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第1話 火事

はじめまして、蒼色ムンク(あおいろむんく)と申します。

よろしくお願いいたします。


「どうしてこうなった・・・」

それが俺がこの世界で初めて発した言葉だった。



神谷渉かみやわたる

28歳会社員、男性。


中途採用で広告会社に就職した俺は、毎日地獄のような仕事量と、上司、クライアントからの圧力に耐え気づけはこの会社でも中堅と呼ばれるポジションに立っていた。そろそろ昇進もありえるのでは、と残業でハイになっている頭で考えることもしばしば。

元々こういった業界ということもあるが、この会社のハードワークに耐えかねて辞めていく新人も多い。

すぐに人が居なくなるためその分の業務がのしかかり負の循環を産み出していた。しかし、これだけのハードワークなので給料だけは高い。遊ぶ余裕もない中、月1回の給料明細を見ることがもっぱらの楽しみとなっていた。


そんな調子で何年も仕事漬けの日々を送り、独身彼女なし歴を更新中の俺には一人の妹がいる。

貴重な休日。夕方まで寝ていた俺が一人暮らしをしている木造アパートへ、突如大量の荷物を抱えた妹が乗り込んできたのだ。


「やぁおにーちゃん!ちょっと仕事辞めたから一緒に住まわせてよ!」


片手を上げ、よろしくと言うと俺の返事も待たずにずかずかと重そうなトランクケースや手に持っていた旅行カバンを玄関に詰め込んでくる。


・・・・はぁ?こいつ今なんて言った?

荷物の質量に押され、部屋の奥まで追いやられた俺は突如襲来した妹という名のモンスターを呆然と眺めた。

妹の紗代さよは今年の春に新卒で大手のアパレルメーカーに入社していた。両親はそれはそれは喜び、家族でもあまり行ったことが無いような高級料理屋で祝ったり、親戚に自慢したりと大盛り上がりだった。

俺の就職が決まった時はそんなことされなかったけど。

「おま、え??はぁ??会社もうやめたの?!」

驚きのあまりそういう俺に、てへっと言いながら舌を出して誤魔化す妹。

「よいしょー」と大きなトランクを開け、勝手に荷物を広げ始めている。何やら少女趣味なイラストが描かれたゲームソフトのようなものや漫画本がわらわら出てくる。

社会人数年目の一人暮らしには少し広い1LDKの部屋。掃除も大変なため特に物も置かず綺麗にしていたのだが、瞬く間に妹の私物で覆われてしまった。

え、そのトランクってそういうのが入ってたの?そこは年頃の女子なら服とか美容系のグッズとか持ってくるんじゃないの??まぁ、彼女いたことないからわからんけど。イメージなんだけど。

そんな俺の心を知ってかしらずか、旅行カバンを開き必要最低限ではと思う量の服を取り出している。

「ハンガー借りるよー」と、勝手に部屋の収納を開きガサゴソとハンガーを物色する妹。

「おい、やめろ。勝手に荒らすな」

なんか色々見られたら困るようなものが出てきちゃうでしょーが。成人男性の一人暮らし舐めんなよ。まぁ見られて困るものは寝室だけどねっ。

一応大丈夫だったよな?と不安になりながら妹を静止し、余っているハンガーを手渡す。


はぁ、とため息混じりに窓を見る。

先週梅雨明けし、夏も本番。窓の外から差し込む斜陽と、忙しなく合唱するセミの鳴き声がこれからの何かを暗示しているようで、俺の頭の中を混乱させた。



それからの妹の生活ぶりはまさにオタニートだった。

俺が遅くまで働いている間、だらだらとゲームばかりしている。仕事帰りの疲れている中、恋愛シュミレーションゲームにハマっているようで、あの王子が~とか、ツンデレ最高!とかよくわからない話をしてくる。いや、ほんと興味なくて全く話は聞いていないのだが。

晩ご飯を作ってくれていることだけはありがたい。あ、あと洗濯もしてくれてはいる。ありがたい。


オタニートの妹が住み着いてから数ヶ月。季節も変わり、肌寒くなってきたとある日の晩に事件は起こった。


「うんん・・・あつい・・・」

いつも通り遅くに帰ってきた俺は、シャワーを浴びるなり眠りについていたのだが、あまりの暑さにうなされていた。もう夏は終わったというのに、灼熱の太陽を浴びているみたいだ。なんでこんなに暑いんだ?寝ぼけながら目を覚ますと、俺は炎の中にいた。

「はっ?えっ??」

何で??部屋が燃えている!!!火事?!状況を把握しようと勢いよくベッドから起き上がる。

「グッ、ゴホゴホッ・・・!」

既に部屋を包み込んでいた炎から上がる黒い煙を吸い込んでしまい、あっという間に息が出来なくなった。

苦しい・・・・、熱い・・・・。炎の熱に身体の水分が奪われる。徐々に視界が真っ暗になり、薄れていく意識の中で悟った。

俺、死ぬのか・・・。


全身が熱くて痛くて息も苦しかったのに、既にその感覚も無く倒れ込んだ俺の脳を走馬灯が駆け巡った。


学生時代から地味だった。特にこれといって誰かに自慢できることもなかった。

就職後は仕事ばかりで彼女も結局できたことが無かった。真面目に努力して、もう少しで昇進だったのに、何も報われずに終わってしまうのか。

給料ばかり高くて貯金は結構貯まってたのにな。それも使わずに終わってしまうのか。

はぁ・・・。俺の28年間、パッとしない人生だったなぁ。

もし次に生まれ変われるなら、働かずに贅沢して暮らしたい。せっかく貯めたのに使えなかったお金も、全部使い切るくらい使ってやりたい。自由に、誰にも縛られずに。

・・・・なんて、もう死ぬんだからできるわけないけど。

ははっ、と自嘲気味に心の中で笑い、そこで意識を手放したーーーーー。


読んでいただきありがとうございます。

ゆっくり更新になると思いますが、続きもどうぞよろしくお願いいたします。

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