3.ショタ、怪しい女と出会う/前(ザク視点)
プロローグシーンからの続き、少年視点です。
また殴られるのか。
ヨウと初めて出会ったとき、最初に思ったのはそれだった。
+ + +
昨日の夜遅くに飲み水が全て無くなってしまい、仲間の中で年長で力持ちな俺が、町の外まで水を汲みに行くことにした。
行きは良かった。
袋は空で軽く、朝早いからか町にも人は少なく歩きやすかった。
川で水を汲んだが、歩き出してしばらくして、水を袋いっぱいに入れてしまったことを後悔した。
少し減らしてやろうかとも思ったが、また空になれば汲みに来なければいけないかもしれないし、せっかくここまで運んだのに捨ててしまうのも悔しい。
適当に拾った枝を支えにしながら運んだ。
混み始めた町を抜けて帰ってこれたのは、もう昼になるころだった。
一番の家(俺たちが住む中で一番大きい家なので俺たちはこう呼んでいる)に水を置き、出たところにそいつはいた。
この路地に入ったところで立ち止まり、こちらを見ていた。
一瞬、目が合った気がしてすぐ顔を伏せて視線を逸らす。
ああ、これは、また文句を言われるか、殴られるかもしれない。
そいつはさほど背は高くないが、大きな上着を着ていて、フードで顔も見えないので男か女かもわからない。
たまに食べ物を差し入れてくれる町の人ではないだろう、旅人の恰好だ。
嫌だな、と思ったが家の中にいるやつらはまだ小さい。
変に標的が移るのも嫌だと思い、家の前に留まることにした。
「あの、」
聞こえてきたのは女の声だった。
顔を伏せていた俺は、その声の主が立ち止まっているそいつなのか分からず、そろりとそちらを盗み見た。
「あの~」
気の抜けた調子で小さく声をかけてきている。
話すには距離のある場所から、そいつは一歩も動いていない。
これは殴られるわけではないようだ。
そう思い、なにか用だろうかと顔を向ける。
「あ、こんにちは。えっと、少しいいですか?」
なぜかそいつは恐縮したような態度で俺に話しかける。
気弱そうなやつだと思い、警戒していた気持ちが小さくなる。
この距離で話しては、また「話し声がうるさい」とかで誰か来るかもしれない。
文句だけならいいが、手を出されることもある。
俺は返事の代わりに立ち上がると黙ったままそいつを見て、指で大通りのほうへ行こうと示した。
そいつの横をすり抜け、大通りまで案内するように歩く。
「なんの用」
家から少し離れた大通りまで来た俺は、道の端に寄ると、後ろを着いてきていたそいつに聞いた。
「あー、と、その、」
そいつは自分から声をかけてきたくせに、話し始めず、言いよどむ。
下から見上げる形になり、フードの中の顔が見えた。
やはり女だ。
採集地へ潜る兄達と同じくらいの年だろうか。
穏やかそうな口元が見えて、体から力が抜ける。
本題に入らない女に一体なんなんだ、と思っていたら、ぐううと俺の腹が鳴った。
目の前にいた女にも聞こえたのだろう、動きが止まる。
昨日は兄が誰も来なかったので何も食べれていない。
今日も朝から水を運んで体力を使った。
今日は兄か町の人が誰か来てくれるだろうか、とぼんやり思う。
「何か食べませんか、ごちそうします」
俺は、気弱な女だと思っていた目の前の女を、怪しい女だったか、と思い直した。
俺が怪訝な目で見ていることが分かったのか、女自身が自分の第一声にそう思ったのかは知らないが、まるで変質者のような言動をしている己に気づいた女は、「えっと、違って、食べながら話したいという意味で」とか言いながら焦っている。
悪いやつではないのだろう。
町中で俺を見かけて、可哀想に思って声をかけに着いてきたのだろうとあたりをつける。
前にも、余裕のある旅人が、俺の仲間の一人を見かけて哀れに思い、気まぐれに食べ物を恵んでくれたことがあった。
こいつの様子から、そんなところだろうと思う。
「なんでもいいのか」
「あ、はい」
俺が聞くと、ちょっとほっとしたように女がうなずいた。
ほど近い場所に、俺たちみたいなのにも優しいおかみさんがいるパン屋がある。
そこまで女を連れて行って、店を興味深そうに覗く女に「パンと粥が欲しい。できれば多めに」と伝える。
昨日何も食べていないのは仲間みんながそうだ。持って帰って分け合えば一口ずつは口に入るだろう。
女が「どの種類のパンがいいですか?」と言うので、みんなで分けたいから、一番安い黒パンでいいから量が多いほうが嬉しいことを伝えると、なぜか少し眉根を寄せて一瞬目を潤ませたように見えた。
「話をしてくれたら、その後みんなの分は絶対持っていくので、君が食べたいものを教えてください」
「……じゃあ、肉串の屋台のやつが食べてみたい」
思った以上に、こいつは良いやつなのかもしれない。
俺は、前々からずっと美味しそうだと思いながらも、見ているだけだった肉串を挙げてみるのだった。