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32.使徒、襲来(このサブタイは速やかに変更される予定です)

「大丈夫だよ~、出ておいで~」

 私はしゃがみ、影に隠れてしまった茶色いおまんじゅう改め、モルモットに声をかけていた。


 + + +


 浮かんできたのが小動物だと分かり、場は騒然とした。

「ヨウ! 俺たちは何を!」

「ひとまずやれることはやります、飲み水を出していただけると!」

「分かった!」

 天然プールの中へ飛び込んだ私は、水を掻くようにしてサンダンス君の元へ急ぐ。

 モルモットを片手で掴んだまま、状況を飲み込めなくて目を丸くしているサンダンス君の手から、モルモットを奪い取るように預かった私は、砂浜へ戻る。

 水の中、思うように足が進まないのがもどかしくて、水の抵抗を無くすイメージで魔法を使えば、平地を進むのと変わらない速さで岸までたどり着けた。

 ケビンさんが手伝えるかと声をかけてくれるが、魔法でどうこうしてしまったほうが速そうだ。

 私以外の全員も、続くように砂浜へ上がってくる。

 砂浜に上がると、自分ごとモルモットの水分を飛ばす。

 海水を飲んでいてはいけないので、飲んでしまっている海水も取り出すイメージをしたが、特に水が吐き出されることはなかった。

 飲んでいなかったということだろうか、魔法が不発に終わっていないことを祈る。

 魔法は気化熱で体温を奪われないのがいい。

 ケビンさん、ロキさん、ポポさんも、心配そうに覗き込んでおり、ザク君も私の足元から、私の手元を見つめている。

 触れたときはヒヤリとしているように感じた、少しだけずしりと感じる体は、乾いたことで生物本来の体温が体毛越しにじわりと伝わってきた。

 内心、死ぬほど安堵する。

 身じろぎ一つしないから、とにかく心配だったのだ。

 小動物の呼吸や心拍の確認の仕方なんてわからない。

 毛流れに合わせてゆっくりと撫でさすりながら、毛並みがほわっとする程度の温度で、魔法で温めておく。

 モルモちゃんは全身真っ白で、毛の長さは短かったけど、この子は茶色くて、地面につくくらいの長い体毛をしている。

 モルモット、だよね?

 動物の知識も曖昧な私は、この子がモルモットかどうかも自信がなく、いっそ心の中で”おまんじゅう”と呼び始めていた。

 だって色が、温泉まんじゅうみたいな良い色味の茶色なのだ。

 安心したらお腹空いてきた。

 全身まっ茶色かと思っていたけど、鼻からおでこにかけては白い毛が生えている。

 私がおまんじゅうを観察していたそのとき、己の体が乾いたのが分かったのか、おまんじゅうはパチリと目を開けた。

「あ、気が付いっ、え! 速!」

 手足をピンと張ったかと思うと、私の両手の拘束もなんのその。

 飛び出し、砂浜へ着地するなり影になっている部分へ、ててててっと逃げ込んでしまった。

 水分がなくてもモルモちゃんよりやや重たい体は、いつでも逃げ出せるようにか、全身に力を込めたままだったようだ。

「ヨウちゃん、これ」

 ロキさんが飲み水の入った容器を手渡してくれる。

「ありがとうございます」

 なにはともあれ、飲み水を飲ませたいのだが、完全に隠れてしまっている。

「だいじょうぶだよ~、お水のもうね~出ておいで~」

 影に向かって抑えた声で話しかけるが、おびえてしまっていてダメそうだ。

 影から顔を出して不安そうにこちらを見ている様子は、なんだかいじめているような気分になってよろしくない。

 飲み水を適量、平皿に出して、置いてあげる。

「ロキさん、ありがとうございました」

「いいえ~。置いてくの?」

「はい、そばに人がたくさんだと、なんだか可哀想なので」

「オッケー、離れたとこで見てようか」

 見回せば、私とロキさんの会話を聞いて、ザク君もポポさんも頷いてくれる。

 彼らは、モルモちゃんですっかり耐性がついているなあと、頼もしさすら感じる。

 様子がおかしいのは、ブッチ&サンダンス君だ。

「あれ、なに? あれ、ほら、なんとか様に似てない?」

 サンダンス君は、目をキラキラ、いや、ギラギラさせてモルモットの隠れている辺りへ視線をやっている。

 相変わらず、猫のような好奇心だ。

「おい、もういいだろ。行こう」

 ブッチ君はというと、サンダンス君の影に隠れるように一歩下がり、なんとなく顔色が青ざめて見える。

「いや、ブッチ気になんねえの? あれ、生きてるっぽいんだけど」

「分かんねえよ。俺、ほとんど見えなかったし。危ないものだったらどうすんだよ」

 二人は言い合っている。

 この反応、やっぱりこの世界、動物がいないんだろうか。

 腰の引けたブッチ君が、両手でがっちりサンダンス君のズボン(なぜズボン)を掴んでいるので、あの様子では、サンダンス君も突然モルモットへ突進していくことはないだろう。

 ブッチ君は、サンダンス君の後ろに回って両脇からズボンを掴んでいるので、電車ごっこのような状態だ。

 私は彼らから視線を移す。

 彼らの隣、キースさんを見ると、相変わらずのニコニコ笑顔だ。

 すごい。動じていない。

 結構な混乱状態だったと思うのだが。

 先ほどは、ブッチ&サンダンス君の様子がおかしいと思ったが、よく考えれば落ち着いているキースさんのほうが、よっぽど様子がおかしい気がしてきた。

 考えちゃダメだ、考えちゃダメだ、考えちゃダメだ……。

 ツッコミたいのをこらえ、キースさんと目が合ってしまったので愛想笑いしておく。

 きっと聞けば聞いただけヤブヘビだから。


 私が、「一旦、離れて様子を見ましょうか」とみなさんへ声をかけている時だった。

 プイプイプイプイプイプイプイプイ

 けたたましいプイプイサイレンが鳴り響いた。

 いや、それはさすがに大げさで、上空から、聞き慣れたサイレンの音が小さいながらも徐々に近づいてきているのだ。

 プイプイプイプイプイプイプイプイ!

 私は、納得の気持ちでいた。

 これで事情も分かると。

 突然、何もないところからモルモットが現れたのだ。

 モルモちゃんの関係者、関係モルに違いないだろう。

 私も、ロキさんたちも上を見上げる。

 ブッチ君だけは、音に気付いた瞬間、サンダンス君のズボンを掴んだまま、すごい勢いでしゃがんでしまったが。

 目の前の不思議生物にビビっているところに、奇怪な音が聞こえてきてキャパオーバーしてしまったらしい。

 サンダンス君が動じず上を見上げて、自らのズボンがずり下がらないようにガッチリ持ち上げたので、普段からよくあることなのだろうか。

 きっと、慣れない頃はズボンをずりおろされていただろう、ブッチ君の勢いのいいしゃがみっぷりだった。

 プイプイプイプイプイプイプイプイ!!

「見えた! っえ!?」

 ひときわプイプイサイレンが大きくなったかと思うと、私たちより海側、積みあがるようだった入道雲の端っこをボッと音がしそうな勢いで何かが突き抜け現れた。

 かと思うと、私が驚きの声を出している間にも、すごい音と水柱を上げて海へ飛び込んだ。

 ドパンッッ

 海面に突き立てるように落ちたプイプイサイレンの主は、なんだか白いことは白かったが、想像していたサイズ感とは違っていた。

「人……?」

 雲を突き抜け逆ファラウェイ、一直線に海にダイブした影は、白い人型に見えた。

 遅れて、かすかに水しぶきがここまで届く心地がする。

 どうせモルモちゃんだろうと、余裕の構えだったのだが、なんか違ったらしい。

 これがRPG風異世界だったなら、ボス戦でも始まりそうだ。

 仮にもここは採集地、いわゆるダンジョンのような空間だ。

 もしかして、結構危険だったりする……?

 私が、にわかに背に冷たいものを感じ始めたとき、かすれたような、ケビンさんの声が聞こえた。

「助けねば」

 私がケビンさんのほうへ振り返ると同時、黒髪の端正な顔立ちの男が、私を通り過ぎ、海へ一直線に向かっていく。

 その姿を視線で追えば、白い人が落ちた場所へまっすぐ、ケビンさんは向かっているようだった。

 他の全員が動けない中、歩みは駆け足になり、ケビンさんは海に突っ込んでいった。

 バシャバシャという水音が聞こえて、やっとハッとする。

 背後から、「ピーピー」と、不安げな声が聞こえる。

 おまんじゅうが、拠り所を失くしてオロオロしているのだろう。

 なぜなら、おまんじゅうが隠れていたのは、ケビンさんの影だったのだから。

 天然プールの中、モルモちゃんに似たおまんじゅうが危険な状態だと分かったケビンさんは、的確に行動してくれた。

 安否がわかるまでは、心配げに覗き込んでもいた。

 けれど、私の手から飛び出したおまんじゅうが彼の足元にひゅっと隠れたところから、茫然自失の置物状態だったのだ。

 仕方ない。

 まだ刺激が強かったね。

 そして、ケビンさんは、プイプイサイレンが海に突っ込んでいった途端に再起動して海へ入っていったのだ。

「ケビンさん!」

 そうだ、海に突っ込んでいったんだよ。

 ぼーっとしてる場合じゃない。

 彼の服にかけた泳ぎのための魔法は解けていないだろうか、遠隔でもできると信じて、重ねがけしておく。

 もうケビンさんは胸あたりまで深くなっている場所まで進んでいる。

 溺れたり、危険な目に合わないように、彼の周りにバリアを張るイメージをする。

 魔法や強烈な物理攻撃も防ぐような、頑強なバリアを想像する。

「うわ」

 ケビンさんの周りに、球体の透き通る膜が現れた。

 水の上にプカリと浮かぶ形になり、バランスを崩したケビンさんが小さく声を上げる。

 某ボーリング場併設の遊戯施設の、空気を入れたボールの中に入って遊ぶ遊具を思い出してしまう。

 私は慌てる。イメージが不十分だったのだ。

「空気、空気は通して、えっと、動きを邪魔しない、もっと体に添う感じがいいんですけど」

 思わず口に出し、ケビンさんを覆う球体に向かって話しかけるようにしてしまう。

 ああ、ヨウの仕業か、と、その様子を見ていた面々から、生暖かい視線が注がれているのを感じるが、私はイメージを明確にするのに必死だ。

 そして、浮かんだのは、日曜朝の人気者、変身して戦う戦士たちの身に着けるスーツ姿だった。

 私が完全に悪いのだが、本当に悪いのだが。

 私がそのイメージにしっくりきてしまったために、ケビンさんは劇的な変化を起こしていた。


 ピカーン


 完全に、変身エフェクトが起きてしまった。

 しかも、『変!身!』ではなく、『変身❤』のほうだ。

 小さい頃、いや、大人になっても早起きできた日は見ていたけど、私が日曜朝に楽しみにしていたのは、スーツに身を包んで戦う戦士よりむしろ、魔女っ子や、妖精を連れた女の子が悪と戦う物語だった。

 どこからか、シャラリンシャラリンと軽快なメロディが聞こえてくる。

 光に包まれていたケビンさんの体が、内側から発光しているかのように輪郭が曖昧になっている。

 ケビンさんが何かブツブツ言っていたかと思うと、まるでそうするのが当たり前かのように、勢いよく片手を高く天にかざす。

 いけない! これは、プリティでキュートなふたり組の変身エフェクトに近い!

 一人なのに。

 ケビンさんは、バビュンと跳んだ。

 高く飛び上がった発光するケビンさんの元へ、どこからか発光体が飛んできてぶつかる。

 衝撃を受けそうなその勢いに私は思わずひるむも、衣装チェンジはそれで完了したようだ。

 胸にはめこまれたような赤い宝石が一度ぴかりと光る。

 身をひねるようにしたケビンさんは、海面に降り立った。

 バレリーナのような華麗な着地だ。

 ケビンさんって、ふたりの中でもロングヘアーのほうなんだ。


 幸いにして、ケビンさんが身を包んでいたのは、胸にハートをかたどったワンピースではなく、頭までをすっぽり覆った格好いい黒のバトルスーツだった。


 良かった!

 本当に良かった!!


 あとは、胸の赤い宝石が三分でピコンピコン言い出さなければ完璧だ。


 ……完璧か?

 私は、混乱していた。

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