2.偉い神様と異世界転生
神様…?モルモちゃんが?
私は呆然として固まってしまう。
神様ってあの神様? モルモちゃんもすごい存在ってこと?
『ああ、そう難しく考えなくていいよ。僕がね、モルモを神にしただけだから。じゃないと一緒にいられないし。モルモはそう特別な力はない普通のモルモットだよ。神域へ入るために格が必要だったんだ。使い達にモルモの身の回りの世話をさせるのも、神のお世話って名目なら専属で何人もつけられるしね』
ちょっとついていけない。
と、いうことは何か。
モルモちゃん可愛さにモルモちゃんを神様にしてしまったってこと? この人が?
どんだけ偉くて力があればらそんなことができるんだろう……頭が痛くなってきた……。
目の前のすごく偉い感じのどなたかは「深く考えないで」と笑っている。
わけがわからない。
神様的な人は話しながら、モルモちゃんにどんぶりの中身をあげている。
モルモちゃんはそれを小さな一口サイズで食むと、むくむく、もっきゅもっきゅと食べている。
ほっぺたのところがムニムニ動いてとっても可愛い。
私は、考えることを、やめた。
『ねぇ、君名前は?』
神様的な人が少し楽しそうに聞いてくる。
「ヨウです」
フルネーム教えたら、なんか魂取られたりしそうだし、下の名前だけ伝えた。日本人たるもの妖と対峙したときも冷静に対応するものだ。
『誰が妖だよ。僕はね~、あ、じゃあセツって呼んでいいよ。ねえ、ヨウ。モルモの世話係してみない?』
自分だって偽名っぽいじゃん。というか、口に出さなくてもサラッと会話成立してるじゃないですか、人外確定じゃないですかやだー。
『なんだか余裕が出てきたね。そっちのほうがやりやすいよ。』
セツさんはクツクツと肩を震わせて笑った。
「モルモちゃんの世話係ってなんですか?」
少し落ち着いたところで聞いてみる。
モルモちゃんのお世話をするのは楽しそうだが仕事もある。動物を飼う余裕はない気がする。
『転職しない? ってお誘いだよ。モルモは人見知りで偏食でね~。使い達には懐かないし、食事もしないしで…… 死なないとはいえちゃんと食べてほしいなって思ってたんだ』
モルモちゃんが人見知り??
初対面でがっつり見つめ合って、それどころか家まで来ちゃいましたけど……
『モルモとヨウは波長が合うみたい。珍しいんだよ、モルモの波長は。とってもね。』
意味深な言い方やめてもらえますか……
こちとら日本人の中でも一般人中の一般人。平均ちょい下のTHE普通ですよ。
荷が重い、荷が重い。
『もしやってくれるなら、そうだな~、頑丈な体にたくさんの才能、やりたいことを叶えられる力をあげよう。お金も心配しなくていい。モルモにおいしいご飯をあげて、モルモが心穏やかに過ごせる手伝いをしてくれればいい。そんな新しい仕事に就いてみるのはどう?』
魅力がすごすぎませんか?
めちゃくちゃ惹かれるんですが!
セツさんが輝いて見えます!
絶対!騙されてる!!
『えっびっくりした〜。途中までいい感じだったのに突然どしたの』
セツさんが目を丸くして言う。
「いやあ、ハハ……。 さすがにちょっと、こんなうまい話簡単に信じられません。まあ、セツさんはモルモちゃんをそばに置くために神様の格?を与えちゃうくらいだから、やらかしそう、という意味ではそこまで内容が疑わしいわけじゃないんですけど……」
ゆっくり呼吸を整えてから続ける。
「何か、不利益があるんじゃないですか?」
『あるね』
「あるんじゃん…」
少し期待した分、私はうなだれた。
『モルモは神様になったからね。モルモは一つ自分の世界を持っているんだ。君にはその世界でモルモのお世話係をやってほしいんだ』
「それって、異世界転移するってことですか?」
『おっ。飲み込みが早いね。流石この状況についてきているだけある。』
セツさんが感心したように言う。
モルモちゃんは話が解らないのか、加わる気がないのか食事の後は毛づくろいしていたが、今は机の上の私の手をちょいちょい触って遊んでいる。
めちゃくちゃに可愛い。
まあ、私自身この状況に動じていない自分が不思議ではあるけれど、セツさんや、なによりモルモちゃんに対して怖いだとかそういう感情は起きない。
むしろ安心感すら抱いてきている。
これが波長が合うというやつなのだろうか。
「小説やアニメで流行っているんですよ、主人公が異世界へ飛ばされてそこでハチャメチャに頑張るっていうのが」
私はいわゆるラノベやアニメが好きなオタクな人種なので、その手の話は見てきたように出来る。
『なるほど、話が早くて助かるな〜。モルモの世話係には、モルモの世界に行ってそこでモルモの世界の発展のための手伝いをしてほしいんだ。それと、モルモにご飯を食べさせてあげてほしいかな」
そして真剣な声音になったセツさんは核心に触れた。
「でも注意がある。ヨウがモルモの世界へ行く場合は異世界”転移”じゃない、異世界”転生”になる。こちらの世界のヨウは死んで、モルモの世界で新しく体を得るんだ』
「いいですよ」
『え』
答えた私に、セツさんは私を見てしばし呆けた。
モルモちゃんも私の親指を齧るのをやめて私の顔を見上げてくる。
つぶらな瞳が可愛らしい。
「……うん。いいですよ。大丈夫です。楽しそうですし。この世で死んだところで、あんまり後悔しそうにないんですよね〜……」
私は苦笑いしながら答えた。
もう一度反芻して考えてみるが、やはり、それで構わないと思う。
家族や友人とは会えば普通に話すが親密に連絡を取り合ったりということはなかった。
社会人になってからはそれが加速し、忙しさが更にそれに拍車をかけた。
私が死んでしまえばきっとみんな悲しむだろうがそれも癒えるのにそう時間はかからないだろう。
私はそっと心の中で妹二人に、両親のことはよろしく、と無責任にも思った。
「セツさん、モルモちゃん。ぜひよろしくお願いします」
『ヨウが良いなら、僕たちはありがたいけどね。まあもう少し詳しく話そうか。気が変わったら言って』
セツさんは苦笑いを浮かべた。
モルモちゃんはそんな私達二人の様子を見て、鼻をぷっぷか鳴らしてキュィッと鳴いた。
+ + +
セツさんによれば、異世界転生が叶った時点で私は病死したことになるらしい。
セツさんがこの世界の情報を改変してしまうのだとか。
本当にこの人は何者なのだろうか。
「そんなことをして大丈夫なのですか?」と聞いたら、『計算してるから大丈夫だよ』と言われた。
よく解らなかったので、解ったような顔で「なるほど」と頷いておいた。
『モルモの世界のことを教えておくね。気になることがあれば何でも聞いてね』
私は素早く挙手をした。
「その前に、少し寝てもいいですか。」
時刻は深夜三時半を回っていた。
私の発言に、セツさんは驚いた顔をした後、肩を震わせて笑っていた。
だって眠いのだ。
私は、セツさんとモルモちゃんにおやすみを言って別れた後、化粧を落としてお風呂に入って歯を磨いて寝た。
セツさんが『また朝に来るよ』と言って消えた、と思ったと同時に、一面真っ白だった部屋が普通に戻って、さっきまでの異常さを感じてしまったが、今更どうしようもない。
布団に横になって目を閉じた時、「そういえば、夜中は判断力が鈍っているから、夜中に決断するとろくなことにならないって聞いたことあるな」と考えが過ぎったが、眠気には勝てずすぐに夢の中に落ちていった。
モルモちゃんと遊ぶ夢を見た気がした。
+ + +
次の日は、いつもよりだいぶ遅い時間に起きた。
始業時間を過ぎていたので、まず上司へ電話をした。
体調が悪いので病院へ行きます、と。
おそらく今日私は病死することになる。
なので最低限迷惑をかけないだけの引き継ぎを電話越しで行った。
電話を切る間際「では、さようなら」と言ってしまい、あまりしない言い回しに受話器越しでも上司が困惑したのを感じたが仕方ない。
朝ごはんに残り二枚だったトーストを焼いて食べた。
成城石井で買ったちょっといいアプリコットジャムを惜しみなく塗った。
少し心が浮き立っていて、来る新しい門出を祝うような気持ちだった。
身支度も終わった頃、セツさんがモルモちゃんを連れて現れた。
一瞬で部屋が真っ白になる。
『おはよう。気持ちは変わってない?』
「はい。面白そうですし。モルモちゃんのために生きるの楽しそうだなって思います。私この世界で忙しく生きてきたつもりでしたが、働いて、ご飯食べて、寝て、あるべき場所におさまって停滞してしまっていたように思います。今私、結構わくわくしてるんですよ」
こんな気持ちは久しぶりだった。
冷静を装っているけれど、遊園地に連れて行ってもらう日の朝の小さな子どものような気持ちだ。
『そう。じゃあ、昨日の続きを話そうか。ヨウは、”世界五分前仮説”って知ってる?』
+ + +
世界五分前仮説。
聞いたことがある。
今いるこの世界は五分前にできたばかりかもしれないっていう都市伝説じみた仮説だ。
もしそうだったらどうする? という思考実験の類だと思っていた。
もし世界が五分前に出来たばかりだとして、私の記憶も世界中の人の記憶も、世界が出来上がるときに刷り込まれたものだとしたら、という話だったように思う。
絶対そうじゃないとは言い切れない。そんな仮説。
セツさんによると、世界というものは、世界五分前仮説のように突然完成した状態で始まるのだそうだ。
『"プログラムを組む"って言ったらいいのかな。神々は、それぞれ自分の世界を持つんだ。こんな世界にしたいなって色々な要素を集めて世界を作るんだけど、作る神自身にもどんな世界ができるかは、できてみないと分からないんだ。神に決められるのは世界の根源的要素だけ。そこから様々な過程を経てあるべき形で世界が機能し始めるまで、神自身も正確に世界の姿を知ることはできない。今ある世界は、神が作ったプログラムの演算の結果生まれたと言ったらいいのかな。で、新米の神の中にはその演算を失敗する者もいる』
「よく解りません……」
『例えば、魚の楽園を作ろうと思った新米の神がいたとする。水で満たされた星・温暖な環境・豊富なプランクトン、そこに満を持して健康で丈夫な魚たち、と世界の要素を決めたとする。世界が安定した形を取って存在し始めて、さぁ、これが自分の世界だ!と出来上がった世界を覗いてみたら、魚は絶滅していて植物プランクトンを祖先に持つ、突然変異した嫌気性の藻が海底を覆う世界が完成していた。とかね。その神は酸素の供給に失敗したんだ。魚や動物性プランクトンが多すぎて酸素が不足、結局、植物性プランクトンから派生した空気を必要としない種しか生きられない環境になってしまいました、と。』
「もっと解らなくなりました……」
『なんでさ!』
その後、モルモちゃんがそばに来て私を見ながら右のお手てを上げてはプイ、左のお手てを上げてはプイプイ、としばらく何か鳴いていたのでもしかしたら身振りを交えて説明しようとしてくれていたのかもしれない。
ただただ可愛かったので、しばらく眺めていた。
『まあ、それでさ、モルモもね、神様になって世界を作ってみたんだよ』
「えっ……」
まさかさっきの”藻の世界”が、これから行くモルモちゃんの世界じゃないのか、と顔を青ざめさせた私だったが、それは杞憂に終わった。
『まさか〜僕のモルモはお利口だからね。初めて作ったっていうのに、ヨウが住んでるこの世界と大差ない仕上がりだよ〜』
私はほっと息を吐く。
モルモちゃんが誇らしげに鼻を鳴らした気がした。ぴふっと音がした。
『モルモの世界は安定したばかりだから文明はこの世界のほうが進んでいるけどね。モルモの世界とこの世界はよく似ているんだよ。だからこの世界で世話係を探していたんだ』
なるほど。
『ただ違った要素もある。モルモの世界には魔法があるよ。』
+ + +
「魔法……」
オウム返しで言葉を返して、その意味を飲み込む。
「魔法ってあの魔法ですか……? ファイヤーでアイスストームのあの魔法…? 異世界転生で御用達の鑑定魔法さんや、物理法則完全無視の時間停止&容量無制限の空間魔法さんが使える……? 怪我や病気になっても治癒魔法で一瞬で治っちゃったりとか、身体強化魔法で飛んだり跳ねたり…… あ! もし空間魔法があるなら長距離転移も出来るんじゃ…!? 夢の、夢のどこでも○ア……ッ! そうだ!付与魔法とかもありじゃない!? 物に魔法を込められるとか便利すぎる……!魔法の概念によっては領域展」
『ヨウってば。…全部声に出てるよ。落ち着いて』
苦笑いするセツさんに肩を突かれていた。
気づいてはっとする。
おっと、つい興奮してしまった。深呼吸だ。
いつの間にかモルモちゃんが足元までよちよち近づいてきている。
今日も可愛いですね、私の靴下の柄が気になるのかな?
モルモちゃんの行方を見ていると、足まで来て止まったモルモちゃんはそのちいさな頭でくるぶしあたりにごっつんし始めた。
『ヨウがモルモの世界を気に入ってくれそうでよかったね、モルモ』
セツさんんが微笑んでいる。
これはモルモちゃんも喜んでくれているということだろうか。
モルモちゃんがこちらを見上げ、見つめてきた。
これは、もしかして、お触りオーケイですか!?
恐る恐る、両手でモルモちゃんを包み込んで持ち上げてみる。
モルモちゃんも協力的で、私の手の中でもぞっとポジションを定めると上手くおさまってくれた。
ふ、ふ、ふわふわだ〜〜あったかい〜〜やわらかい〜〜〜
+ + +
その後、説明してくれたセツさんによると、モルモちゃんの世界は魔法はあるものの、まだ未成熟で、一部の火や風の魔法や弱い浄化魔法なんかが生活魔法として普及してきている程度だという。
一部の冒険者が攻撃に足る火力で魔法を撃てるとか。
『ヨウの新しい体を作るときに僕の力を少し混ぜておいてあげよう。モルモのために働いてもらわないといけないからね』
私の手の中のモルモちゃんを指先で撫でながらセツさんが言う。
モルモちゃんは脱力してリラックスモードだ。
セツさんの力か。なんだかすごそうだ。
魔法に冒険者なんて、いよいよ異世界転生って感じ。
モルモちゃんと冒険か、悪くないな。
私は手の中のモルモちゃんを見る。
『モルモは神域から出ないよ?』
セツさんがさらっと重要なことを言った気がする。
「え、ちょ、どういうことですか?」
『モルモは僕の家族みたいなものだからね。モルモは神域で僕のそばにいるよ』
「でも、じゃあ、ご飯とかどうするんですか」
そうだ、ご飯ですよ。
モルモちゃんのご飯を用意するのが私の重要ミッションでは……?
『モルモは、モルモの世界の住人が用意したものなら間違いなく食べられる。何せモルモが作ったモルモの世界だからね。あとは、ヨウが作る料理も気に入ったみたい。奉納品とでもいうのかな? モルモの世界で神へお供えされたものをモルモは食べられるんだ。ただ、今はまだモルモの世界の料理は料理ともいえない有様でね……ヨウには、モルモの世界でご飯を作ってお供えしてほしいんだ。それとできるなら、モルモの世界の人に料理を教えてあげてほしいかな』
モルモちゃんはそばにいないのか……。
私のお仕事はモルモちゃんのご飯を作ってお供えすることと、モルモちゃんの世界の人に料理を教えること。
お供えについては、お供えであるという体さえ保っていれば念じるだけでもモルモちゃんに届くらしい。
「材料はこの世界のように手に入るんですよね?」
一応、聞いてみる。
『手に入るよ。少し、この世界とは違うけれど。これは行ってみてのお楽しみかな。まあ、ヨウが苦労するようなことにはならないよ。現地の通貨もたくさん使えるようにしてあげる』
セツさんが意味深にそう言うが、モルモちゃん溺愛のこの人だ、ご飯が作れないような事態にはならないだろう。
+ + +
その後もいくつかセツさんにモルモちゃんの世界についてレクチャーを受け、私は出発することになった。
モルモちゃんをそっとセツさんへ渡す。
「じゃあね、モルモちゃん。美味しいもの食べさせてあげられるように頑張るからね」
「プイプイ」
モルモちゃんが可愛くお返事してくれて鼻を私のほうへ向けてふんふん動かしている。
う〜ん可愛い。
この子のために頑張ろう。
セツさんが本当にいいのかと確認し、手をかざしてくる。
私は頷き、目を閉じる。
頭にセツさんの手が乗ったかと思った瞬間、周囲の空気が変わったのを感じた。
少し冷たい風が顔を撫でる。
目を開けるとそこは木々に囲まれた林の中のようだった。