第17話 10歳の誕生日
10歳になった。
「あぁ、我が愛しのアメリー!誕生日おめでとう!!」
今日は、このアメリア・ローレンス10歳の誕生日。
早朝に目が覚めると、ローレンス夫妻が部屋までやってきた。
お父様であるローレンス公爵から熱い抱擁を交わされる。
俺をぎゅうぎゅう抱きしめながら、プレゼントは広間にあるからな!と彼の方が嬉しそうだ。
ぐ・・・ギブギブ。愛の大きさは感じるけど、ミドルダンディとは言えおっさんにそんな強く抱きしめられるのは物理的にもメンタル的にもキツイ・・・。
「ふふ、あなたったら。アメリーが苦しそうですわ」
俺が苦しそうにしているのを見てお母様のローレンス夫人は、その柔らかなブロンドの長い髪を耳にかけながら、朗らかに笑う。やはり今日も美しい。慈愛に満ちたそのターコイズカラーの瞳と目が合うと、苦しいのも忘れて思わず顔が緩みそうになる。
「うむ、それは悪かった」
しぶしぶというように、お父様はキツめの抱擁から解放してくれる。
「アメリー、今日は忙しいですからね。はやく朝食を済ませましょう」
お母様がそう言うと、俺の手を取ってベッドから起き上がらせる。
そのまま、行きますよと手を引かれた。
「お母様、まだ着替えておりませんが・・・」
先ほど目が覚めたばかりの俺は、パジャマ姿なのだが大丈夫か?というようにお母様を見上げる。
お母様は、にっこりと優しい笑みを浮かべて返す。
「大丈夫ですよ。今日は朝食後に湯あみをしてから出かける準備をしますからね。それよりも準備の時間が惜しいのでそのまま朝食をとりましょう」
あぁ、やっぱり天使みたいに美しいなぁ。
俺は公爵夫人の笑みにつられるようににっこりと笑いながら「わかりました」と返事をした。
準備。そういえば、昨日の寝る前にサーシャから説明を受けた気がする。
この世界では、10歳の誕生日に神殿で洗礼式を行う。
10歳になれば個々に保有する魔力も安定するという事から、その場で魔力測定も受けるのだ。
全国民が平民も貴族も関係なく同じように10歳の誕生日にその洗礼とやらを受けるらしく、神殿側も大変だなと思ったが、1つの都市で同じ日に誕生日の子どもがいる確率はそんなに多くなく、なんならその日の誕生日の子がいない場も普通にあるそうだ。
それはそうだな。確か前世のテレビ番組か何かで見た気がするが、自分と全く同じ生年月日の人がいる確率は3万人に一人くらいの割合なのだそうだ。
この乙女ゲームの世界の人口がどのくらいかは分からないが、恐らく悪役令嬢アメリア・ローレンスと同じ生年月日の子どもなんていないのではないかと思われる。
さて、平民も貴族も共通している準備というのが、当日は身を清め、白い衣服を身にまとうという事だ。
貴族の中でも最上位に位置する公爵家の準備。
さぞかし時間が掛かることだろう。
そんなことを思いながら朝食を取った後、そのまま湯舟に連れていかれた。
「お嬢様、それでは身を清めさせていただきます。本日は念入りにいたしますよ」
そう言いながら笑顔の侍女たちに、着ていたパジャマをひっぺがされて全裸の状態になる。
身を清める作業。全裸。つまり、風呂だな。
この貴族式入浴スタイル。最初にされたときはマジでビビった。自分も女の子の身体をしているとはいえ、女性の使用人たちに囲まれて身体を洗われるのだ。現代日本男児の、しかも年齢イコール彼女なし、童貞の自分にとってはとんでもない状況だった。
自分の全裸を見られること。女性に囲まれていること。他人に身体を洗われる事。
全てがこれまでの人生の中で経験をした事がなく、羞恥心だとかアレな感じだとか・・・いろいろと精神的に良くない。しかも自分は女の子の身体だ。
あわあわと変な奇声を発しそうになりながらテンパったりもした。
しかし初めて全裸になり、女の子の裸だ・・・!と、自分の身体を見下ろしてみた際、不思議と何も興奮したりはしなかった。
まだ未発達な身体だからだろうか。
それとも自分の身体だからなのだろうか。
はたまた自分が女の子として今生きているからなのだろうか。
見てはいけないものを見る気持ちで、ドキドキワクワクしながら初めて目にした、この転生後の身体に対する自分の反応が、案外に無感動なもので少し拍子抜けしてしまった。
とはいえ、自分だけが裸で、若い女性に囲まれながら身体を洗われるのは普通に恥ずかしいんだよなぁ・・・。
入浴の準備が整ったと、猫足のような装飾が施されたバスタブに入るよう促される。
チャポン・・・
恥ずかしいと思いながらも、バラの香油のようなものが入ったとんでもなく良い香りがする空間と、全身を包み込む適温の湯に浸り、ほう・・・と身も心もほぐされてしまう。
はぁ・・・・公爵家のお風呂サイコー・・・・。
少しの羞恥心を我慢すれば、極楽浄土に・・・・。
そんな事を思いながら、にへら、と頬が緩む俺。すると、ゴホン、と近くにいた俺の前世の妹であり専属侍女のサーシャが咳ばらいをした。
やべ、こいつ気を抜きやがってとか思ってるかも。俺は緩んでいた顔をスっと引き締め、サーシャを見やった。
「アメリアお嬢様、本日は特別な日ですので、その神殿から支給されている清めの塩を湯に混ぜさせていただきます」
そう言いながら、片手に持っていた小瓶をキュポンと開けると、俺の入っている湯舟に少しずつ振り入れた。
「・・・?!」
すると、塩を入れた箇所からキラキラと光の粒が現れ、俺を包み込んでいく。
「これは何?」
ビックリして尋ねると、その反応が面白かったのか、周囲の侍女達が微笑ましそうに笑っている。
その中のショートヘアの子が教えてくれた。
「この光の粒が、お嬢様を清めてくれているのですよ。初めてだと驚いてしまいますよね」
ふふ、とまた笑っている。
「私もこの清めを受けたときは、お嬢様と同じように驚きました。この光が身体を包むことで、今日一日は神殿からの加護を受けることができますよ」
「加護って?」
更に聞き返す俺に、その侍女は優しく教えてくれた。
「神殿までの道中、安全に行き返りができるよう、守ってもらえるのです。平民も貴族も同じように、この清めの塩を配布してくださるなんて、お心が深いですよね」
なるほど。
まぁ貴族の場合、大抵は馬車で移動するだろうから、安全性は低くないと思われるが、平民の場合は徒歩という事もあるのだろう。そうなってくると、こういった加護で守ってもらえるというのは有難い話だ。
感心していると、そろそろ出ますよ、湯船につかる時間の終了が告げられた。
湯から上がると、ふかふかの白いタオルで水気を拭き取られる。
ふわりと、自分の体から良い香りが漂い、ふわあぁ~と良い気分になる。
「続いて、全身のオイルマッサージさせて頂きます」
そう伝えられ、寝台のようなところへ仰向けに寝かされる。ふわりと目元を覆い隠すように柔らかい布があてがわれた。
オイルマッサージ。10歳の子どもに何て贅沢な・・・。
前世のデスクワークで凝り固まった身体なら、めちゃくちゃ気持ちいいんだろうが・・・。
なんせこの身体は疲れ知らずの元気な10歳児の身体だ。
しかも蝶よ花よと甘やかされている貴族のお嬢様なのだから、一体何をマッサージで解すのか分からないが・・・。
そう思っているのも束の間。何ともいえないトロリとしたオイルを全身にかけられ、熟練の手つきがそれを全身に薄く広げていく。
うん、これは気持ちいい。
これまたアロマの良い香りに包まれ、夢うつつな気分になる。
「・・・・ま、・・・さま、・・・お嬢様。そろそろ起きてください」
極楽気分で、いつの間にか寝てしまっていたようだ。
サーシャの声で身が覚める。
ん~、と伸びをして目を覚ます。目の前には大きな全身鏡が置かれており、真っ白なドレスのようなワンピースを着て、椅子に座る美しい女の子と目が合った。あ、俺か。
それにしても・・・・。
このアメリア・ローレンスという少女。初めて鏡を見たときも美少女だと思っていたが、今日という大事な日に、侍女たちが丹精込めて磨き上げたその姿は、眩しいほどの存在感を放っていた。
白く美しい肌は、オイルマッサージで仕上げたことで玉のように光り輝き、ツヤツヤだ。
思わず触れてみる。
うおおおお!なんだこの触り心地は・・・!!
それは、吸いつくようにプルプルとしたモチ肌になっており、ずっと触っていたくなる。
この年齢だからこそのきめの細かさ。20代後半男性の肌を、身をもって知っている俺は、何だかもはや感動すら感じていた。
そしていつの間にか着せられていたワンピース。これはワンピースなのか?ドレスというべきなのか?元男の俺にはそこら辺の定義はよく分からないが・・・。
真っ白な柔らかい生地に、細かい刺繍が施されたレースで上品に装飾されている。
鏡の前で立ち上がってみると、7分丈ほどの裾がふんわりとAラインに広がっていた。
「美しいですわ、アメリアお嬢様」
周囲を見渡すと、入浴の段階から準備をしてくれていた侍女たちが、ほう・・・と見とれるような視線を向けていた。
その視線に、少し照れてしまう。
「あ、ありがとう・・・」
ぎこちなくお礼を伝えると、一瞬皆が驚いたような顔になり、続いて優しい笑顔を見せてくれた。
侍女たちの間から、年長とみられる女性が前へ出る。侍女長のアマンダだ。
アマンダは優しく微笑み、美しいカーテシーをしてから片膝を立て、目線の高さが同じになるくらいにしゃがんだ。
「アメリアお嬢様。私どもにお礼の言葉をかけていただき、こちらこそありがとうございます。お嬢様の今よりももっと幼いころより仕えさせて頂いておりますが・・・・」
そこまで言うと、眩しいものを見るかのように目を細めるアマンダ。
「素晴らしい淑女に成長なされましたね」
素晴らしい淑女。まだ淑女というには幼い気もするが、我がまま放題だったアメリアが、侍女たちにお礼が言えるほど成長した・・・という事なのだろうか。
何とも言えない気持ちの俺は、「ふふ、ありがとう」ともう一度お礼を伝えると、子供の成長を眩しく思う大人たち特有のしんみりした空気が流れた。うん、ちょっといたたまれない。
「それでは、最後の仕上げに御髪を結わせていただきますね」
その空気の中、先ほどのショートヘアの侍女が櫛を持って手前に出ると、再度俺を椅子に座らせた。
鏡に映る自分の髪を見る。夜空のような群青色のウェーブがかった髪は、いつもより艶やかに輝いている。どうやら髪も念入りなケアを施されたようだ。
その美しい髪を、流れる手つきで結いあげられる。
「完成しましたよ、アメリアお嬢様」
髪をアップに結いあげられたことで白く華奢な首筋があらわになり、鏡の中のアメリア・ローレンスはいつもより少し大人びた印象になっていた。




