27.即席魔法教室開講、そして餌付けをさらにドン
「……あれ? 私なんか間違えた?」
ルンルン顔のまま私は固まってしまう。
丸いテーブルを囲んでいるのは、私の左隣りのベンチにケビンさんロキさんポポさん、そして正面ベンチにブッチ&サンダンス君とキースさん、そして私と同じベンチの右隣り、作業のために少し離れて座ってくれていたザク君だ。
みんな一様に目を丸くし、口を開け、時が止まったようにこちらを見ている。
「えーっと、あの、料理もたくさん練習すれば楽しくなりますよーってことを、ですね」
沈黙に耐えられず、しどろもどろになりながら説明する。
料理なんかの雑用に思える仕事も、練習すれば上手になるし、面白くできるということを知ってもらえれば、ブッチ&サンダンス君もやりたくなるかなと思ったのだが、何かちょっと違ったようだ。
「……ヨウ。ヨウさ、やりすぎ」
右隣り、ザク君からぽつりと声をかけられそちらを見ると、苦笑いしか出ないといった風のザク君がいた。
「あ、これ。やりすぎ、ちゃったか。え、えへ」
私も自分のしたことがどうやらやりすぎであったようだと確認し、ひとまず誤魔化すべく引きつりながら笑ってみせる。
「ヨウさぁ……」
ザク君が呆れ混じりといった様子でさらに何か言いかけた時、
「練習すれば俺もできるってこと?」
キョトリ、と素直な声を金髪のサンダンス君が出した。
「え? あ、そうですね。きっとできます。普通の料理をたくさんやれば、こういうこともできるようになる、はず? です」
かなり曖昧な言い方になっているが、私は、この世界に来る時にセツさんに聞いた説明から、まだ発展していないだけでこの世界の人は魔法が使える、という認識でいる。
私の体はセツさんの力の補正こそあるだろうが、こういったことができるようになるのは私だけではないはずなのだ。
「マジで!?」
「ホントに!?」
そんな私の言葉に大きくリアクションしたのはブッチ&サンダンス君だ。
他のみなさんも会話を始めた私達の様子に少しずつ気を取り直したのか、興味深そうに聞く体勢になった。
「私も詳しいわけではないですが、料理でも洗濯でも、繰り返し作業して、工夫していっていけば、こういう風に力を使う練習にもなると思いますよ」
私は、言いながらも「せっかくだからお召し上がりください」と手で示せば、ブッチ&サンダンス君は大喜びで目の前のお皿からサンドイッチを掴み取った。
「いいんでしょうか」
キースさんは自分達の前にだけ置かれたワンプレートに困惑していたが、「キース兄、俺らはさっき食べさせてもらったんだ」とザク君が伝えてくれ、「では、ありがたく……」とサンドイッチを手に取ってくれた。
「はあ!? 何これ! めちゃくちゃうまい!」
「うっま!」
「美味しい!!」
「それは良かったです」
三者三様に驚きの声を上げてくれたが、真っ先に声を上げたサンダンス君は、その勢いのまま立ち上がると、手にサンドイッチを持っめザク君の後ろをぐるりと通って私のところまで来た。
向かって来ながらもバクン、むしゃむしゃゴクンと全て食べきると、私の手を両手をガシリと掴み、ぶんぶん振り始めた。
「うまいこれ! ありがとう! ありがとう!」
とても良い笑顔だ。百点だなあ。
私はベンチに座ったまま振り回されるようにぶんぶんと振られ、「あー、わー」とぐわんぐわんと揺れる。
「ヨウ」
ケビンさんが心配して右手を出し、体を支えてくれた。
「うっわサンダンスこっちもヤバイぞ。なんか、これ、なに、えっうっま。食ってみろって」
夢中でサンドイッチを食べきったブッチ君が、パンケーキを食べ始めるやいなや、興奮気味にサンダンス君を呼び、サンダンス君は「待って待って」と言って私の手をポイと捨てると席に戻って立ったままパンケーキを食べる。
「これ! やばい! 俺これ好き!!」
また感激した! とばかりに大きな声を上げたサンダンス君がこちらに来ようとしたので身構えたが、今度は兄ズのほうを通ろうとして、座ったままのロキさんに腰を抱えられて止められた。
「はい座る。ヨウちゃんの飯ほんとウマいよね、それはわかる」
「うまいっていう次元!? なにこれ、甘い!? え、甘いの? これ甘いのか?」
サンダンス君はまだ興奮してプチパニック状態だが、ロキさんに”よいよい”とあやされながら彼の席まで戻された。
こっそりとブッチ君がサンダンス君の分の残りのパンケーキを取ろうとしていたのに気づくと「あー!」と声を上げ、また二人はわちゃわちゃとし始めた。
「ヨウ、フードが」
ケビンさんに言われて気付く。
先ほど腕を振られた時にフードが落ちてしまっていた。
おっと、と思い「よいしょ」と被り直していると、キースさんのほうから視線を感じた。
「女神さま……。そうか、だから……」
なんだか分からないが、美しいご尊顔がぽや〜っと顔を赤らめさせながらこちらを見て、何かつぶやいている。
目が合っているはずなのに合っていない。
私がフードを被っているせいかもしれないが、そもそも彼の目の焦点が曖昧だ。
彼のお皿は完食されているので、食べ慣れない砂糖の甘さに驚いてしまったのだろうか。
「本当に俺にもできるようになるかな!?」
ブッチ君からパンケーキを死守して食べきったらしいサンダンス君が、未だ興奮冷めやらぬといった風に私に聞いてきた。
席には着いたままだが、かなり前のめりだ。
「できますよ。やってみましょうか、えっと」
私は今度は何か作りながら一緒にやってみよう、とバターと牛乳を出したところで、先ほどのキースさんの様子を思い出して砂糖ではなくサツマイモを使ったスイートポテトにすることにした。
デザートなら食事も終わったザク君達も一緒につまめるだろう。
サツマイモなら最初の炊き出しのときに買った残りがあるはずだ。
「あ、芋」
ブッチ君が見覚えがあるのかつぶやいた。
「こちらはよく料理に使いますか?」
「いや、その芋はあんまり」
「先ほどのパンケーキは砂糖というものを入れましたが、まだ砂糖は手に入りにくいので、このサツマイモを使いますね。じっくりと火を通すとふかふかして甘くなりますよ」
私はそう言い、サツマイモを一つ手に取ると、魔法で皮を剥き、サイコロのように小さくカットした。
サツマイモは一度横に置き、小鍋を取り出すと、それをワクワクと身を乗り出してこちらを見ていたサンダンス君の前に置く。
「手をかざしてお水を出してください」
私はニコリと笑って言う。
サンダンス君は私と鍋を交互に見て「え? 俺が?」と困惑気味だ。
「はい、出ますので」
私は引かず、ニコリと重ねて言う。
この世界の人が魔法を使うところはまだ見たことがないので、とりあえず出来るという前提でやってみてもらおうと思う。
サンダンス君はなるほど、と一度頷くと鍋に手をかざす。
ブッチ君も「出るのか……」と言いながら穴が開くほどサンダンス君の手と小鍋を見ている。
兄ズもまさかとでも言いたげに、それでも興味深そうに私達のやり取りを見ている。
チョロロロ……
「出た!」
「出っ! サンダンス!」
「「出たあ!?」」
サンダンス君が叫び、ブッチ君がびっくりした笑顔でサンダンス君に飛びつき、それを見ていた兄ズが驚きの声を上げた。
「うっわ冷てぇ! どうやって止めるのこれ!」
「サンダンス! すげえ! 出てる!」
興奮してサンダンス君を地面へ抱きつき倒したブッチ君と、転んで手からチョロチョロと出る水を浴び、それを拭おうとまだ水の出ている手を顔に当ててしまってビショビショになっているサンダンス君。
「念じれば止まりますよ!」
私が大わらわの二人へ声をかけると、「本当だ、止まった」とサンダンス君はほっとした後、体を起こして「ブッチ!」と水で濡れている手でベシベシとブッチ君を叩き始めた。
ブッチ君はそれにこたえた様子もなく、「俺も! 俺も出す!」と言って立ち上がり泥だらけの手を小鍋にかざす。
私達も含め、しばしじっと待ってみる。
ポタン、ポタ、ポタタタ……
「出たぁ!」
「ブッチ!」
「サンダンス!」
二人は抱き合い喜んでいる。
「わぁまだ出る」
「止まれってちゃんと考えろよ、そしたら止まるから」
「こう? こうか? あ、止まったかも、いやまだ出てる」
アハハと、二人はとても楽しそうだ。
二人がキャッキャし、兄ズが呆然と今起きた出来事を飲み込めないでいる中、ザク君が私のローブの裾を引っ張った。
「なあ、ヨウ。実は、アリサが食器をキレイにする魔法が使えるようになったんだ」
「本当ですか!?」
ザク君が教えてくれた話に驚く。
「”キレイになあれ”って、ヨウの真似をして出来るようになったって言ってた。ヨウみたいに早くはできないけどって」
「あの時の真似をしたんですね。あれは服や体をキレイにしたりするのにも使えるので、練習したらとっても便利ですよ」
私はニコニコしてしまう。
食器を自動洗浄する収納袋を作る前、手で一枚ずつ「キレイになあれ」と魔法をかけていたのを覚えてくれていたのだろう。
「──それでさ、俺もヨウの真似をしてみたんだ」
「ザク君?」
「これ、ポケット」
ザク君は着ているズボンのポケットへ手を入れ、そこからずるりとボロボロの布の端を引っ張り出す。
「これって……」
「ヨウに布買ってもらうまで使ってたやつ。ポケットに入っちまった」
「わ! 収納魔法ですね! ポケットに付けるなんて。なるほど、便利ですね。ザク君すごい!」
ザク君の家の三人が寝るのに使っていた布なのでかなり大きかったはずだ。
今は一端しかポケットから出てきていないが、普通のズボンのポケットには入るはずのない大きな布だ。
「俺、ヨウに会うまで自分が魔法を使えるなんて思ってもいなかった。収納魔法だって、ほんのちょっと入る大きさを増やすくらいだと思ってた。でも、ヨウの使う力を見て、アリサもできるようになったのを見てたら、俺でもできるんじゃないかって思って」
ザク君はぽつぽつと話してくれる。
それからザク君はきゅっと口を引き結ぶと、小鍋のあるところまで行き、さっと手をかざした。
「ヨウ。俺もできるかな」
手をかざしたまま私へ顔を向け、ザク君が聞く。
「うん。できるよ」
私が頷くと、ザク君もコクンと頷き、自分の手をじっと見る。
彼が気合を入れてフン! と息を吐いた瞬間。
ブワッ
思いがけず大量の水が彼の手から広がるように溢れ出る。
ザク君の手を注視していた私がびっくりし、ザク君がびっくりし、その直後にキュッと栓が閉められたように水は溢れるのを突然やめ、重力に逆らうことなくザバァと机全体を濡らした。
「びっ……くりしたあ」
「ザク君すごい!」
「うっわザクすげえ!」
「やるな」
驚いたザク君を私が褒めると、見ていたのだろうサンダンス君とブッチ君が少し悔しそうに声をかける。
兄ズは目を見開き口を開いて成り行きを見つめるばかりで、水と泥まみれになった調理器具と自分達に、ただ呆然とするだけだった。
+ + +
その後、私が机の上を片付け、全員の泥と水を魔法で綺麗にした後、再度全員に水を出してみてもらったが、ブッチ&サンダンス君は先ほどのように少しずつ、ザク君はたくさん、そして随分にこやかになったキースさんもたくさんの水が出せた。
ケビンさんたち兄ズは、疑わしそうにしながらも手をかざし、一生懸命念じていたが、水は出せなかった。
キースさんも水魔法なんて使えるとも思っていなかったとは言っていたが、「ヨウさんが出せるとおっしゃったので、絶対に出ると思いました」と、頬を染めたまぶしいイケメンスマイルで言われた。
私は「うっ」と目をそらした。
なぜだか分からないが、彼は先ほどから突然、私に対して強い信頼を向け始めているのだ。
パンケーキか? パンケーキが彼をこんなにしてしまったのか?
とんでもない餌付けに成功してしまったかもしれないと、私は内心怖くなる。
「もしかすると、ちゃんと想像できた上で”出来る”と思う力が強いと、魔法は発動するのかも……」
私は考えていた仮説を言葉にする。
私はこの世界に来てから魔法の使い方なんて分からないまま、「軽くなりますように」だの「治りますように」だの念じてきた。
私の魔法は「きっとこうなる」「魔法ならできるはず」という異世界転生したオタク特有の、魔法への過度な信頼の元発動してきたし、私の魔法でも子ども達の衰弱が即座に治ることはなかった。
私はそれは、私自身の想像力の問題だと感じていたのだ。
魔法はケガと病気を治せるものだ、なんて、物語の治癒魔法をイメージをして使っていたので、私には子ども達の栄養不足で弱っている姿を完全に元気にすることはできなかったのではないか、と。
先ほどブッチ&サンダンス君を治したときは、食あたりの他に、”脱水”の症状をはっきり認知していたからこそ、彼らに魔法の水を与えることで治すことができた。
きっとそうすれば彼らが元気になると想像ができていたからだと思う。
アリサちゃんは私の魔法を見て「できるものなんだ」と思っただろうし、ザク君も「自分にもできるはず」と思って成功している。
目の前で魔法を見てどういう風に使うのかという想像ができていたわけだし、私の仮説はさほど正解から遠いところにあるわけではないと思う。
サンダンス君達は、その、とても素直なので。
私が出るといったから水が出せたのかと思うと、彼らの素直さは美徳だと思う。
「出ると思い込めれば水が出るかもってこと?」
ケビンさんとポポさんがそんなことがあるのかと完全に懐疑的にしている中、ロキさんは疑わし気ながらもそう聞いてきてくれた。
「一度騙されたと思って、思い込んでみてください」
私がそう言うと、彼はウーンと唸りながら考え始めた。
私は、最後にキースさんが出してくれた水で、泥から救出したサツマイモを茹で始める。
「さっき私がやって見せたことなんか、きっと料理にさえ慣れればみなさんできるようになるはずなんです」
もしかすると他にも要因はあるかもしれないし、使う魔法によって必要な力などが違うのかもしれないとも思うが、「使えるはずがない」と思っていては始まらないので、「使えるようになる」とゴリ押ししておく。
サツマイモが柔らかくなってきたのでボウルへ取り出す。
「この芋を潰すのも手でやるのは大変ですが、魔法でやれば簡単です。つぶせる自信のある方」
私が聞くと、キースさんがスッと笑顔で自信満々に手を上げ、それを見て競うようにザク君も手を上げた。
ブッチ&サンダンス君は「それは見てないからなぁ」とできるところが想像できないらしい。
ちゃんと話も聞いてくれていたようで、とても素直だ。ぜひそのまま真っ直ぐ育ってほしい。
全員の顔を見ていると、ロキさんが「俺やってみてもいい?」と手を上げた。
「では、ロキさんにお願いしますね。こういう感じです」
まだ魔法に成功していない彼にやってもらおうと、まず私はマッシャーを取り出すと、それで芋の一部を潰して見せた。
ロキさんにもやってもらい、潰す感覚を知ってもらう。
「思ったより柔らかいね」
「そうなんです。サツマイモは茹でると柔らかくなります。でも量が多いと少し強めにぎゅっぎゅっと力を込めてくださいね」
芋の多めに重なったあたりも潰してもらう。
「で、魔法だとこうです」
私は分かりやすいようにと潰す場所を指で示して、魔法でぎゅっと潰して見せる。
「ロキさんもできます」
「ぎゅっと。ぎゅっと」
ロキさんはつぶやきながら今つぶした感覚を思い出しているのだろう。
私が持つボウルに入った芋を見つめながら、持ったままだったマッシャーを上下に動かして、芋が潰れるところを想像しているようだ。
「いけそうな気がする。よし、潰れろ」
きゅっ
「今芋が動きましたよ! ロキさん、もう少し面で潰すようにしてみてください」
思わず興奮気味にアドバイスしてしまう。
きゅきゅっ、むぎゅっ
「できた!」
ロキさんが目を見開き、花咲くような笑顔になると、「ヨウちゃん! できた!」とマッシャーを持ったままガバっと両手を広げて私へ突撃してきた。
ハグを求めて両腕を広げたロキさんの突進を受け、勢いに気押されるままにザク君の方へ体が傾いでしまう。
「あぶな!」
ザク君の焦った声が背後から聞こえ、これは転ぶと思ったが、ぽすりと、私は何か大きなものにすっぽりと受け止められていた。
受け止められたらしいことと、影になった感覚に咄嗟に閉じてしまっていた目を開く。
上を向くと、上から覗くようにしていたのは、ニコニコ笑顔のキースさんだった。
いつの間にかすぐそばで見守ってくれていたらしいキースさんが、私の背中をしっかりその身で受け、左手で私の持つボウルが落ちないように支え、右手で突進してきていたロキさんの顔を抑えてくれていた。
「びっくりしたぁ、あの、ありがとうございました」
「いえ、ヨウさんにおケガが無くて良かったです」
彼にお礼を言うが、後ろはキースさん、前はキースさんの手で顔面を防がれているロキさんがいて抜け出すことができない。
ボウルに回された左手で抱き留められるようになっている。安心感ハンパない。
キースさんの後ろのザク君もずいぶん驚いた顔をしているが、無事なようだ。
ザク君は私を避けずに受け止めようとしてくれたのか、両手がこちらへ伸ばされたままだ。
「……ごめん、興奮した俺が悪いねこれは」
両手を広げたまま、顔を鷲掴むようにされて動きを止めているロキさんからはくぐもった声が聞こえた。




