34.願い事を叶える神さまと、説明の足りない色々
「ザク少年のどんな願い事でも、ひとつ僕が叶えてあげるね」
セツさんがとんでもないことを言い始めた。
ランプの精も真っ青だ。
あ、真っ青だな、ランプの精。
それはいいとして、ようはこれ、あれでしょ。
ザク君がモルモちゃんとお喋りしてるのを見て、羨ましくなっちゃったセツさんは、「じゃあ僕もお喋りすればよくない?」となったわけだ。
むしろ今まで会話成立してなかったことが驚き。
初めて会ったモルモちゃんは、私を勧誘する気満々だったみたいだし、モルモちゃんはセツさんの言葉は理解できてたってことでいいのかな?
セツさん、あんなにモルモちゃんのこと好きなのに、あんなに力があってなんでお話する発想に行き着かないんだ。
なんか、セツさん前々から、ヤバイ雰囲気が漂ってるんだよな……。
そう、ヤンデレ的な。
あ、だめだ目が合った。
「ヨウは本当に面白いことを考えるね」
「ひえ」
そうだった、セツさんマジモンなんだった。
心読めるんじゃん。
綺麗な顔の子が笑顔なだけなのに、めちゃくちゃ怖い。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
「……いくら力があったってね、するべきことを思いつく力がなければ、意味がないんだよ」
そう言ったセツさんは小さくため息をつく。
そうか、セツさんには、会話しようっていう発想がなかったんだな。
私が使っている魔法も同じだ。
今までしていなかったことを思いつくっていうのは、きっかけなりなんなりが必要だし、明確な目的と完成形のイメージが必要だ。
だから、セツさんは、その発想に行き着くきっかけになったザク君にお礼がしたいんだなと納得する。
「思えば、モルモとの出会いは鮮烈だった。あれは、いつのことだろう、ずっと前だったような、たった数年前のことのような」
またセツさんの長そうな話が始まったけど、モルモちゃんのことも分かりそうなので、ちゃんと聞こう。
……
…………
『僕は孤独だ』
孤独に気付いたのは、いつのことだっただろうか。
ずいぶん前にも、つい最近にも感じる。
悠久の時の中、僕はそこにあった。
それはまどろみであって、膨大な研鑽であって、無であり全てであった。
僕はそういうもの。
しかし、僕は孤独に気付いてしまった。
他者が存在する可能性に気づいた僕は、途端に孤独になった。
仲間を生み出した。
僕と同じものたち。
そしていつか、僕と同じものたちは、”神”と呼ばれるようになった。
呼んだのは、僕と同じものたち、”神”が創り出した僕たちとは違うもの。
僕と同じものだった神たちもまた、僕と同じように孤独を抱え、そして孤独を恐れる”生命”を生み出した。
神は、僕と同じであったはずなのに、役割を持ち、仲間を創り、僕とは違うものになっていった。
僕も、仲間が欲しかった。
僕から孤独を奪う、そんな仲間が。
出会いは突然だった。
神の創った世界を、ただ見ていた。
見る、聞く、する。
すべて、神の創った生命に気づかされた概念だ。
生命は、僕にたくさんの気づきと、そして、感情を与えていた。
「プイプイ」
出会った。
僕は、湧き上がるこの感情をまだ知らない。
「プイッ」
檻の中、臆病な仲間を励ますように振る舞う姿は、形のないはずの僕の中心を酷く震わせた。
その声が、その身振りが、呼吸のひとかけらすら、僕の中の何かをしめつけ、僕を悦びへ誘う。
手に、入れなければ。
そばに、置かなければ。
僕があの子の全てで、あの子が僕の全てにならなければいけないと思った。
『僕は孤独、だった』
…………
……
「と、いうわけでね」
誘拐やん。
おっと、これも読み取られてしまうのか。
なんかつい、ツッコミポポさんの人格が乗り移ってしまった。
「そうなんだよ、ヨウ。モルモったら、日本で暮らしてたのに突然天界だったものだから、誘拐されて監禁されたと思ってたらしいんだよ。ふふ、モルモったらおかしい」
なに笑てんねん。
「本当に、”会話”は素晴らしいね。モルモの意志の強さも、前よりずっと伝わる。モルモのお願いを、モルモの言葉で聞ける悦びといったら」
さっきから”喜び”じゃなくて”悦び”って言ってるよなこの人。
不穏すぎる。
ていうか、心の声が聞こえるならモルモちゃんの気持ちわかんなかったのかな。
「勝手に心を覗いて嫌われちゃったらどうするのさ」
「そ、そうですか」
ガンガン覗かれている私の気持ちは?
ねえ、セツさん。
無視?
私が雇われている神様は、どうやらすごくヤバイ神様だったみたいだ。
この人にこれ以上変な知識を与えたくない、オタク特有のディープな世界の知識を知られないように、注意しよう。
そういえば、願いは決まったかなとザク君を見ると、難しそうな顔をしていた。
「もうちょっと考える?」
「ていうか、願いって、そんなの俺きいてもらっていいのかよ」
「いいんじゃないかな、むしろセツさんが叶えたいんじゃないかな」
「……」
ザク君は考え込んでしまった。
私は、せっかくだからと、この機会にセツさんに聞きたかったことを聞いてみる。
「モルモちゃんは日本出身なんですね」
「ペットショップって知ってる? モルモはそこのベテランモルモットだったんだよ。ずっと、後輩を励ましては送り出してあげてたんだ。優しいよね」
「なるほど」
察した。
もしかしたら、セツさんの強制誘拐は、ファインプレーだったかもしれない。
ううーん、責められなくなった。
「僕、モルモが大切にしているから、日本も、ヨウのいた世界も好きだよ。このモルモの世界がヨウのいた世界に似ているのも、モルモが元いた世界を恋しく思ったからだろうしね」
そう言っているセツさん(美少年のすがた)は、慈愛に満ちた笑みを浮かべているように見える。
それからモルモちゃんのいる方向へ目を向けると(実は話してる最中も常に見ていたけど)、「モルモの世界には、幸せが溢れたらいい」と言う。
ヤバイ神様には見えない。
騙されそうだ。
「ザク少年、願い事はなんでもいいよ。あまりに尊大な願いだとダメっていうかもしれないけどね」
その言葉に、ザク君は、しっかりと頷いている。
それからセツさんは、「この姿でも、これ以上この世界に留まるのはよくなさそうだね」と苦笑いした。
「帰るんですか?」
「うん。そろそろ」
美少年セツさんは、にっこり笑うと、「ザク少年も、またね」と言って、モルモちゃんたちのいる場所へと向かった。
「モルモ、ああ、可愛いねえ、モルモ。モルモは、この後どうしたい?」
セツさんはデレデレだ。
威厳も何もないな。
お話できることが本当に嬉しいらしい。
「プイプイ、プイプイプイ?」
「うんうん、いいよ、いいよぅ。モルモがそうしたいなら、なんだって」
セツさん、普通に気持ち悪いな。
「プイプイプイプイプイ」
モルモちゃん、機嫌いいなあ。
モルモちゃんはあのセツさん平気なんだなあ。
たぶん、慕われるの好きなんだろうなあ。
でも、モルモちゃん、セツさんに向けられてるのは、たぶん師弟の尊敬の念とか、そういう類のじゃないよ……。
ああ! そんな風に簡単にぺしぺしして!
ほら、セツさんが、自分の体を抱きしめるみたいにして悶えてる。
やばいやつだよ。
この人に体与えちゃだめだったんだよ、視覚の暴力だ。
「ふふ、モルモ、うふふふふふふ。また、あとでね」
「プイ!」
セツさんは最後までモルモちゃんだけを見てシュパッと消えた。
語尾にハートが見えた気がする。
嫌だなあ。
セツさん、今回はモルモちゃんと一緒に来たけど、メインはザク君へのお礼とお願い事の件を伝えるためだったんだな。
直接お礼を言いに来るなんて、モルモちゃんが絡まなければ、いい神様だと思うんだけどな。
いや、さっきの話だと、神様でもないのかな。
難しそうな話だったから、あんまりちゃんと聞いてなかった私は、セツさんが何者なのか未だによく分かっていない。
私が、ザク君と並んで突っ立っていると、モルモちゃんがてしてし、砂浜の上を歩きづらそうにしながらやってくる。
私は出迎えるようにしゃがんだ。
モルモちゃんの後ろで、マチュちゃんが「話は終わってないんですけど!」と言いたげに「ピーピー」文句を言っていたけど、私と目が合った瞬間にすごいスピードで隠れた。
ケビンさんの後ろに。
「プイプイ」
「はい、モルモちゃん。セツさんともお話できるようになったんですってね。良かったですね」
「プイ!」
モルモちゃんが楽しそうだから、もうなんでもいいか。
+ + +
さあ、色々と、状況を整理する時だ。
「ザク君、必要になったら、また翻訳をお願いしてもいいですか?」
「頑張る」
気負ってるザク君、可愛い。
今、私たちは、机と椅子を並べて座っている。
暑さ除けのため、この世界では野営もするかと思って買った、タープテントを広げて支柱を立て、その下の影になった部分で円になって座っている。
私とザク君、ケビンさんとロキさんとポポさん、ブッチ&サンダンス君にキースさん。
モルモちゃんは、一旦私のズボンのポケットに。
マチュちゃんは相変わらずケビンさんの足元に隠れている。
ケビンさん、モルモットからの人気高いな。
なんと、厳しい試練も乗り越えたケビンさんはもう、可愛いモルモットを前にしても、ガッチリ腕組みしたまま椅子に座ることはできるんだ!
すごい!
意識があるかは微妙だけど、成長は素直に褒めていきたい。
みなさんには、ちゃんと説明するからと言って、落ち着いてもらった。
ロキさん、ポポさん、それにキースさんが当初から落ち着いた様子でいてくれたのがよかったのか、ブッチ&サンダンス君の混乱や恐怖も、話ができないほどではなかったようだ。
ただ、ブッチ君は、椅子には座ってくれたものの、モルモちゃんやマチュちゃんのいるあたりに視線をやっては、脅えるようにして身を縮こまらせている。
そして、ブッチ君の膝の上には、サンダンス君が乗っている。
しっかり抱えられている。
どうして。
ズボンを両側からガッチリ掴んでいたからだとは思うけど、流れるように座ったよね。
止める間もなかった。
サンダンス君、平然としてるし。
一回ブッチ君がズボン掴んでる手を離させて、自分の腰に腕回させたよね。
君たちなんなの?
でも、ややこしくなるから、放っておこう。
席についてくれたんだから、もうなんだっていいんだ。
兄ズも二人のその様子には見慣れているみたいで、少し苦笑いしてそれきりだし。
ブッチ&サンダンス、彼らはニコイチ。
こういうものなんだって思っておこう。
ブッチ&サンダンス君の座る椅子、その隣には、誰も座っていない椅子が寂しく潮風に吹かれていた。
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