5.ショタのデレとちびっ子忍者と初仕事
少年はザク君といった。
家の前に座り込む少年に「あの、」と話しかけてみてから、そういえば何と言えばいいんだ、と思う。
「生活が苦しそうだから何か恵んで差し上げよう」とでも言うつもりだろうか。
これはまずい。とても痛い人だ。
少年のことも傷つけてしまうかもしれない。
どう切り出していいか解らず、もにょもにょと言葉を選んでいると、少年に大通りに出るよう促された。
場所を移してもなお言いあぐねている私を救ったのは、彼の大きな腹の虫だった。
ありがとう少年。ありがとう少年の腹。
何が食べたいか聞いたつもりが、最初から他の仲間に分ける前提で希望を出してきた少年に、苦しい気持ちになった。
自分もお腹が空いているだろうに、良い子だ。
まずは君の食べたい物を、と促したら、目を彷徨わせた後、顔を伏せ、言いづらそうに肉串が食べてみたい、と。
お姉さんがいくらでも買ってあげよう!! と大声を出しそうになったが堪えた。
なんだこの少年可愛いぞ、ヤンチャそうな雰囲気なのにこのギャップ!
胸がキュンキュンする。
私の中の眠れる母性が目覚めたかもしれない。
ま、買ってあげよう、なんて言っても、私の財産などこの世界にはなく、セツさんから支給された財布しかない。
仕事のために使ってね、ということなのかもしれないが、一応、この少年からこの世界のことを聞いて取っ掛かりにしたいと思っているので、これも仕事の一貫だと言い張る。
きっと経費で落ちるだろう。
不課税交際費ってやつだ。
この世界に課税されるシステムがあるのかは知らないが。
セツさんも勧誘の時、お金たくさん使っていいよみたいなことを言っていた気がするし、きっと大丈夫だろう。
正直、異世界まで仕事しに来てお金のことで悩みたくないのだ。
私自身は贅沢するつもりはないから、少しぐらい善行に使っても許されるだろう。
さて、この世界で食べる初めての食事は肉串になった。
さきほど覗いたパン屋では、素朴ながらも丸いのや平たいの、白っぽいのや黒いの、と色々と種類があった。
この肉串は肉をぶつ切りにして串に刺して焼いてある。
どこかで作ったものを持ってきて売っているのか少し冷めているようだが、見た目は日本のお祭りなんかで見かけそうなものだ。
『銅一本』と書かれているので、とりあえず、財布から十円玉みたいな銅色の硬貨を出し、ザク君にこれで買えるか聞いてみたところ、十本買えるとのこと。
銅一本って書いてあるのはどういう意味なんだろうかと考え、財布を見る。
今持つ硬貨より一回り小さい同じ銅色の硬貨を見つけた。
この小さいのが「銅」で、大きい方はその十倍の金額ってところかな、と思う。
よく見ると、手に持つのとは別に、大きい方の銅が財布にもう一枚増えていた。
おお、と思い、銀色の硬貨を持ち上げてみると財布に同じ種類の硬貨が一枚現れた。
無限増殖バグである。
いや、セツさんのおかげですね。
やはりお金に困ることはなさそうだ、と私は喜色を浮かべた。
肉串は鶏肉のようだった。
肉自体は悪いものではなさそうだが、これでもかと焼いてから塩を振っているだけのようで、冷めてきていることもあって、私にはイマイチに感じた。
ザク君は串を渡すなり熱視線を向け、一口噛みつき頬張るとぐっと目を瞑って、もぐ、もぐ、とゆっくり咀嚼した。
美味しそうだ。彼が持つと大きく見える肉はやはりかれには多かったようで、ほんの数口でお腹がいっぱいだと言う。
普段は肉を食べていないのかもしれない。
お腹が痛くなっては大変だ、と彼のお腹に向かって「ちゃんと消化できますように」と魔法をかけた。
そんな魔法があるのかは知らないが、何かが手から出て、ザク君のお腹で”のの字”を描いたように見えたので、ちゃんと発動しただろうと思えた。
魔法は結構融通がきくのかもしれない。
その後、ザク君から普段の食事のことを聞いて、思っていた以上にひどい状況に一気に頭が冷えた。
「昨日は食べるものがない日だった」と聞いて慌てる。
思った以上に人数もいるし、体調の良くない子もいるようなので、ひとまず汁物をたくさん作って配ろうと思った。
炊き出しのための買い出しは、ザク君の案内のおかげでスムーズにいった。
道具屋、野菜屋、肉屋に寄る。
野菜は大手スーパーよろしく新鮮な野菜が豊富に揃っていたが、肉は種類がほとんどなく、調味料は、塩屋という塩しか置いていない店しか見つけられなかった。
あまり食べない小さな子とはいえ、さすがに四十人分の食材や調理器具もろもろを運ぶのは難しい。
何度か往復するのを覚悟したが、そういえば魔法でゲームのアイテムボックスのような大収納の袋が作れないだろうかと考え、最初に道具屋に行ったことでその問題は解決した。
道具屋で買った小さな麻袋に「アイテムボックスになあれ」と念じてみたところ、小さな袋に、袋より大きな荷物がスポッと入った。
手を入れれば何が入っているか解り、普通に取り出すこともできる。
できた。できてしまった。
四次元ポ○ットゲットだぜ、である。
私は浮かれた。
浮かれてニヤニヤしていたが、ザク君がすぐそばにいることに気づいてスッと顔を引き締めた。
異世界転生もので、アイテムボックスを持っていたらその希少性から狙われる、なんてよくある話だ。
ザク君に聞いてみると収納魔法というのがあるらしい。
では大丈夫かとも思ったが、それがついた袋は高価らしいので、やはり大きい方の袋もダミーに持ち続けることにする。私は買った道具を小さい袋に収納し、食材も買ってザク君の仲間の元へ向かった。
+ + +
子ども達にご飯を食べさせ終わったのはもう昼を随分過ぎた時間になってからだった。
もはやおやつ時ではないだろうか。
ザク君達が『一番の家』と呼ぶ家に着いた時に軽やかな鐘の音が聞こえてきて、ザク君が「昼の鐘だ」と教えてくれた。
おお、鐘の音で時間を知らせるなんてオシャレな外国に来たみたいだ、と思った。外国どころか異世界なんだけどね。
買い出しを終えた私は、たくさん買えたじゃがいもや野菜を使って汁物を作ることに決めた。
体調の悪い子のことが気になったので様子を聞くと、調子の悪い子は雨風が避けられる一番の家に集められると言う。
中にお邪魔させてもらうと、家の傷みはひどいものの、木の床が張られていて、大きなボロ布の布団に二、三人ずつ、ザク君より小さい子が計八人寝かされていた。
咳をしている子もいるがやたら静かでぐったりとしている子がほとんどだ。
衰弱がひどそうだ。
この子達には固形物は無理そうだと考える。
駆け寄り手をかざして「良くなあれ。良くなあれ」と唱えてみるものの、咳き込んだりはしなくなっても、衰弱している様子は変わらない。根本的に弱っているのだ。
魔法で壁や屋根の穴を塞ぎ、空気が清潔になるように、部屋の温度や湿度を暖かく保つようにと念じて外へ出た。
私にできるのはまずご飯を食べさせることだと考え、作業を始める。
ザク君はさすがに疲れた顔をしていたので、出来上がるまで家で休んでいるように伝えた。
聞けば、早朝からみんなの分の水を汲みに行ったのだという。
私は知っている。
その水が重たかったのを。
たった一人でみんなの為の水を運んだのを。
なんて良い子なんだ。
ザク君は彼が住んでいる家らしい小屋のような建物に入っていった。
静かにしていないと怒られる、と聞いていたので黙々と作業をする私。
周囲は静かで本当に小さな子が四十人以上いるとは思えない。
道具屋で調理器具は一通り揃ったが、コンロみたいなものは無かった。
簡易な焚き火台や、その上に鍋を据え置くための五徳があったのでそれを買った。
火や水は魔法でなんとでもなった。
魔法の水って体に良いのかわからなかったのでミネラルウォーターを呼び出してみたら、2Lのペットボトルに入って出てきたときは笑ってしまいそうになった。
笑いを噛み殺すのに苦労した。
笑い声でうるさいと怒られたくはない。
ペットボトルは水を鍋に移したら消えてしまった。
魔法は少し不思議なのだ。
大きな鍋と小さな鍋を用意して、大きな鍋にはじゃがいも多めのポトフもどきを作った。
味付けは塩のみだが細かく切った野菜をたくさん入れたので薄味ながらも、まあ美味しくできたと思う。
豚肉と鶏肉も小さく切って入れた。
肉自体はそこまで良いものでもなかったが、いい出汁が出たと思う。
きのこも入れたかったが売っている中には無かったので今回は無しだ。
小さな鍋は、体調不良の子用にじゃがいもを茹で潰してドロドロにした汁だ。味もほんのわずかな塩だけだ。
あの子達にはこれくらいでないと消化できないだろう。
モルモちゃんにご飯を作るなんて安請け合いで引き受けたが、元々私にはそんなに料理の知識があるわけじゃない。
一人暮らしが長いから、切って焼く、煮るが出来るような程度だ。
今用意したものだって野菜と肉を切って茹でて塩で味付けただけだ。
鍋にしっかり火が通ったのを確認して、まずはモルモちゃんにお供えしよう、とポトフもどき一人前にスプーンをつけて用意する。
日本人らしく両手を合わせて目を瞑り、拝む体勢になると、声には出さずにモルモちゃんへ念じる。
「モルモちゃん、モルモちゃん聞こえますか?ご飯を作ってみました。野菜いっぱいです。食べてみてください」
一体どうなるのかと目を開けると、もう食器ごとどこかに消えてしまっていた。
これで大丈夫なのだろうか。
食べた反応なんかも見てみたかったな。
なんて、思ったら、頭に直接声が響いてきた。
『モルモ大喜びだよ。ヨウ、ありがとう』
セツさんの声だ。
さすが神様、直接脳内に語りかけてくるとは。
電話のようなものなのか、セツさんの声の後ろで、プイプイプイプイッとはしゃいだようなモルモちゃんの声が漏れ聞こえてくる。
喜んでくれたのなら何よりだ。
『また何か作ったら送ってね。僕達は毎食食べる必要はないけど、モルモはヨウのご飯を食べると喜ぶからね。ヨウもモルモが喜んだら嬉しいでしょ』
それはそうなのだが、相変わらずセツさんのモルモちゃん愛は大きそうだ。
「はい、ではまた」と返した。
さて子ども達に配るための食器を出すか、と振り返ったところで、背後に子供たちがいることに気付いた。
私からかなり後方の物陰に隠れたようだが一人や二人ではない。
これは、匂いがして出てきてみたものの、知らないローブのやつがいて警戒してる感じか……。
それにしても、作業に集中していたとはいえ、振り返るまで彼らが家から出てきたのに気付かなかった。
今の私は気配なんかも読めるというのに。
彼らは隠密の素質があるのかもしれない。
ちびっ子忍者だ。
なんだか可愛い。
道具屋で買った器やスプーンを出して、あとは取り分けるだけだとちびっ子忍者たちのほうを見やる。
物陰や壁の向こう、そこに居るちびっ子忍者たちは人数を増しているのが気配で解る。
ザク君から聞いていた人数がほぼ家から出てきたのではないだろうか。
一人も見えるところには居ないのだが。
どうしよう………。
私はザク君を呼びに行くことにした。
+ + +
「ザク、ご飯できましたよ」
ザク君の家の入り口へ行き小声で呼びかける。
ザク君の家は小屋のようになっていて、玄関だったであろう場所は扉が朽ちてしまったのか枠だけになっている。
横になっていたザク君はそろりと起き上がり、出てきてくれた。
鍋がある方を見て、ちびっ子忍者たちのいる辺りを見て状況を察したのだろう。
スッと背筋を伸ばしてスタスタ鍋の近くまで歩み寄ると、ちびっ子忍者たちに向けて大丈夫だとでも言うように頷きながら手招きしてみせた。
そろりそろりと、ザク君と同じくらいの年の男の子が数人出てくる。
その後を、もっと小さい男の子や女の子が離れないよう出てきた。
ザク君は少し離れたところで立ち止まった彼らに構わず私に顔を向けると、鍋をよそうように促してきた。
大人一人分には随分少ない量のそれを用意し、ザク君に手渡す。
彼はそれを柔らかで嬉しそうな瞳で数瞬見つめたあと、出てきた子達にも見えるよう向き直り、スプーンでポトフもどきのスープを掬って飲み込んだ。
カッと目を開いてじっと器の中のポトフもどきを見つめたかと思うと、バッとこちらへ顔を向けてまっすぐ見てきた。
びっくりしてザク君を見つめ返すと、彼の大きく見開かれたキラキラの瞳が、煌めきをそのままに何かを訴えるようにパチン、パチンと瞬いて見てくる。
「すげーうまい」そんな声が聞こえそうだった。
彼のその様子に、ふにゃりと微笑んでしまう。良かった。
ザク君が、近くまで来ていた体の大きな男の子の所まで歩いていく。
男の子のうしろに隠れていた小さい女の子に目線を合わせると、自分のポトフもどきを掬って食べさせてあげた。
素直に食べさせてもらった女の子は、思わずといった風に「んんぅ!」と声を出し、声を出してしまったことに慌てて小さな両手で自分の口を押さえた。
手で口を塞いだままザク君と男の子の顔をキラキラした目で交互に見たあと、両手を口から離してほころんだ顔でフハァ、と胸いっぱいといった息を出した。
ザク君は、そのまま体の大きな男の子に自分のポトフもどきをそのまま渡すと、その様子を見ていた周りの子達には私のところでもらいなと手で指した。
そこから、ポトフもどきが子どもたちの手に行き渡るのはすぐだった。