うものなのだな、と思ってしまった。
「エドワードお兄様は学園に行っているから見送れないけれど、晩餐には参加すると思うから」
確かにこの場にいないが、長男のエドワードは毎日魔法学園に通っているのでこの時間に屋敷にいること自体が珍しいのだ。
時刻は間もなく昼を迎える。
お父様にエスコートされ馬車の中へ乗り込むと、後から専属侍女のサーシャも乗り込んできた。
「それでは行ってまいります」
「あぁ、気を付けてな」
お父様、お母様、セシルお兄様に見送られ、いよいよ神殿へ出発だ。
ーーーー
馬車の中はそれなりに広い。
ソファもふかふかで座り心地が良かった。
よく、馬車は揺れるからお尻が痛くなる・・・なんて話も聞くが、そんな事にはならなさそうだ。これも公爵家の馬車だからなのだろうか。多少、揺れはするが、さほど気にならない。
そんな事を考えていると、正面に座ったサーシャが口を開いた。
「なんだか不思議な感じだよね」
「うん?何が?」
その言葉に、反射的に返す俺に対し、サーシャはそのまま続ける。
「こんなに綺麗で可愛いお嬢様が、実はおにーちゃんで、乙女ゲームの世界の悪役令嬢だなんて。なんだか夢を見てる気分だよ」
確かにその通りだ。そう思い、何の気なしに答える。
「そうだなー。俺も未だに不思議な感じがするよ。男でもなく、女の子として生きるっていうのもな」
「うん。でも、まだ5年も先の話ではあるけど、シナリオが始まってしまうことを思うとすごく怖いんだ」
サーシャは馬車の窓から外を眺めながら、頬杖をついてそう言う。
「今の段階ではセドリック王子としか出会わないから、何ができるって事も無いんだけどさ。今日、アメリアの10歳の誕生日を迎えて、どんどんその日は近づいて来るんだなって」
そこで言葉を区切ると、真剣な表情のサーシャと目が合う。
「・・・・またお兄ちゃんが死んじゃったらって思うと、不安で堪らなくなるの」
「・・・・っ」
不安げに揺れるその瞳を見て、後頭部を鈍器で殴られたような錯覚がした。
いま俺は、公爵家のお嬢様として周囲から蝶よ花よと扱われ、時間があれば趣味の絵を描いて、セシルお兄様には魔法を教えてもらって、何だか充実して楽しい日々を送ってしまっていた。
この世界の俺、アメリア・ローレンスは、乙女ゲームの世界の悪役令嬢。ゲームの作中で断罪され、死んでしまうキャラクターなのだ。
先のことだからと、何となく目を背けていた現実を、目の前に叩きつけられたような感覚がした。
「・・・大丈夫。大丈夫だよ」
俯くサーシャに、何か言わなければと口を開き、少し上ずった声が出た。
何が大丈夫なのだろうか。
「お前もいるし、お兄ちゃんもいるんだぞ」
自分の口から出ているはずの声が、どこか遠くから聞こえているように感じる。
この口は何を言っているのだろうか。サーシャと俺がいるから何だというのだ。
俺は徐々に俯いていく。
どこにこの決められたルートを回避できる根拠があるというのだろう。
目の前に座る少女を見ろ。前世の28歳だった俺からみたら中学生ほどの年齢のこの少女を。
死ぬには早すぎたが、その年齢まで生きたからこそ知っている。5年という年月の短さを。何もしなければ、あっという間に過ぎてしまう時間の無慈悲さを。
サーシャもそれを知っているからこそ、恐れているのだ。
一度終えた人生。
気がついたら転生していて、前世では自分のせいで兄を死なせてしまっていたことを覚えている彼女が、近い将来また兄が死ぬということを知っているのだ。
その心境はいかほどだろうか。
そう思い至ると、これ以上は何もいう事が出来なかった。
二人とも黙り、シンとした空気の中、カタカタと馬が走り、馬車の車輪が回る音だけが辺りを包み込んだ。
「・・・・なせない」
小さくサーシャの声が聞こえた。
「え?」
反射的に聞き返し顔を上げると、強い意志を宿した瞳がそこにあった。
「死なせないよ、お兄ちゃんのこと。でも今のままじゃ守れる根拠が無いから、私、強くなろうと思う」
そう言ったサーシャの瞳は真剣だった。
「強くって・・・どうやって・・・」
突然の展開にやや押されながら、尋ねる。
すると、サーシャは意を決したように口を開いた。
「公爵家にはね、優秀な護衛がたくさんいるんだ。騎士じゃなくて、侍女という立場でも、暗殺者とかから主人を守れるように訓練を受けている人もいる」
なんとなくそれを聞いて、前世のアニメにそんな執事ものとかあったなぁと思ってしまった。つまり、アレがこの世界の現実として存在するという事か。
「そういった人たちは、公爵家の特殊訓練を受けているの」
特殊訓練・・・。本当にマンガやアニメみたいだ。そういえば騎士たちの訓練場も屋敷内にあるわけだし、そういった形なのだろうか。
「ずっと考えてたんだ。おにーちゃんが万が一、ゲームのシナリオ通り死亡ルートになりそうだとしても、それから身を守れる力があれば良いんじゃないかなって」
真剣な物言いに、俺はごくりと息を呑んだ。
「・・・それでね、特殊訓練の施設は公爵家の敷地内には無いんだ」
「え・・・」
何となく彼女の言いたいことが分かってしまった。
「それって・・・」
「うん」
彼女の意思が硬いことが、その瞳から見て取れた。
「おにーちゃん、私、公爵家を離れて特殊訓練を受けようと思う」
思えばここ数日、サーシャと会話をする機会が減っていた。
セシルお兄様から教わる魔術が楽しくて、いつも練習にのめりこんでしまっていたからだ。
練習がない日は家庭教師が来て、勉強やマナーを学んでいたし、少し余裕ができればスケッチブックに絵を描いたり、自分のしたいことに時間を使っていた。
そんな中、公爵家の侍女として仕事をこなし、ゲームのシナリオの事を思い、どう回避したらいいのか毎日考えていたのだろう。
特殊訓練が行われる場所は秘匿とされており、教えてもらうことが出来なかった。サーシャ自身も現段階ではまだ知らないようだが。
訓練は、習得するまでの数年間、その環境に身を置き公爵家の屋敷に戻ることはないそうだ。
ゲームのシナリオが始まるまで5年。必ずそれまでには強くなって戻ってくるから、と強く意気込まれる。
俺は頼りない兄だな。妹がこんなにも真剣に考えてくれていたのに。
ゆっくりと両手を伸ばし、サーシャの左右の手を握る。
「俺も・・・俺も強くなるよ。王子とか、攻略対象とかと恋愛する気は無いけど、万が一死亡ルートが来た時に、自分の力で回避できるようにさ」
そう伝えると、彼女は目をうるませ、コクリと頷いた。
「うん・・・」
突然のシリアスモードです。
次回、神殿に付きます。




