第11話 絵を描こう
セドリック王子が訪ねてきた翌日の公爵家晩餐の折、王家から正式に俺とセドリック第三王子の婚約が成立したと知らせが来た、と父親のローレンス公爵から報告を受けた。
「よくやったぞ、アメリー」
アメリアと同じく髪と瞳が群青色に艶めくミドルダンディなお父様、アダム・ローレンス公爵。
「本当に、ローレンス家の令嬢としてこれほど誉なことはないわ」
と口元をナプキンで拭きながら優しく褒めるお母様のレティナ・ローレンス公爵夫人。厳格な家庭で育った母はふんわりと柔らかなブロンドのウェーブヘアを耳に掛け、ターコイズの美しい瞳を嬉しそうに細める。
「そうですね。実にめでたく栄誉あることです」
父によく似た切れ長の瞳と母譲りのウェーブのブロンドヘアで、年頃の女性に向けたら卒倒しそうな甘いマスクで笑う。今年で15になり、一足先にこのゲームの舞台である魔法学園に入学した長兄のエドワード。身長は170センチくらいだろうか。
「おめでとう、アメリア」
群青色の直毛で優しい瞳の次兄セシルは落ち着いた物腰だ。13歳とは思えない大人びた印象を受ける次兄は公爵家の子息らしく凛としていた。
そんな中、家族全員から祝福の声を受ける俺は焦っていた。
あれ?婚約成立しちゃったの??
しかも返事速すぎない??
普通もう少し日を置いてから返事がきたりするんじゃないの?これが普通なのか?
・・・おかしいな。淑女らしからぬ姿を見せたのに、確かにその後は絵の事で盛り上がったりもしたけど、まじか・・・。
「ありがとうございます」
貼り付いた笑顔で家族に答えつつグルグルと思考を巡らせる。
そういえば、気楽に話ができる事に喜んでいたな。てっきり俺は王族でマナーある躾を受けているから、単に肝が据わって合わせてくれてるのかもと思っていたのだが。
お互いまだ9歳で本来なら遊びたい盛りだし。もしかしたらセドリックも友達のような感覚で今回の婚約を受け入れてくれたのか?
ああ、きっとそうだ。それに政略結婚だ。そもそも「この人との婚約は絶対にしたくない!」と思わない限り断ることもないのかもしれない。実際そう思わせることができなかったのは俺だし。
『胸キュン☆ラバーズの悪役令嬢アメリア・ローレンスは攻略対象セドリック・フォックスの婚約者』
妹の言っていたストーリー設定と同じになったという事実に、うっすらと不安が芽生え始めた。
翌朝、俺は絵を描く道具を揃えることにした。
昨日の不安は寝て起きたら少し和らいでいた。
アメリア・ローレンスになってから、毎日家庭教師の授業以外暇を持て余していたのだが、先日のセドリックの面談の際に言った昔の趣味である絵を、また始めようと思ったのである。
とりあえず妹のサーシャへ侍女の仕事としてお願いしてみると、早速手配してくれたらしく2日後に道具一式が届けられた。
「うおお・・・すげぇ」
美術部時代に使っていた紙のキャンバスとは違い、木枠に貼られているのは帆布だった。それが何枚も。サイズも数種類用意されている。
そして色とりどりの絵の具、様々な種類の筆、イーゼルスタンド、下書き用の鉛筆もあった。
すごい!
俺は一通り画材を眺めると、女児用のドレスの袖を捲った。
久しぶりに腕が鳴るな。
側に立ち、この画材を発注した侍女であり前世の妹であるサーシャは、どうだと言わんばかりにそのそばかすが散る鼻をフフンと鳴らしていた。
「ありがとな。ところで・・・」
そう言いながらあるものを探す。
「この世界って、スケッチブックとかは無いのか?」
そう、俺の学生時代の愛用品、スケッチブックが見当たらない。
「あー、あったんだけど、こっちの方が雰囲気出るかなと思って」
てへっと言いながらキャンバスを指差すサーシャ。
「おい」
毎回こんなキャンバスばかりに描くより、手軽にササっと描きたいときもあるのだ。
俺はサーシャを少し睨み溜息を吐くと
「次からはスケッチブックも頼む」
と伝えておいた。
気を取り直した俺は嬉々として絵にする題材を探すことにした。
ローレンス家の屋敷を出ると、見事な庭園がある。植物を描くのはどうかと、その庭園をサーシャと共に散策し始めた。
「ところで、家庭教師の授業を受けている時から思ったんだけど、この世界って鉛筆とかあるんだな」
中世ヨーロッパ風という設定だが、至る所に近代文明のような道具があることを常々不思議に感じていた。スマホやパソコンみたいな電子機器はないけどね。
「そりゃそうよー!乙女ゲームだし!」
サーシャは当たり前だというように答える。
何だその理屈は。
「トイレとかしっかり水洗だし、蛇口をひねれば水も出てくるし、中世ヨーロッパとか言うからベルサイユ宮殿全盛期の世界みたいなもんかと思ってたわ」
かの有名なマリーアントワネットが活躍したベルサイユ宮殿。実は当時は水洗トイレなんてものは存在しないから、貴族の舞踏会中とかは庭園で排泄してたという・・・。
「うーん、そうだね。でもさすがにトイレは水洗じゃないとゲームをプレイする現代女子が引いちゃうじゃん?それに学園の授業に鉛筆がないと不便だしね」
つまるところゲーム上の設定だから気にするな、と言うことらしい。
まぁ実際のベルサイユ時代とは異なり、今こうして綺麗で様々な花の香りで楽しませてくれる。この光景があり、五感で楽しめるのも乙女のゲームだからということか。
そう思うと、制作者さんありがとうという気持ちにもなってくる。俺、悪役令嬢だけど。
「これなんか良いかも」
そんな話をしながら庭園を散策し続け見つけたのは、いくつも咲いている綺麗な花々に並ぶ一輪の薔薇だった。
薔薇は前世でもよく課題で書いていた。
「室内に持って帰りたいんだけど、手折って良いのかなぁ?」
綺麗に整備されてある庭園の花を勝手に手折って良いものか。しかも薔薇だからトゲで怪我をしてしまいそうだ。
「それなら庭師に・・・、あ」
サーシャが周囲を見渡していると後方から声をかけられた。
「お嬢様、このような所でいかがされましたか?」
振り向くと、ラフな作業着のようなものを着てタオルを首に巻いた青年が立っている。
ん?誰だっけ?
俺の中にあるアメリアの記憶を探る。
あぁ、庭師のジェームズだ。彼はこの広いローレンス公爵家庭園を管理する庭師。ただ、アメリアと話をした記憶はほとんど無い。
「あの・・・ジェームズさん、この花を一本頂きたいのですが宜しいですか?」
ここの管理者である彼に許可を貰えば大丈夫そうだと、おずおずと聞いてみる俺。
そんな俺に、ジェームズの目がぱちくりと瞬いた。
あ、目が水色で綺麗だな。なんて思いながら返事を待つ。
・・・・が、中々帰ってこない返事に不安になり再度声をかける。
「あのー、ジェームズさん?」
その声にはっとした表情になるジェームズ。
「あ、申し訳ございません。お嬢様にお名前を覚えていただけている事と、いつもより、その・・・口調が穏やかな事に驚いてしまいました」
あぁ、そうか。確かにアメリアの記憶でもほとんど会話をしたことが無かったからな。それに口調か。俺が転生前は我儘な性格だったからなぁ。この身体の記憶によれば、使用人に対してはキツい口調で命令をしていたっけ。
でも、今の自分の精神年齢で、明らかに今の自分の姿より年上の人に対してそんな横柄な態度は取れない。
しかしアメリアの記憶にしっかりジェームズは覚えられていたから本人に覚えられてないということは無いと思う。
「もちろん覚えています!こんなに広い庭園をいつも綺麗に整備していただきありがとうございます」
そう伝えぺこりとお辞儀をする。
「なんと、もったいないお言葉でございます。お嬢様、私のことはどうぞジェームズとお気軽にお呼びください」
そう言いながら片膝をつくジェームズ。
「わかったわ、ジェームズ。ところで・・・」
先ほどお願いした薔薇に目を落とす。
「あぁ、薔薇ですね。ただいま」
そう言って腰に付けているカバンの中からハサミを取り出すと、プチンと一輪切った。
「トゲで怪我をされませんように・・・」
そう言って、ナイフのようなものでとげの部分を丁寧に削り取ってから手渡してくれた。
「丹精込めて咲かせた薔薇です。お嬢様のお眼鏡に叶い、この薔薇もさぞ誉高い事でしょう」
「ありがとう」
そうお礼を伝えて受け取ると、ジェームズは一礼して去っていった。
「よし」
部屋に戻り、サーシャが用意してくれた花瓶に薔薇を挿す。
描きはじめるか。
キャンバスの先にある花瓶と見つめ合い、形やバランスを捉えていく。
「ん?これは・・・」
ふと手にした絵具が油絵用である事に気がつく。
普段美術で色をつけるときは水彩が多かった。
「この世界では油彩が主流なのか?こういうところは中世ヨーロッパ風が影響してるのか?」
水彩と油彩は描き方が違うらしい。
よく見るとよくわからない瓶に入った液体や見慣れない道具なんかもあった。こういう時にネットで検索できないのが不便だよな。現代社会に慣れてしまっている俺にとってすぐにググることが習慣となっていたが、それができない事に対してたまにこうやって歯痒さを感じる。
仕方ない。とりあえず適当に進めてみるか。
そんな事を考えながらこの世界に来て初めて始める前世の趣味に、その日は没頭していった。
読んでいただきありがとうございます。
突然絵を描く方向に向かいましたが、どうぞ温かい目で見守ってください<(_ _)>




