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28.銀髪イケメン「女神さま……」

 それから体勢を整え直した私は、ロキさんにとても謝られてしまった。

「できたのが嬉しくて、つい。ケガさせちゃうところだったね。ごめんね……」

 いつになくシュンとしているロキさんは普段と違いすぎてこちらが申し訳なくなってしまった。

 しょんぼりしている姿はいつもと違ってちょっと可愛い。

 普段元気なチャラ男がシュンとしていると、なんだか変な気を起こしてしまいそうになるのでやめていただきたい。


 私はキースさんに改めてお礼を言い、それからケビンさんとポポさんにも手で芋を潰すところからやってみてもらったが、やはり彼ら二人はできなかった。

 残りの芋は「やりたい!やりたい!」と大騒ぎだったブッチ&サンダンス君に任せる。 

 冷めてしまうと作業がしづらいのでコッソリ茹でた芋には保温の魔法をかけてある。

「やっぱり”できるわけがない”が邪魔していそうですよね」

 今のところ、素直な性格であったり、私の言葉を鵜呑みにしてしまう人のほうが魔法の発現は順調だ。

 私が立てた仮説である、「想像ができる」ことと「できるはずだと思い込む」ことが魔法が使えるようになるために大事なのではないか、という考え方は間違っていなさそうに思う。

 ケビンさんやポポさんは、よくこの世界の他の人たちが使う魔法を分かっているからこそ、その思い込みが邪魔をしている気がする。

「ボクも、できるはずと思い込もうとはしてるんやけど、経験上できないに違いないやろうと思ってしまってるんやと思う。魔法は、親や教師に教えられてできるようになるもんで、ヨウが強い魔法を使えるのも、特別な力があるからやろうとばかり思っとったから……」

 ポポさんもケビンさんも、魔法が使えるようになればと思うことはこれまでもあったらしい。

 しかし一般的にこの世界では、魔法は親が使える魔法を子どもが見て教えてもらうことで使えるようになったり、専門の教育を受けて訓練を重ねて使えるようになるものだと思われているらしい。

 それで使えるようになるのもきっと「自分もこれで使えるはずだ」という確信が得られるからではないだろうかと思う。

 二人はとても真剣に考えてくれている。

 でも、アリサちゃんにしてもサンダンス君にしても、あのスムーズな発動を思うと、ケビンさんやポポさんは、もう少しその真剣さを取り払ったほうが良い気もしてくるのだけど……。

「できたよー!」

「わ、もうですか。お二人ともすっかり料理上手になってきましたね」

「まあね!」

「俺のほうが倍は潰したけどな」

「そんなことないだろ!」

 またわちゃわちゃとし始めた二人をまたポポさんがやんわり止めるが、魔法が使えるようになったことでテンションが上がってしまっているのか、今度はなかなかじゃれ合いをやめない。

「ブッチ君、サンダンス君、実は大切なアドバイスなんですが」

「なに?」

 神妙は顔つきで声をかけた私に、二人がこちらを見る。

「この魔法、人へ迷惑をかけると使えなくなっていってしまうんです」

 サァっと顔色が悪くなる二人。

 未だお互いを掴み合ったまま、はっきりと顔色が変わった二人を見て、内心で「こんなに人の顔の色って変わるんだなあ」と呑気に思いながら続ける。

「だから、お兄さん達の言うことは聞かないと……」

 まるでお化けの出てくる話をするように、低めた声で話す。

 二人は青い顔のままコクコクと高速で首を縦に振り、ポポさんに「「ごめんなさい!」」と声を合わせて謝ると、自分達の席にサッと座った。

 急いで座った二人の姿勢は、背筋が伸びて膝に手を置いて綺麗な姿勢を保っている。

 私はポポさんと目が合う。

 私がニコリと笑うと、ポポさんもニコリと笑った。

 いい仕事をしたと思う。


 + + +


 二人が作ってくれたサツマイモのマッシュポテトを少しの牛乳とバターで練って柔くして、人数分の小さ目の陶器の器に分けると火を使わずに魔法で熱を通す。

 口で説明しながらやっていく。

 器の中、フチのあたりから徐々にサツマイモの黄色が濃くなり、湯気があがり始める様子にみんなが驚く。

「色んな調理を繰り返し練習していくことで、イメージがはっきりしてくると思います。そうしたらみなさんにもこういったことが出来るようになるはずです」

 今、身の周りにある調理器具であれば、フライパンを重ねて火にかけるか、土と泥で(かまど)を作って直接ではなく火の熱を当てて焼くか蒸すのがスイートポテトの正解だろうか。

 魔法はイメージが大切だと思う。

 たとえ火魔法を使い慣れている人でも、調理を普段しない人にはサツマイモを魔法の熱でこんな風に焼くことはできないのではないだろうか。

 そうして温まったら、最後に卵黄を表面に薄く塗ると、手から火を出して表面をさっと焼いて、スイートポテトは完成だ。

 火は使うのに注意するようにと言いながら、出せそうな人にはやってみてもらう。

 ブッチ&サンダンス君は少し火力が強くなってしまい、キースさんは上手に、ザク君とロキさんは弱いものの火が出て、それぞれワアワアと騒ぎながらなんとか仕上げた。

「みんなで作ったデザート、えっと、甘味です。これならお砂糖が無くても作れますね」

 そう言った私へ、みんなが嬉しそうな顔を向けてくれる。

 魔法が使えないままだったケビンさんとポポさんは、まだ思い悩むような様子だったが、私が「お二人もすぐできるようになります」と笑いかければ、肩の力を抜くようにして「いただこうか」とスイートポテトに手を伸ばしてくれていた。

 大人な二人は気持ちの切り替えも早いのだ。


 それぞれスイートポテトを食べては、「美味しい!」「あの芋が」と驚いたように、そして嬉しそうに口々に言っていた。

 しかし、一番はしゃぎそうなブッチ&サンダンス君は、今はなんだか静かだ。

 先ほど「迷惑をかけると魔法が使えなくなる」と脅してしまったせいだろうか、と心配して見てみると、二人はなんだか小さな声で話しながら食べているようだった。

「俺、こんなちゃんと料理作ったの初めて」

「俺も」

「美味しいな」

「そうだな」

 二人はまるで無くなってしまうのがもったいないとでも言いたげに、少しずつ少しずつスイートポテトを掬っては食べている。

 ”自分で作った料理”は二人にとってなにか新しい気づきを与えたようだった。

 仕事でもなんでもそうだが、自分の努力したこと結果が形になるのは、気持ちのいい達成感が味わえるものだ。

 どうやら二人も満足してくれているようだと安心して、私は隣のザク君を見やる。

 彼も先ほどから少し元気がないような気がするのだ。

 ザク君はスイートポテトを一口食べたあとは、何かを考えるようにしていて、スイートポテトを見つめたままじっとしていた。

「俺」

 こぼされるような声だった。

 ザク君はいまだこちらを見ないままだが、それでも私に向かって話しかけてくれたということは分かった。

「はい」

 聞いていますよ、と伝わるように返事をする。

「俺、早く大人になりたい」

 続けられた言葉は思ってもみないもので、私は目を見開く。

 突然どうしたのだろうか。

 年上にばかり囲まれたこの場所で、今まで小さい子達のお兄さん役として頑張ってきた自信が、揺らぐような気持ちになったのかもしれない。

 あと一月もしたら彼は十二歳になる。

 そうしたら同い年の子達と一緒に、町の路地のあの家からこの海の家に引っ越して、採集地へと繰り出す冒険者としての暮らしが始まるのだ。

 それを今、一人だけ先に体験することで、不安になってしまったのかもしれない。

 私はザク君がそれ以上を口にしないのを見て取ると、少し考えてから素直に彼への思いを語る。

「あまり駆け足で大人になる必要はないと思いますよ。料理の魔法も、料理の仕方を知らなければ使えなかったでしょう。戦いの魔法だって、治癒の魔法だって、経験と知識がなければきちんとは使えないと思いますよ。色んな経験をして、勉強をして、そうして大人になったほうが、ずっと強くてすごい人になれますよ」

 焦ったって、急に体が大きくなるわけでも年を早く取れるわけでもない。

 彼は今の彼の年の子が過ごすような、”子どもの時間”を大切にしてほしいと思った。

 少しでも元気づけられているだろうかとザク君を見ると、彼は思い悩むようにしながらもゆっくりと顔を上げ、そして、私を真っ直ぐ見た。


「ヨウは待っててくれる?」


 彼が言おうとしている意味は分からない。

 分からなかったけど、あまりに彼が真剣な表情でそう言うものだから、私もちゃんと考えてみる。

 ザク君はもうすぐ十二歳。

 彼がケビンさん達の年齢に追いつくのは、あと八年か十年か。

 もう私に、元の世界へ戻るすべはない。

 地球の私はもう死んでしまっている。

 たとえモルモちゃんの世話係をクビになってしまったとしても、私はこの世界で生きていくしかない。

 

「待てますよ」


 十年後、まだザク君が私と遊んでくれていたのなら、まだ誰も見たことのない聖地を一緒に探してくれていたのなら、それは楽しそうだなと思った。

「わかった」

 ザク君は少し嬉しそうにして、スイートポテトに向き直ると一口食べ「これもうまいな」と言って、笑顔になってくれたのだった。


 + + +


 みなさんが落ち着いたところで、キースさんのケガの治療についてどう説明しようかとケビンさんが困った様子でいたところに、キースさんからにこやかな一言が言い放たれた。

「大丈夫。ケガのことなら分かったから」

 あまりに自信ありげに放たれたその言い様に、彼が寝ている間に私が治した事情が分かっているみんなが困惑の表情を浮かべる。

 彼は何か勘違いをしているのではないだろうか。

 しかし、直後にキースさんは私へくるりと顔を向けると言う。

「そうですよね」

 これは、どうやら彼は私が治したことを確信しているようだ。

 なぜだ、と思っていると彼が突然私へ顔を近づけてきた。

 思いもかけない接近に私は緊張に体を固まらせてしまう。

 彼は内緒話をするように口に手をやると、耳元へ顔を近づけてくる。

 ふわふわの銀髪の間から、銀のまつ毛に縁どられた目が柔らかく弧を描いて覗いており、鉱石のような青みを帯びた濃い色の瞳がこちらを見ている。

 笑顔の銀髪イケメンの接近こわい。

 体を硬直させていると、フード越しに囁かれる。

「女神さま、治療いただいた時に見た光景は夢かと思っていたのです。先ほど貴方様のお顔を見て、あの時の女神さまが貴方で、あの時起こったことが現実だったのだと知りました。命を救っていただき、本当にありがとうございます」

 そうして彼は物憂げな吐息を漏らす。

 なんだ女神さまって。

 精神衛生上たいへんよろしくないので、耳元で息を吐かないでいただきたい。

 私の知能指数が今、急速に下がっていっている。

「貴方様へこの身を捧げ、一生お仕えしたく存じます。どうか、どうかお許しを」

 そうしてほんわりと朱に色付いた顔をゆっくりと離すと、私の顔をフードの間近から覗くように見てくる。

 彼の美しい瞳と目が合う。

 色素の薄く、美しいその顔の中で、厚みのない桃色の唇が嬉し気に微笑みに形作られた。


「無理です」


 蚊の鳴くような声で返す。

 しかし、無理なのだ。

 百八十センチ以上のスラリとした細マッチョ、ふわふわとパーマのかかったような銀髪、長めの前髪から覗く神秘的な瞳と美しいご尊顔。

 こんな、二次元から出てきたような美貌の男を(はべ)らして、どうやって日常生活が送れようか。

「そんな」

「無理」

 なおも縋るように続ける彼に、小さくか弱い声で「無理」と返し続けるより他に、今の私には正常に働く思考は存在しなかった。

 今の私はIQが3くらいしかないと思う。

 なぜかザク君が私の返答に気を良くしたようで、鼻歌でも歌いそうにご機嫌に私の横へピタリと引っ付いてきたので、幼児ほどの知性もなくなった私は「ザク君は癒し系だなあ」と寄り添う熱に安心感を得ていたのだった。


 + + +


 その後、カイソウへ行くのに同行すると言うキースさんへ許可が出され、キースさんが元々一緒にカイソウへ行くはずだったケビンさんの第一チームのメンバーへ代行すると連絡をしてきたことで、私がカイソウへ一緒に潜らせてもらうメンバーが決まった。

 ケビンさん、ポポさん、ロキさんの採集地組と、病み上がりの慣らしのキースさんとブッチ&サンダンス君、それから新人冒険者の私とザク君だ。

 代行の連絡のために軽快に海の家々を走り回るキースさんの様子を目で追っていると、突然全快したキースさんへの驚きの声があちらこちらから聞こえてきていたが、「大切なお方を待たせているんだ!」とキースさんのよく通る声がその度に聞こえてきて、また私の知能指数が急激に下がった。

「あいつも悪気があるわけじゃないんだ」

 ケビンさんが頭が痛そうにしながらフォローを入れている。

「どうしたらいいんですか」

「悪いやつじゃないんだ……」

 抑揚のない声でスンっと凪いでしまっている私は極限まで考えることをやめている。

 ケビンさんがこめかみを痛そうに押さえ、ポポさんとロキさんが苦笑いしている。

 だいたいなんだ「女神さま」って。

 おそらく、あの治療の時に彼は一度意識がもどっていたのだろう。

 私は途中からフードが落ちていたし、風が吹き、光の輪があちこちに炸裂して光の粒が振っていたようだから、神秘的な光景にも見えたのかもしれない。

 食事のときにフードがない私を見て、私が治療した人物だと気付いたらしいキースさんは、勝手に私に忠誠を誓ってしまった。

 こわい。重めのイケメンがこわい。

 そもそも私はあの綺麗すぎるご尊顔に引き気味だったので、あまりキラキラ笑顔を向けて来ないでほしい。

 私の中で、そんな恩を感じてもらうつもりじゃなかった申し訳無さとか、綺麗すぎる相手へ気が引けたりだとかそういうので、心の柔らかいところがゴリゴリ削られているのだ。

「ヨウには俺がいるのに」

 おもむろに隣にいたザク君が面白くなさそうに口を尖らせる。

 それが可愛かったので、私は「そうだね、ザク君がいるもんね。ザク君は癒やし系だなあ」と思考回路がショートしたまま、疲労感にまかせて言葉を紡いだ。


 私達はカイソウへと向かう。

 網や、採った海藻を入れる袋などの準備を手伝いながら、収納魔法の付与を説明すると、ぜひ覚えたいと全員からまた熱い視線を受けた。

 ザク君がすこし誇らしげに自分のポケットの収納魔法を見せると、みんなザク君を褒め始め、ザク君はとても恥かしそうにしながら喜んでいた。

 とても可愛い。

 良かったねとどさくさに紛れて私も頭を撫でておいた。


 道具類はザク君が新しく付与して作った収納袋へいくつかに分けてしまい、採集地組と病み上がり組と新人組でそれぞれ持った。

 海の家がある集落の”浜”から少し歩いたところに、ヤサイの時にも通った採集地への入り口である洞窟があった。

 採集地としては特殊なヤサイと、敵が強く危険なニクは管理されており、常に守衛が付いているが、カイソウは守衛は付いていないらしい。

 私は二つ目の採集地に期待を膨らませながら、ザク君に手を繋いでもらって洞窟をくぐったのだった。

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